2009年11月21日土曜日

香嵐渓

満を持して出かけた香嵐渓だが、今年の香嵐渓はいただけない。
まず赤の色が違う、葉の数が違う。残念ながら悲しい結果だ。
昨年の反省にたって、午前7時に自宅を出発、現地着9時前。もうすでに多くの観光客が出歩いている。おそらく周辺に宿泊で来ている人たちだと思うが、屋台も朝から営業。妻と二人大阪焼きというのを朝飯代わりに食べてみた。要はお好み焼きの大型まんじゅうタイプと言ったところだろう、マヨネーズがかけられ私好みの味わいだ。
最初は日向きのせいかと思っていたがいえいえ色がくすんでいる。一通り歩き回って寺まで登ってみたが、やはり今年の紅葉はいただけない。
自然の恵みとはそんなものなのだろう、今年の紅葉周りはここで最後と決めていたが残念、昨日ネットで見つけた定光寺へ向かった。

2009年11月15日日曜日

片桐ダム ・ 瑠璃寺

晩秋、紅葉もそろそろこの地を通り過ぎて行ったようだ。
竜東の街道を走ると、以外に山全体が紅葉に進んでいる様子がわかる。これほど山全体が色を変えていることは、おそらく子供の頃自然を肌に感じていた時以来忘れていた情景だ。
山麓中腹を走る道を左右をキョロキョロしながら走ったが、大きな紅葉をおさえるにはなかなか良い場所がない。ひたすら走り思いつきで片桐ダムまで上がってみた。当然ながら紅葉はもう終わってはいるものの、ひょっとすると時期さえ早ければ結構な色合いをとれたのではないかと思う。
そこから下るほどに紅葉は盛んになり、赤黄をちりばめ濃いエンジ色に見える山並みが続く。
いったん下りきって気に掛けていた瑠璃寺を覗いてみる。神社仏閣は、勿論季節により趣を変えるが、それだけでもおもしろい発見が多い。
日を浴びて真珠のごとく光る赤い実がこれからやってくる正月を思わせる情景になっていた。

2009年11月8日日曜日

天竜峡


今週は近場で。
天竜峡へ出かけてみた。ほぼ2週間前に見た状況と変わらない。今年は一挙に冷えたかと思うと寒さがゆるんで暖かくなる。そんなようきが影響するのか?黄色から赤くならずにそのまま落葉または茶色となるケースが多い気がする。
天竜峡も今年は赤が期待できそうに無い。
第2公園から龍角峯、つつじ橋へと歩いてみた。大きな団体が入ってるのか、ほぼ5分おきに船がやってくる。
龍角峯の下にはなぜか?何の意味か神殿の様に固定された船があり、そこへはお賽銭が投げ込まれている。対岸の展望場から見ると峯の位置はかなり高く見え、そこへ展望にやってくる人たちはあたかも飛び込むかのように見える。
多くの、と言ってもぞろぞろとではないが明らかに他県から泊まり込みで訪れている人たちが訪れている。
戻って一回り第1公園の方へも回ってみたが、昼近くなってどこで食事をとったらよいのか分からない。
これでは名勝天竜峡と言われも金は落ちないだろう。
まず第一にこれだけのネット時代、全国各地から情報を得て人がやってくるのに「天竜峡」と「天龍峡」どちらでも情報が出てくる。どちらが正しいのか?
団体、個人。特に個人で車でやってくる人たちには良心的な情報の提供が望まれる。

