2011年1月30日日曜日

宝剣岳

毎度、千畳敷カールにまつわる宝剣岳。
今回はここのところの雪で、あの宝剣岳もかなり白くなったのではないか?と言う淡い期待で出かけたのだが、この千畳敷カールを持つ宝剣から伊那前岳の外縁山ではトップを誇り、おそらく氷河が削り落とす最初のスタートではその勾配は直壁で、雪がまつわりつくシワなどは何も無いのであろう白く化粧する余地を与えてくれない。
テストもかねてかなりの焦点距離に持ち上げてみた。400mm+APSC+テレコン×2 =35mm換算1,200mm。宝剣の頂上に誰か立っていないかと思ってみたが確認できない。それでもこの厳寒の中雪壁を登る登山者は絶えず、右側のルートとルートを上る2名の姿が確認できる。バックの空が深い青に変わり、しかも雪をかぶったこの山には何かしら魅力を感じる。手前千畳敷ホテルから少し下ったカールの縁部分はモレーンなのか?ふっくらなだらかな部分がトップの厳しさに対し優しさを感じさせる。

2011年1月23日日曜日

赤石岳 ・ 大沢岳 ・ 中盛丸山 ・ 聖岳 ・ 兎岳

今週末は体調不良により、三脚を担ぐ気はおろか外へ出る気力も失い家の中で過ごすこととなった。インフルエンザでなければよいのだが。…多分風邪。
そこで先週18日におさえた赤石山脈の勇姿を。竜西から午後の日がまわっての状況。残念ながらコンデジで周辺光量不足が目立つが十分勇姿は表現できる。
左(北)から「小赤石」「赤石」「大沢」「中盛丸山」「聖」「兎」。聖が兎より南に位置するが、赤石・大沢・兎でクランクとなっており、実際には奥へ折れ曲がって聖は兎より左に見える。
赤石は日本ベスト7。3,120m。大沢が2,819mで59位。中盛丸山は2,807mで65位。聖は3,013mで21位。兎は2,818mで60位。飯田市内でもある程度標高を稼がないと赤石は見ることが出来ないが、竜東のある程度の高いところへ登るとご覧の通り。
最近感じるところ、南アルプスという表現はそろそろやめて元祖赤石山脈と表現するのが妥当だろう。そこに赤石が有るのだから。

北岳 ・ 中白根山 ・ 間ノ岳 ・農鳥岳

さらに北方向へ振ると、左(北)から日本第2の標高を誇る「北岳」「中白根山」「間ノ岳」「農鳥岳」がそびえる。
北岳は3,192m、中白根3,055m、間ノ岳3,189m 第4位、農鳥岳3,051m 第15位と日本の屋根を司るそうそうたるメンバーが林立する。前述したように北岳から一旦下って中白根山手前で標高3,000mを迎え、そこから間ノ岳のピークを越えて3,000mを切るまでの間は日本一長い超3,000mの稜線が2.5km続く。

2011年1月15日土曜日

不動滝 …氷瀑

高森町の「不動滝」へ。諏訪湖の全面結氷がニュースになり、一昨日は不動滝の氷結がニュースとなった。新聞では積雪45cmと書かれていたが、行ってみれば四駆であれば十分終点の駐車場までは行く事ができる。多くの車が登ったわだちがあり、駐車場からも多くの足跡が確認できた。折しも伊那谷西側の山間は雪が舞う天候であったが、この自然が作り出す青白い冷たさが何ともこの地の冷え込みを語っている。

ここ何年か諏訪湖の御神渡りもなく、奥蓼科の乙女滝も氷瀑とはならなかった。どうやらこの冬は冷え込みが厳しく、しかも早い時期にやってきているようだ。積雪もあるものの滝壷は氷のかたまりとなっており滝壺ではしぶきを浴びる。
帰り道、某ヤザワ君が登りで乗用車を狭い道に横たえ塞いだ状態で苦慮していた。リアタイヤは側溝を越えてボディーが擁壁に支えられて止まった状況。聞けばスタットレスではあるもののFFだそうだ。これを皆で押しだし帰ってきた次第だ。
積雪は45cmはないものの、やはり四輪駆動車でないと無理な氷瀑だ。

