2011年11月27日日曜日

昇仙峡 ~山梨

かねてから行きたかった昇仙峡。鳳来寺山と迷った昇仙峡に足を伸ばした。自宅から2時間、距離は150km程度なのだが道中意外な方向からのナビの案内で時間を食ってしまった。
この地形は何なんだろう?何とも奇妙な岸壁がそそり立ちこの世のものとは思えない後継を生み出している。
通説通り今年の紅葉はいただけないと私自身も思っているが、実はやはり場所に寄りけり。昇仙峡の紅葉は終わりを迎え最盛期ではなかったが、それでも質の良い紅葉に思える。奇妙な岩の造形と紅葉を組み合わせるにはもう少し早い時期がポイントだったと思うが、来春、まだアルプスに雪が残る季節に今度はロープウェイで山頂に登りじっくりと広角を納めてみたい。

2011年11月26日土曜日

赤石山脈 雪景色

伊那谷の初雪は月曜日=11月21日だった。南アルプスよりも先に中央アルプスが白く染まり、南端の安平山や摺古木山が白く存在を明確にした。間を開けることなく連日の冷え込みで赤石山脈も白く染めその存在感を誇示する季節がやってきた。
春先、確か中央アルプスの方が先に白が無くなった事を思うと、理にかなった順番を繰り返すのだと思われる。里ではまだ紅葉の終わり=晩秋を彩っているが、アルプスの山頂では長い冬が始まっている。北は仙丈ヶ岳から間の岳、農鳥山、塩見、荒川を経て赤石岳がその稜線を明確にした。
さらに南方向から眺めると、正面に伊那山脈越えに赤石、小赤石が前茶臼と奥茶臼の間に姿を見せている。南アルプスがオーソドックスになって久しいが、我々が中学時代までは「赤石山脈」と教わったのだが…、その本家が赤石岳。その麓に暮らすだけにあえて南アルプスは避けて赤石山脈と打ち出した方が良いのではと思う。。。

2011年11月23日水曜日

長者峰(高嶺山) ~平谷村 …太平洋は見える

※画像は昨日22日のものです、撮影はPanaのコンデジFX40で撮影です。
午後若干遅めになってしまったが長者嶺峰まで駆け上がった。ここのところの寒さで空気も澄んできており、朝から青空が広がりいっそうの期待にふくらましての状況。案の定、(とは言え若干早めの方が良かったと後悔はしているが。)晴れ渡って360°の展望がのぞめた。
こちらは東方向、左端の仙丈ヶ岳から北岳、間の岳、農鳥を始め、塩見、荒川、赤石は勿論南端の2,000m級黒法師岳まで一望できる。(右中段は蛇峠山山頂)
さてこちらは南方向、私的意見だがオレンジ色に輝くのは三河湾に思えて仕方がない。以前蛇峠山のHPの中に「黄金に輝く太平洋」が見えると書いてあったが、"そんなわけがあるはず無い"と思っていた私もこの状況では納得してしまう。中段右の光る物体は矢作湖、オレンジ色の部分はよく見るといったん碧南市当たりの矢作川河口で広がり、その上に渥美半島南知多町が見える気がする。その上にさらに伊勢湾。どうやら太平洋が見えるのは条件次第で本当の話のようだ。

2011年11月20日日曜日

虎渓山 永保寺

今年の紅葉は期待できないというのが通説であるが、どうも場所によりけりの状況だ。先週京都へ出かけた方の話を聞くと、北山辺りではあまり綺麗ではなかったという情報。ここら辺周辺では高地の一月前ほどの紅葉開始の場所は良かったものの、今の時期に紅葉を迎える場所では期待できないというのが通説だ。
ところが、ここ虎渓山はどうだろう。何ら疑問を感じることなく紅葉が十分に楽しめる。車で1時間ほど、市内の山岳部へ出かけるよりも時間を要せずに美しい紅葉が手に入る。
昨年の京都を思わせる仏閣とモミジの紅葉の組み合わせは日本人の心に響く情景、中国の万里の長城と同様人工物と自然が同化して違和感をおぼえないのは日本では神社仏閣と自然の調和だろう。そろそろ終演を迎えてきた紅葉前線、もう少し追いかけてみようと思う。

2011年11月17日木曜日

四季桜 ~根羽村

根羽の待ちからそれて小戸名渓谷へ向かう道中に黒地の柿という有名な柿の木がある。これだけでも十分"田舎"を思わせる風物詩だが、その近くに四季桜と呼ばれる春にも秋にも咲く桜の木がある。今朝は周りの田んぼに霜が降りて寒さが厳しかったが、俗に言う寒桜と色が徐々に変わるカエデの共演が見られた。
正直寒桜は知っていたもたぶん今までにその気になって見た事は無いだろう。と思いながらその柔らかい花の色は春先の桜を思わせ一足飛びに来春を期待してしまう。ほんの半年ちょっと前はこの色をしっかりと追いかけたのだが忘れてしまうものだ。ゆっくりと咲くらしく今が見頃といったところだろう。