2009年11月7日土曜日

千人塚 光前寺 渡場


さて、 紅葉の時期にもルールがあるのだろうが、北と南、高低だけでは説明がつかないことが起こる。
まして他人の情報では個人差がありすぎ自分の目で見て納得するしかないようだ。半年ぶり、サツキの時期以来千人塚へ登ってみた。
紅葉なんぞどこにあるのか?中腹の山が色を乗せているだけで水の周りには何もない。ところが運良く中央アルプスに沈む月に出くわせた。満月過ぎの月齢17or18と言ったところだろうか?大島山、念丈、奥念丈岳のどれかと思うが険しい頂をいくつか持つ山頂へちょうど沈むところだった。月の動きとは早いもので、見ている間にどんどん沈んでいく。
遠い昔から繰り返されている事だが、これが永遠ではないことは悲しい。
そこから、駒ヶ根光前寺へ。庭園が見頃だと聞いていたが、こちらもすっかり晩秋。むしろ境内にあるそこ彼処の紅葉がいくつか色づいている。ついでに大沼も回ってみたがこちらもすでに遅い。
菅の台から宮田に抜け、何度か様子見をしていた渡場の銀杏へ回った。こちらは少しは少し早めのバナナ色。黄色の濃いところもあれば薄緑のこれからの部分もある。しかしながら落葉の多いこと。
こちらもなぜか他県ナンバーが結構止まっている。
今の時代、ネットさえあれば全国の情報が手に入る、おまけにとりあえず土日は1,000円で走ってこれる。
この秋回った紅葉の場所は全て決まって他県ナンバー、老若男女、カメラマンが歩いている。今まで私が足繁く運ばなかったせいか?こんなに多くの人が紅葉に動いているとは知らなかった。海外へ出かけることも良いだろう、国内を回るのも良い。だが、身近な足下にある大切な自然の恩恵をろくに知らずに、外へ目を向けてしまうのは惜しい気がする。
金のないのも現実だが、もう少し自分の身の回りの自然を探求してからでも遅くない。
晩秋、紅葉は北ではなく南の様だ。



2009年11月3日火曜日

鳥倉林道


紅葉を追いかけていささか疲れ気味。だが、この青空は見逃せない。
近場と思いつつ鳥倉林道へ。
中央構造線に位置するこの地域と、南アルプスへの登山口であるここ一帯は紅葉は勿論、特有の岩石を見ることも出来る。
豊口山の屏風岩、絶壁が100mもあるそうだ。これ全石灰岩。南の海洋で生まれた珊瑚の骨格が太平洋プレートに乗り、恐竜時代(中生代)に日本列島へ到達しその後の隆起で持ち上がってきたらしい。
エベレストもイエローバンドと呼ばれる堆積層があるが、日本の代表南アルプスの一帯が、南洋で出来た堆積物の付加帯であることも地球のパワーの偉大さを感じる。
少しくだって夕立神展望台。ここからの展望はすごい、しらびそ高原から正面に見える大沢岳が北側から見ることが出来る。
したがって、しらびそからは大沢岳の陰で見えない赤石岳を正面から見ることが出来る。
おそらく、右から兎岳、大沢岳、百間平、赤石岳。南アルプス=赤石山脈と呼ばれる代表山がまともに正面から見られる、しかも山頂付近だけではなくその麓から。
四季を通じて追いかける一品だ。

2009年11月2日月曜日

高遠城址公園 ~ もみじ湖


桜の名所で名高い高遠城趾だが、秋の紅葉もいただける。
昨年行き損なってしまった高遠城趾だが、道の駅南アルプスむら長谷のクロワッサンとセットで朝早くから出かけてみた。
まずクロワッサン、月曜日の朝は最初の焼き上がりは10時半だそうだ。
良心的な店員さんのおかげで、予約を入れればよいことがわかり、早速最初の時間を予約していったん三和ダム経由高遠城趾へ足を運んだ。
三和ダムの紅葉は普通。ダム湖であればどこでも見られる程度の紅葉で、どうしても淡水の深緑の水が気になってしまう状況だ。堤を端まで歩いてみたが、通り抜ける風が冷たく秋ではなく冬を想わせる状況だ。
城趾では最高の紅葉が見られた。朝早い時間にもかかわらず高齢のご夫婦や、カメラ親父が大勢うろうろ。
富士見高原でも書かせてもらったが、一人前の顔をしたアマチュアカメラマンはマナーが悪い。自分中心で他人の事は気にもかけない。

そこら辺何とかしていただきたいものだ。
お堀の沼地の上に鮮やかな色の葉を広げる質素な楓の様子は昔見た着物を想わせる模様に見えた。
いったん道の駅へ戻ったものの、そこから箕輪ダム・もみじ湖へ。
これはすごい、山が燃えるとは正にこの様子を現すのだろう。
これを見てしまうと腹一杯。紅葉は十分状態になってしまう。
小さな秋を探すのも良いが、時期を外さずにこの地をおさえれば十分すぎるだろう。
質素で賑やかなイベントは行われていないものの、いただきました状態になる。