2011年1月9日日曜日

経ヶ岳・黒沢山

人馬形の山頂からも登場した経ヶ岳・黒沢山だが、おそらく宮田村に属するのだろう。手前の尾根と経ヶ岳との間の洞があの権兵衛峠の谷になる。経ヶ岳の西方向にせり出した稜線は南北に見事な稜線を通しながら綺麗なラインを出している。この山まで行くと西側は日本海へ流れる分水嶺を有し木曽谷へ流れ込んだ雨は梓川方向への向かっていく。
千畳敷同様古代この山並みが出来た頃にどのような山容で、さらに氷河にどのように浸食されてこの綺麗なラインが出来たのか思いを巡らせるとほんの一瞬の我々の人生の間に変わるはずもない情景は間違いなく未知の姿に向かっている事が想像できる。

千畳敷カール

先月の12日  http://wadanoko.blogspot.com/2010/12/blog-post_13.html  の様子からすると、年末年始の雪をいただいて相当な白さを増しているのではと思いつつ気になっていたのだが、切り立った宝剣では雪が積もるはずもなくその岩場は相変わらず石目を出していた。
今回は少し角度と距離を変えて南側から遠目におさえてみたが、あらためて氷河期の終わりにこの地形を造りながら氷河が後退したと思うと、伊那谷は赤石山脈からの崩落と、木曽山脈からの崩落、その両方を受けて相当な堆積物が生じたのだろう。そして天竜川がその堆積物を運んだのか?または伊那谷自体も氷河の南下を受けて削られたのか?自然のなせる技でできあがった自然美であるが、そこに住み着いた我々など歴史的にも新参者であり、その存在期間も取るに足らない時の一瞬なのだろう。

摺古木山

飯田の山の情景と言えば真っ先に浮かぶのは「風越山」ではあるが、むしろその存在よりはその奥にポコンと円錐状に見える山が冬になると白く染まり気になる。
残念ながら私のふるさとはここではないので、幼少からこの情景を見て育ったわけではなく、なじみは少ないんだが、赤石山脈を望んだときに赤石岳を見つける目印=「奥茶臼」と同様な山容で一際目につく。飯田のまちから望むよりはやや北寄りからおさえたので山脈となじんで目立たないが、標高は2,600mを越え形の良い山だ。

2011年1月6日木曜日

経ヶ岳・黒沢山・美ヶ原

新春の陣馬形山から伊那谷北方向、左手には遠く経ヶ岳、黒沢山が白く鎮座する。右方向の丸味を帯びた山は美ヶ原、陣馬形山頂の双眼鏡からは美ヶ原のアンテナがはっきり見える。
右手手前の山と美ヶ原との間に諏訪湖があると思うと、なんと伊那谷は短いのだろう、一群一市という言葉があるが正に少子高齢化が進む現在、一群一市どころか一谷一市で経済自立を目指さないとこの谷には人がいなくなってしまうかも知れない。

仙丈ヶ岳・北岳・中白根山・間の岳・農鳥山

陣馬形山山頂から南アルプス方向、雲が多く農鳥から南方向は時々稜線が覗くだけではっきりと見えなかった。千丈の左手はその姿の通り鋸岳。初冬の初冠雪に比べるとしっかりと雪をいただき遠目にもその積雪の深さを感じさせられる。くどいようだが中白根山手前から標高3,000mに達し間の岳のピークを過ぎるまでの間、約2.5kmが日本一超3,000mの稜線が長い区間だ。
白根三山という言葉があるが、私は北岳・中白根山・間の岳と思っていた。調べてみると北岳・間の岳・農鳥岳が白根三山らしい。ただ、この縦走コースには北岳3,192m、中白根山3,055m、間ノ岳3,189m、西農鳥岳3,051m 、農鳥岳3,026mと、なんと五山も3,000m級の山が 並んでいる。伊那谷の平地を南北に走るとほぼどこからも見られるのはこの高さ故かも知れない。
なお、手前大鹿村の牧場では積雪の上に群れをなして走り回る鹿の姿が見られ、道中でも鹿の声と姿を目にした。

中央アルプス

陣馬形と言えばこの天竜川の弓なりの姿は有名、河岸段丘を象徴する風景。残念ながら木曽谷から吹き上がる西風で千畳敷カールはたれ込む雲の中でその姿を現さなかった。この陣馬形山のようにほぼ360°展望が楽しめる場所はなかなか無い、さらに見られるアルプスの山並みだけでなくこの陣馬形山自体が重要な自然の恵みだ。