2009年11月1日日曜日

大平高原


風越山の山頂近くが色づき始めてから久しい。
長野県内の北から南まで、標高を考慮しても基本的には北から南に動く紅葉も、なかなか思うようには移動しない。
飯田峠手前から周りの様相は黄色を演じ、大平宿当たりはすでに落葉の状況だ。さらに大平峠へ向けて登ればいっそう枝だけになった樹木が目を引く。
県民の森に登り込むと、いくつかの家族が昼食を屋外でとっているが、どう見ても寒すぎる。だからといってフリース付きのゴアテックスでは汗ばむ。
そんな中落葉の積もる高原を歩き回りひたすら色づくものを探したが、黄金に輝くカラ松の樹木以外は見つけることが出来なかった。
忘れてならないのが青々と葉をつけ、さらには巨木の中段から何本かの幹をのばした樹木だ。
当然名も売れているだろうが、私にはその樹名も言われもわからない。
ともあれ、気がつくと冷たい風と今にも降り出しそうな空の下、自分一人だけになっていた。そうは出くわすまいとは想いつつ、気休めとも言われる熊鈴を持つのも忘れた私は、しばらく歩きま割った後広場をあとにした。
間一髪、大平宿へ降りる頃にはざんざん降りとなった。

2009年10月31日土曜日

岩倉ダム ~ 茶臼山


この休み、一挙に来た紅葉を追いかけて、前々より気になっていた売木村の 岩倉ダム湖へ。昨年から何度か売木村は行っているが、通過するばかり。大学時代にアルバイトで測量した場所はどうなっているのか?通る度に気になっていた。ほぼ30年ぶり、その頃田んぼの中の未舗装だった道はすでにきっちりと舗装され当時の面影は無くなっていた。おそらく住宅も建て替えたのであろう、当時の方たちはすでに亡くなってあととりの方が始めたのか?民宿が経営された。
ま、それは余談として、岩倉ダムへあがってみる。
思ったよりも売木のまちから近い。すでに紅葉のピークは過ぎ去り、茶系の色合いになっていたが、それでも水面に映る色合いはそれなりの様子だ。
再び売木のまちに戻り、売木峠へ登る。岩倉ダムがそんな状況だから茶臼山は期待できないのか?いや、逆に茶臼山の深紅の紅葉を期待して登り続ける。
なんてことか?すでに茶臼山も終了、落葉状態だ。昨年冷たい雨の中訪れたときも少々遅れ気味のタイミングだったが、今年は全く外してしまった。っとなると、香嵐渓が気になって仕方がない。
まだまだ北と思っていたが、どうやら北よりも長野県を通り過ぎ愛知県方面へ気をつけなくてはならない。
この連休、北か南か?迷いながらもネットの情報頼りで深紅を見つけなくては。

横浜2


異国情緒とは こういった雰囲気を言うのであろう、その建物、それを飾るもののセンスがやはり異国を物語っている。
何でもないまちの角にあるショップもこういった演出をしてる。もうそれだけで横浜か神戸を思わせる…厳密には違うのだろうが…間違いなく日本ではない情緒だ。
言い換えれば文明開化や西洋かぶれ、そういってしまえばそれまでだがそれをこの地で取り入れてとけ込んでいることがすばらしい。

何年かぶりに山中湖を覗いてみた、太陽を西に見る逆光のまっただ中。
突然姿を現した富士は雪をいただき、青空にその純白の白さを誇っている。
残念ながら到着とともに雲をかぶりだした富士は、時折その山頂を見せるだけで長い裾野までの全容を見せることはなかった。
吹き下ろす風は冷たく、横浜の暖かさとは全く違った厳しさをぶつけてきた。

2009年10月30日金曜日

横浜

間違いなく5年以上ぶりに横浜を訪れた。
前回はまだ息子が中学生、娘が小学生だった気がする。
ちょうど山下公園の工事が行われ、「赤い靴はいてた女の子」がフェンスに囲まれ、探すのに苦労した憶えがある。
みなとみらい21で家族皆で観覧車に乗り、高所恐怖症の私はさんざんな状況だった。
赤レンガ倉庫、個人的には横浜のまちは新旧一体型の文化をたどり、今もなお開港以来の歴史を残しつつ、守りつつ、しかしながら近代的なビルも連立して何となく都会感を漂わせている。
赤レンガ倉庫の奥には、ベイブリッジが引きつけられる。
今まで何度か言ってはいるものの、「像の鼻パーク」なんてのがあったのか?小型の船が何艘か係留されている。老いも若きもカメラ好きが三脚担いであちこちに動き回る。かと思えばじっくりと座り筆を走らせる年配の方たち。何をやっても違和感の無い造りが改めて自由さを感じさせる。
歴史ある近代的建物と、現代に建てられた近代的な建物と、そしてまた中華を思わせる多種多様な要素が混在しながらも、色で言えば白、形で言えば四角が造り上げているまちだ。

2009年10月25日日曜日

治部坂高原 ~ 蛇峠山


長野県南部では、ここ浪合の治部坂高原の紅葉が早い。
まだ、長野県南部の紅葉がそこそこの時期にこの状況になる。標高のせいか?
昨夜の雨上がりで期待して足を伸ばしてみると、ごらんの状況。
蛇峠山馬の背ではもうすでに秋晩にさしかかり、色はあるものの晩秋を演じていた。下って昨年もおさえた場所でおさえてみる。
昨年と比べて1週間早い状況だ。
しかしながらこの木は今年も期待通りの色を演じている。

さらに降りて治部坂高原の様子。
近代的な建物の周りにあるもみじは毎年良い色を出している。どちらかというと愛知県ナンバーの多いこの地は、我々長野県人よりはひょっとすると愛知県の方々の方がずっと知っているのではないか?
もっともっと足下を知らないとまずいのでは?



2009年10月24日土曜日

奥蓼科

「御射鹿池」、晩秋の奥蓼科はすでに紅葉が終わりに近づいている。
おそらく赤や黄色もあったであろうこの池も、唐松を主体とした色並みに落ち着いている。それでもこの美しさは他では味わえない。
どことなく見たことのある光景ではないか?これを全て青色ベースで塗り替え、白馬が登場すれば… かつてあの東山魁夷が描いた「緑響く」
そのものになりそうだ。そう、ここがあの場所。
機材をリュックで背負い、曇り空にもかかわらず、色づいた山並みの反射で明るく感じる道を歩くと明治温泉。
そこから横谷渓谷へ降りると「おしどり隠しの滝」。
一枚岩や横谷観音など有名な自然の情景が広がっている。河床は一枚岩、長年の水の力でなめらかに水が流れるが、いざ河岸の岩はもろい堆積層の岩になっている。やはりこちらも少々紅葉には遅いが、そこ彼処に遅めの赤や黄色が息づいている。
次回もう少々早めの行動と、やはりここも四季を通じて押せる必要があると実感。

2009年10月18日日曜日

小黒川渓谷 ~ 権兵衛峠




初めて小黒川渓谷へ、中央高速 小黒川PAでおなじみのあの小黒川の源。山並みは8部の紅葉、あの聖職の碑で有名な登山隊はこの渓谷から登ったそうだ。渓谷行き止まり手前に信大の建物があるが、そのすぐ横からが登山道、当然案内も出ている。

意外や意外、どうしても駒ヶ岳を中心に考えてしまい、かなりの距離を駒ヶ岳から縦走して下らないと行き着けないと思っていたが、ここからが入り口らしい。もろ逆光、しかしながら朝日を浴びた黄色が映え渡っていた。
そのまま渓谷を下って、権兵衛峠へ。トンネルが開いてほとんど通らなくなってしまった旧道を登ってみた。
こちらは見頃、山々がきれいな色を演じている。
木曽側から登って峠の手前、伊那市のイベントが行われ多くの人々とおそらく 木曽馬がつながれていた。
山並みが色を出し、きれいな樹形が三角に整然と並んでいると、子供の頃描いた写生を思い出す。黙々と三角が連立し筆型を残したような情景だ。
いよいよ伊那谷へも紅葉がやってきた、週末は天気だけが気がかり。



2009年10月12日月曜日

陣馬形山 …結婚記念日

この3連休、今日は天候が期待できないはずだった。したがって昨日のしらびそ行きがメインの予定であったが、たまたまこの時期特有の夜明けは霧混じり、時間の経過とともに青空が広がる天候、起きてみて急遽近場で陣馬形山へ登ることにした。
昨日しらびその様子から、あまり紅葉は期待できないが、それでも空気が澄めば伊那谷の様子がすっきり見えるかどうか?
紅葉は山頂付近よりも道中の方がそこかしこに鮮やかな色を点在させていた。