2011年1月2日日曜日

恵那山

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
年始め、撮り初めは昨日家の庭から今年の初日の出をおさえ、本日は昨日よりは雲も少なく青空が広がった。早速中央アルプス南端と飯田のまちをおさえに出かけた。。
一際大きくなだらかに構える山が「恵那山」。その右横が「神坂山」さらにその手前が「網掛山」。強いて名付ければ"南に向けて"おそらくこの神坂山をリニア中央新幹線は名古屋に向けて貫くこととなるだろう。新年にはふさわしい山容だ。

風越山 ~ 摺古木山 ~ 安平路山

中央アルプス南端、標高2,200m級の山並みも白装束をまとい冬本番を迎えた。残念ながら待っても待っても稜線は雲から解放されなかったが、例年になく年末から雪が降り寒さも一段と厳しくなった。すがすがしい日射しを浴びながらいつもと同じ静かなまち並みは雪をいただいた麓の下新たな新年を迎えた。

2010年12月26日日曜日

伊那山脈


一週間ご無沙汰しました。先週は中に1日お休みがありましたが、これと言った自然の変化は見られず、寒さと相まってひたすら家の中で過ごしておりました。
さて、金曜日から降り出した雪は本日午前中まで降ったり止んだり。昨夜は世の中が眠りについたあとさらに降ったらしく今朝は道路を含め一面白銀の世界でした。
午後になって若干の日射しが射し伊那谷西側の中腹まで登り、雲で見えない南アルプスの勇姿の手前、中央構造線に沿った伊那山脈(この様な言葉は子供の頃から知らず、ここ数年で憶えた言葉)の積雪を見てきました。元来南アルプスの西側に屏風のごとく脇役で存在する山並みも、この降雪で雪景色、標高差による見事な横一線の降雪ラインを出して化粧をしております。

さらに南方向に目をやると、普段は目立たない標高の高い山も積雪でその姿を見せています。こちらの方向に高いところでは1600mを越える熊伏山や1200mを越える黒石岳、1000mちょっとの戸倉山が見えているはずです。(残念ながらこの山を確認できていません。)いよいよ冬将軍到来、平年よりは早めの気温低下、1年を通じて帳尻を合わせる自然のパワーの前に非力な人間はしたがう事しか出来ません。。。。

2010年12月12日日曜日

千畳敷カール

昨日は千畳敷を撮りたくて空の様子を伺っていたが、日が射すものの東西に有る南・中アルプスの山際は雲がたれ込めその稜線は見られなかった。
今日は期待通りの青空が広がり稜線が望める。この地方の山は東に南アルプス、西に中央アルプスに挟まれいずれのアルプスも南北に走るため午前中央、午後南というのが日向きの王道。まずは比較的容易でなおかつあまり皆が撮らないいつもの場所へ。35mm換算600mmで千畳敷の様子をうかがってみた。この位置からだと千畳敷ホテル、宝剣、中岳、伊那前岳は望めるが駒ヶ岳(正確には木曽駒ヶ岳)は望む事ができない。但し、木曽谷側から望めないこのカールは、伊那谷側に暮らす者としてはかけがえのない財産だ。

南駒ヶ岳

南アルプス・中央アルプスに雪が積もりその勇姿が出だすと、中央アルプスは南部の南駒、仙涯嶺、越百山がその勇姿を見せ春先まで積雪を見せつける。
中央道を走行すれば与太切川橋梁から北3本ほどの橋の上ではその山頂へ続く洞づたいに明確に確認できる。千人塚からシオジ平を経由してぶち当たる中央アルプスの壁。
今年もまたその季節がやってきた。

2010年12月4日土曜日

南アルプス

上村から戻った頃には日は南に傾き、南アルプスがちょうど良い具合になっていた。一気に西の山に駆け上がったが、いつものポイントはまだ晩秋のススキに覆われて良い場所とならない。下ってさらに北へ向かいオーソドックスな場所からおさえてみた。
巨匠Mさんも撮影に見えておりアルプス手前の伊那山脈の山名について会話した。
北の仙丈ヶ岳、北岳から南の赤石岳までいよいよ南アルプスがその勇姿を現す季節となった。春先この地方に桜が咲き散り去る頃までこの勇姿は時に厳しく、時に美しく、その姿を誇示する。