山頂に登るとやたら他県ナンバー、特に名古屋ナンバーの車と、10台は超えると思われるバイクの軍団。中にはテントを張って夜を明かしたグループもいるようだ。…寒かったろうに、でも星空は満天だったかな?大量の車グループは昼をここでとるらしく集団で調理にいそしんでいた。
どうだろう、雲の上に見える千畳敷カール、眼下には伊那谷のまち。
ペルーのマチュピチュも、エジプトのピラミッドも現物を見てみたいが、まずもって足下の地元の自然の美しさを知った上でなくては。
本日は23回目の結婚記念日、ちょうど人生の半分を一緒に過ごした。
陣馬形から折草峠に下山、更に駒ヶ根に回って光前寺、さらには栗のソフトと思いもよらぬ夫婦の時間で過ごした。



2009年10月11日日曜日

しらびそ高原


南信ではたぶん一番早いであろうしらびそ高原へ紅葉を見に。
前回同様下栗から登り、御池山クレーターを回りしらびそ高原へ。
下栗からしらびそ高原までの間はまだまだ。まばらに赤、黄が存在するが、紅葉を満喫できる状況にはない。しらびそ高原周辺でもまだ少し早い間がある。
下栗から見る聖岳、上河内岳は山頂付近が乾燥して岩肌が出たような感じ、一見初雪をいただいたような色模様を様している、と思いきや、実は昨日初雪が降ったらしい。何ともタイミングが良い。
その手前の笠松山、平谷山が紅葉を迎えるのは1週間から10日先になりそうだ。
若干雲が多い一日だったが、それでもこの3連休では今日が一番の青空だろう。


しらびそ高原でも、まだ少し早い紅葉、2枚目は紅葉と上河内岳。
爪痕が荒く赤い肌を出す大沢岳から、中盛丸山、聖を経てこの山に至る。
冷えた空気はすがすがしく、快晴は気持ちよさを与えてくれる初秋の彩りだ。

2009年10月10日土曜日

キンモクセイ 2度咲き


つい先週、花が散ったばかりのキンモクセイが再び花を開花させた。
調べてみるとモクセイ科は2度咲きするのは珍しくないらしい。同じ科の柊も2度咲きがあるらしい。とはいえ、過去20年間1度もなかった珍事だ。おおよそ2度咲きするパターンは決まっていて、9月末に咲き花のちりが早くあまりにおわないと10月初旬に2度目の開花が起こる可能性が多いようだ。確かに早く開花し短期間で散った、臭いもあまり感じなかった。いずれにしても今秋2度目の開花。ある程度の地域単位でこのような現象が起こるそうだ。
知人によると藤も今年は2度咲きしたそうだ。とかくこの原因を地球温暖化へ結びつけたがるだろうが、異常気象が仮に原因だとしても、異常気象は地球の年齢からすれば頻繁に起こること、元
来2度咲きの性質があればいつ起こっても不思議ではない現象だ。
このキンモクセイ、雄株と雌株があるが、日本では雌株だけで結実はしないそうだ。
この日射しと香りに誘われたのかアゲハチョウがやってきた。
子供の頃キアゲハやカラスアゲハをよく見かけたし、少なくなったと思うもののこの家の庭でも何度か見かけた。
何という蝶かは知らないが、大型のアゲハチョウには違いない。
日をかざすと何ともいえない玉虫色のラメが輝いた。

2009年10月4日日曜日

あゞ野麦峠 … 再び


ネットの県内紅葉情報を頼りに野麦峠へ、例年の情報から少々早い気がするのだがそれでも信じて登ってみた。残念ながら時期尚早。まだまだ紅葉の始まり状況、それでも雲一つ無い晴天に恵まれ峠からの乗鞍岳は最高の表情を見せた。
前回は雨降り、お助け小屋から峠へは登らなかったが、今日は息を切らしながら登ってみた。入り口の「熊出没」が皆の気を失せさせるが、携帯する熊よけの鈴を頼りにほんの10分ほど。
これが本当の野麦峠、女工哀史…飛騨の幼い女工たちが命をかけて超えた峠だ。
政井みねは「飛騨が見える」と兄に言ったそうだが、峠からは生い茂る樹木の間から乗鞍岳が見える、飛騨のまちは見えない。峠で息が絶える前に本人に飛騨が見えた事も気持ちとしてわかるが、物理的には困難だろう。

登り口には政井みねの墓と書いてあるが、現実は 政井みねの碑となっている。おそらくここに墓があるとは思えないので、 碑 と言うのが正解だろう。不確かだが、その昔吉永小百合がこの話に感動し、野麦峠の映画化が検討された。当時の日活だと思う。ところが映画化は実現できず、吉永小百合自らが兄に断ってこの地に碑を建てたと呼んだことがある。…実話であろう。
我々は日常生活に追われて贅沢ばかりを追い求めるが、100年前の彼女たちの苦労が、殖産興業を発展させ今日の日本の基盤を造り上げたことに感謝を忘れてはいけない。

2009年10月3日土曜日

小さい秋


まだまだ秋の紅葉は先のようだ。駒ヶ岳の千畳敷カールが良いくらいだろうが、里の、しかも標高の高いところへ行ってもまだ紅葉と言うにはほど遠い。
平地ではようやく稲刈りが終わり、つい最近まで黄金色に輝いていたたんぼは刈り田となって美しいラインを出している。
地味ではあるが、飯島の西岸寺を訪ねてみた。
ここは庭園が有名でさほど大きなお寺ではないが庭の美しさでは有名だ。長く続く参道が見事に直線で造られ、それだけでも時間を感じてしまうのは日本人。
当然まだ紅葉の木々は見られないが、一部には色がついている樹種もある。
昨夜の雨から一転、秋晴れが晴れ渡りだしたまだまだ濃い日射しの中
先行して色づきだしたものはそれでも赤を主張している。
基本的に紅葉は赤や黄色だが、これらが集まった場合にはどちらかだけではうんざり感がある。むしろ人為的ではないその配色が良くて、どちらも混在した方が美しく感じる。
もちろん個人の主観だが。庭園では極少数の赤と圧倒的な緑で染められていたが、それでも間違いなく秋が近くまでやってきているのは事実だ。

2009年9月27日日曜日

赤そば … 中川


期待はずれの晴天?天気予報では本日は雨。確かに昨夜は雨が降り続いていた。一転、今日は雲が多いものの秋の天気の代表、変わりやすくも晴天だ。
前から気になっていて、なおかつ昨日も気になった「信州里の菓工房」へ妻と出かけてみた。
個人的にはシャトレーゼに和菓子版が追加されたイメージだが、地元の栗が生かされていて多くの人の雇用の場となっていることには関心だ。
チェーン店のそれとはやはり何かが違う、安心感がある。
残念なのは、その建物がやはり東を向いていて西に位置する中央アルプスが見えないことだ。立地の条件からして間取りが仕方なくなるのは当然のことと思うが、南に位置したオープンな庭から西に連続して設けるとロケが良くなるのでは?冬の厳寒期は別として、春先の残雪豊かな中央アルプス、南アルプスを見ながらのひなたぼっこは最高に思える。
その帰りにこの時期定番の中川の赤そば祭りを覗いてみた。
実は赤そばよりは隣接のブドウ狩りに大型バスが数珠つなぎの状況、さほどの混みは生じていなかったが、我々地元のものには赤そばの方が魅力を感じる。
隣接の畑に赤と白が植えられているが、確か赤は白よりも優勢で赤は食べれれない。赤は花を見るだけで白はやがて赤に占領される話を聞いたことがある。
事実白の中に赤が入り込みこの数年で赤に化けてしまうのは確かかもしれない。そんなつもりはなくラフな格好、裸足にサンダル履き、おまけにカメラ持たず。携帯電話のカメラでどうか?
来年まじめに撮りに参ります。

2009年9月26日土曜日

曼珠沙華


先週開花したキンモクセイは、香りを残しつつすでに散り始め、雨でもくれば一斉にその花を落としそうだ。変わって登場が彼岸花=曼珠沙華…確か中森明菜がマンジュシャカと歌ったっけ。
正に地上の花火。お墓によく咲いているが、田んぼの土手にもよく咲いている。我が家では庭に2本あるが、それぞれ開花時期が異なって咲く。