初冬の飯田まち

昨夜伊那谷北部から車を走らせたときに松川・高森間では雨から雪に変わり、積雪の様子はなかったが吹雪く様子だった。こういった天気のあとはほとんどの場合翌日は晴れ渡り青空が広がる。
案の定、一面に立ちこめた霧が晴れ上がると白く装った山並みが洗われ、数日の内には無くなってしまうだろう初冬の風景が広がった。
これが年を越え厳冬期にはいると張り詰めた冷たい空気でまた少し違った堅さが現れる。
この足で赤石林道旧道を駆け上がり上村まで行って一回りしたが、期待した池口岳は全くの逆光の中輝くばかりで絵にならなかった。
来年のテーマ、「遠山谷」を意識する情景に少々気合いが入った。

2010年11月25日木曜日

勝林院

地味だけど大原 勝林院。あまりに有名な三千院の隣にあって極めて地味。但し、この地域の住所を調べると「大原勝林院町」となっている。詳しくは知らないがおそらく想像するにこちらの寺の方が古いのであろう。
見るからに館自身も随分老朽化しているが、三千院との比較が先行するからであろうか?本堂のみ、周りの庭も小さいがそれだけにこじんまりとした古さを感じさせる。
後ろに控える山は雑木林に覆われているが、そのさらに奥に見える紅葉の樹木が返って奥行き感を与えておそらく意識したであろう造園の意識を感じさせられる。

さて、3日間を振り返って。若干既に触れてはいるが秋の京都は贅沢そのもの。四季を問わずおそらく京都は一月ほどかけないと見尽くす事は出来ないであろう。今回のテーマ東山は主立った所を回るのにも丸2日間ではとうてい足りなかった。先を急ぐ旅ではなく行き先の目的はありながら贅沢に納得いくまで時間をかけて見て回れば東山でも1週間は欲しいところだろう。
出かける前、無謀にも嵐山も一回りする予定ではあったがそれは次回の楽しみとして正直「また行きたい」と言う言葉で3日間を締めくくりたい。

三千院

京の旅3日目。残念ながら今日は帰らなければならない。来年銀婚を迎える妻とは私が大学を卒業する年の冬に京都を旅した事がある。それから既に25年、その時はレンタサイクルで京都を回ったのだが、実際どこへ行ったのか記憶はない。会話の中ではその思い出だけで「良かった、良かった」と言うのであるが、できればもう3日ほどここにとどまって歩き回りたいものだ。
最終日、京都は何度か来ているものの大原には夫婦二人とも行った事がない。最終日市内から比叡山を右手に見て大原に上がり、そこから市内に戻らずに北へ回って琵琶湖を渡って帰る予定だ。歌に唄われる「京都 大原 三千院」オーソドックスなおきまりの紅葉場所だが、客殿から寝殿を見た紅葉。これ良くパンフレットにある情景写真。
こちらは「わらべ地蔵」苔と同化していて見落としてしまいそうだが私の確認できたのは5体。全部でいくつあるのか調べてはないが、何ともだだをこねているかに見える寝そべった地蔵は愛嬌を振りまく。山道を登って境内最奥部の観音堂まで一回り、十分堪能して2時間は要する。
歌では恋に破れてやってくる事になっているが、東山とは異なった静かな空気が流れ落ち着いたたたずまいだ。

2010年11月24日水曜日

青蓮院

言わずと知れたライトアップの人気スポット「青蓮院」。
昨夜訪れたが、開院前の午後6時前には既に長蛇の列で院前の道路まで行列が出来ている状態。それを見て知恩院へ回ったのだが、その反省に立って今日は入り口前3番手に並んだ。
真にお恥ずかしい、昨夜の知恩院とは異なりこちらは三脚禁止と思いこみ持参しなかったので、ISO12800に拡張しての手持ち。良くはありませんが雰囲気を分かっていただけるだけでもよろしいかと。昨日の知恩院の様なつもりで入っていくと大きな間違い、まず寝殿(寝ではないが)へ入って回廊から眺める庭のライトアップが上のような状況。正に単なる紅葉のライトアップではなくて一種のイルミネーションショーである。
ぐるっと社内を回った後は靴を履き裏庭になる相阿弥の庭を歩く。庭の山に当たる部分は竹林となっておりご覧の通り。目に見えない風の動きや音を現すにはうってつけの竹林だが、何でもない竹林をライトアップするだけで何とも神秘的な場所となる。ただ、その奥に潜む闇は帰って恐ろしさを醸し出すのだが。
ここで京都2日目の旅は終了。強も十分歩いた。忘れてはいけないのが平安神宮。この青蓮院に併せて17時頃行ったのだが、既に閉門。夕暮れの空に朱色だけが際だっていた。