午後から一回り、実は高所の銀杏がすでに黄色くなり始めるのではないかとコンデジ片手に車で走ってみた。
とうてい銀杏は緑一色でそんなことはない、駒ヶ岳の千畳敷カールはそろそろ紅葉が見頃になるのではないかと思いつつも、その様子は下界からでは確認できず。もっとも動いている本人が汗をかいているのだからまだまだ時期尚早か。
変わって道端のどこでも咲き誇っているのがコスモス。この花も開花時期がまちまちで、南でもう満開を過ぎているのに、飯島のコスモスはまだ蕾も多く満開とまでは行かない。
これは中川村のコスモス、暑いほどの秋晴れの中咲き誇っている。
ここ一月ほど紅葉までは一休みか?
だが、紅葉は花ほど幅がないから今から準備を整える。

2009年9月22日火曜日

キンモクセイ開花


連休も明日を残すだけ、夏休みを終える娘が東京へ出かけた。
夏休みという言葉が果たして適切かどうか?すでに秋休みではないか。
すっかり朝晩寒く、なおかつ北海道では初氷がすでに張ったそうだ。
庭のキンモクセイがすでに開花し、玄関先で香りが漂っている。
すっかり秋では?こんなに早く咲いたっけ?毎年開花を楽しみにしているが、昨年は少々剪定が過ぎたのか元気なく、なおかつ冬には葉を落として心配したのだが、何のことはない元気に花をつけ臭いを放っている。
キンモクセイはその小振りの花で一つ一つの花はのぞき込まないとわからない。更にのぞき込めば何とも赤ん坊の手のように、柔らかい曲線でグローブの用に開いている。
子供たちの夏休みも終わり、秋突入。冬休みでまた子供たちが帰省するのを楽しみに夫婦二人で秋を乗り切る事とする。

2009年9月19日土曜日

妻籠宿 … 再び

娘が合宿を終えて再び帰省したため、妻の休日に合わせてドライブを楽しんでいる。
今日は上矢作の風力発電所へ行こうかと思っていたが、青空が期待薄く初めて見る娘のインパクトに欠けると思い、同方向の妻籠宿へ足を伸ばした。
幼少の頃馬籠宿へは言ったことがあるがおそらくあまり記憶にないだろう、今年になって我々夫婦は2度目だが、行くたびに新たな発見がある。ごらんいただきたい、今話題の民営化された会社の方だ。何ともしゃれた格好で宿場の各戸へ郵便物を配達する。
この笠、正面に〒マークがプリントされ、なおかつ持ち運ぶバッグは木製の箱、側面に 御用 正面に郵便と書かれている。またこの宿場の郵便局もまた、町並みをそれに合わせたたずんでいる。


果たして格子の多いこの宿場だが、元々宿場に格子が多かったのかは疑問だ。
逆に我々が格子で宿場と古さをイメージとして作り上げている傾向は否定できない。
だが、各家の格子の一部に、必ず野の花が生けてある。これは感心する、たいそう派手な花ではないが、そしてまた今さっきそこからとってきた花のようだが、この花がその人々の人柄を現す。
どのようなものでも維持管理を行い、存続させていく難しさもあるが、一番大切なものは復興に立ち上がった志を受け継ぎ、継承させていく事だと思う。

2009年9月17日木曜日

御岳自然湖 ~ 木曽 大滝村


知る人ぞ知る大滝村自然湖、ネット上ではカヤックを使った自然体験で取りだたされている。これは是非行ってみたい。
ごく寂しい険しい谷間にその湖はある。私の知る限り名も無き自然湖。
自然湖と呼ばれるだけで○○湖ではない。
周辺の歩ける範囲を歩いてみたが、徒歩で行ける範囲は限られる。
やはりカヌー、カヤックでの水面からのアクセスが一番良いのがわかる。
この湖は、私がまだ学生時代、 昭和59年9月長野県西部地震でせき止められた川が自然に湖になった。あの地震は大きかった、まだ夏休みで帰省していた私は実家のベッド中で突然激しい揺れにおそわれた記憶がある。
並外れたそれまで経験したことのない縦揺れに、我が家がつぶれるのではないかと飛び起きた。
大滝村の中心部から自然湖へ向かう道中にその慰霊碑がある。
犠牲になった人は29名だそうだ、中には村外の方もいる。
紅葉は大変きれいな自然湖だが、この犠牲になった方々がそこにいることを忘れてはならない。
ご冥福をお祈りする。

2009年9月13日日曜日

下栗 ~ しらびそ高原

昨日の土砂降りと打って変わって本日は秋晴れ。
身近なところでは花の季節は終わり、次は紅葉を待つばかりだ。
天気に誘われて、下栗のそばの花が満開と聞きつけて弁当持ちで妻と出かけてみた。
下栗はほぼ3年ぶりくらい、自身の祖母も出所で幼少から、まだ自動車で行くことができない時代から徒歩で行っていた場所だ。あらためてその環境を見ると何ともすごいところだ。へんぴではなく自然環境に恵まれた良いところ。
四季を感じ、自然と一体感が得られる。…外に住む者の無い物ねだりか?ご当地では怒られることかもしれない。
そばの花は満開、ただ、残念なことにすべてが網で囲まれている。鹿害か?すべての畑が網で囲まれ道端から眺めてもすべて網だらけだ。
嘘か本当か?元々下栗部落は南アルプスの東側=静岡から尾根を超えて移り住んだ人たちの部落らしい。…個人的には納得できる。写真奥、南アルプスの向こう側は静岡県、大井川水系になる。…とすると私の体の中にも静岡の血が流れているのだが。


高原ロッジ下栗からさらに御池山を目指しそのまま しらびそ高原 へ回り込んでみた。前々より何度かチャレンジしたが、そのたびに通行止め。私の中では崩落の多い林道と思っていたのだが、道路はすこぶる整備されている。この天気、この季節、爆音を狭い谷間に響かせるバイクの集団が多い。おおよそ雑音の無いこの世界では、前後から迫るバイクの集団は音で判断でき待避することができる。
案の定、しらびそ山荘の駐車場は老若男女他県ナンバーのバイクがびっしりだ。…批判するわけではない。
道中、南アルプスの山並みが、真っ青な空に切り立つ光景が何度も見られる、よく判断できない御池山のクレーターを一望しながら緑一面の山中と、既に冷たい風中を走るのは気持ちがよい。
御池山クレーターは、言われればその稜線がクレーターの縁に見えるが、説明のまま理解できるのは確かにその部分の地層が縦に走っていることだ。
我々この谷で育った者は、中学で大沢岳に登る。…今は不明。そのときの記憶が昨日のようによみがえる、今のこの人生などとうてい想像のつくときではなかったが。
お地蔵さんの頭の上が 荒川前岳(3013)、右の平らが大聖寺平。これが南アルプス赤石岳から連なる稜線だ。右端に位置する大沢岳から稜線が二手に分かれ、一方は右に位置するぽっこりとした丸山(2373)になる。
稜線までの水平距離8.2km、ここまで迫ると手前の大沢岳の稜線の死角に赤石は隠れ見ることができない。陣馬形から見た眺めとは全く異なり、その雄大さが、山肌の荒々しさが目で見ることができ、日本列島の造山運動が、自然の力がいかに大きなものか思い知らされる。

2009年9月5日土曜日

北へ


先週は仕事で土日をつぶしてしまった。
今週は、治部坂のコスモスがどうかと思っていたが、同じコスモスを北でおさめてみようと走ってみた。やはり早い。標高の差からか?北でもまだまばらな先具合。飯島に畑一面にコスモスの花の咲く場所があるが、そこでも駄目だ。
更に足を伸ばして、桜以来の光善寺へ。
松川町を過ぎて飯島町へはいるととたんに路傍は花が多くなる。
地域性なのか?ちょっとした土地に花が植えられて彩取りをなしている。…立派。
どこの道でもそうだが、または家でもそうだが、花の好きな人の存在は見ればわかる。コスモスは断念したが色とりどりに咲き誇る畑があった。
霊犬早太郎はいかがか?
桜の時期には着物が似合う場所だが、年をととして待ち続ける犬に思えて仕方がない。
何度となく訪れた光善寺だが、行くたびに新たな発見がある。今日はちょうど仏前結婚式が行われていた。少々なじみのない光景ではあったが、それでもただひたすら座り続ける霊犬は五重塔をバックにひたすら待ち続ける。