小戸名渓谷 ~根羽村

紅葉も終盤を迎え南に走るしか出会う事ができなくなってきた。土日に予定していたが天気が悪く青空が望めなかったのでそのまま家事で過ごしたが、今週末もまた天気が期待できない。となれば強行軍。自然は待ってくれないから。
今朝方の冷え込みで霜が一面に降りた根羽村の小戸名渓谷へ出かけた。
今年の紅葉はどうしても昨年ほどのものを期待できない状況にあるが、それでも足を運べば正直な今年の姿を見せてくれる。平日は車も少なく写真を撮る人たちも少ない、おかげで三脚をたてるのにも比較的気を遣わなくてすむのがありがたい。
根羽村といえば私の祖父は教員で、赴任先である根羽村で私の母は生まれ育った。もう30年近く前に一度だけその地を訪ねた事があったが、確かここら辺だった気がする。
渓谷では岩の上で足を滑らし尻を強打した、これは今日の日記として記しておかなければ。

2011年11月3日木曜日

高瀬渓谷

高瀬川渓谷と言うところへ初めて出かけてみた。噂には聞いていたが大町というと遠いというイメージが強い。しかしながら時間にすれば2時間、それほど遠いところではない…とは青木湖まで出かけて知ってはいるが。あいにく天気は恵まれなかったが、今週末は雨が予報されており、紅葉は待ってくれない限り強行するしかない。多分、本来高瀬渓谷の紅葉というのは高瀬ダム周辺を指すのではないかと思うのだが、その高瀬ダムへは一般車進入禁止で手前の七倉ダム上流でシャットアウトされてしまう。…高瀬ダムは東電のダムだからテプコ館同様の扱いになってしまったのか?
近辺では猿が多数出没し、紅葉の谷をのぞき込んでいるとその木々の上では猿が親子でいたり、道路では親子が肩を並べて座り込んでいたりやたらサル軍団に出くわした。
天候さえ良ければ、青空さえ広がってくれればと思うのだが天気だけはどうしようもない。来年再チャレンジ、青空の紅葉をおさめたい。

霊松寺 ~大町市

今年ははずしました。昨年もこの日11月3日に訪れたのだが、青空が広がり庭園の紅葉もピークを迎えていた。今年は少し遅かった様子。庭園内の樹木の葉は枯れて茶色となり中には葉が全て落ちてしまっているものもあった。しかしながら寺を囲む周りの紅葉はまだまだ行けそうで、銀杏は落ち葉はあるものの黄色を誇っていた。曇天に銀杏は難しい、白と黄色のメリハリがつかない。
昨年同様シンセサイザーのコンサートが行われていたが、山間に響く電子音がどことなくなじまないと感じていたのは私だけだろうか?
昨年の様子は http://wadanoko.blogspot.com/2010/11/blog-post_6898.html

2011年10月23日日曜日

下栗の里 2011秋

伊那谷がどうにか青空を広げているのに対して、南アルプス直下のこの地域ではアルプス越えの雲が立ちこめその稜線は望めなかった。オーソドックスな下栗の情景ではあるが、紅葉は8割と言ったところだろうか?緑の麓に点在する色合いがこのような状況。昨今のポスターになっているピークと比べると少々控えめだが、これくらいでも良いのではと個人的には思う。場所も個人的にはこちらの方が好きで集落の斜め上からよりもマチュピチュを思わせるこの方が好みだ。

里から聖方面に向かう谷間は紅葉が進み、水彩画の筆あとのようにカラフルな色で染められ、ここへ行くと毎回思う、夜明けから毎日このような自然の変化に囲まれて暮らす事の贅沢。勿論実際の生活となれば外部の我々では知り得ぬ苦労があるのだろうが、こと自然に囲まれた生活ではうらやましい限りだ。だからこそ我々外部のものはもっと気をつかってこの地を訪れなければ行けないのかもしれない。

御池山林道 2011秋

下栗をあとにしてしらびそ方面へ御池山林道。
曇天がぱっとしないが、下栗に比べれば紅葉は進んでいる感がある。道中ではそこかしこに紅葉が見られる場所があり華やぐ季節を装っている。バックは伊那山脈、はれていればその向こうに中央アルプスが見えるはずだがこれだけはどうしようもない。
林道沿いのそこかしこにインパクトを与える紅葉が存在するが、なんと言っても山全体が紅葉の彩りを見せるのは圧巻させられる。南アルプス=赤石山脈直下の麓、入り組んだ山容に錦絵が重なり合うように存在する。
ps:バイクの皆さん寝て走らないで下さい。

2011年10月22日土曜日

御射鹿池 2011秋

10月20日の画像です。
毎度おなじみ御射鹿池。私にとってここはなぜか惹かれる場所。四季を通じて出かける場所である。毎度書かせてもらう東山魁夷の緑響く、吉永小百合のアクオス。最近聞いた話ではこの池の上に位置する明治温泉にアクオスのロケでは吉永小百合が泊まったそうだ。…まあ大変な状況だったのであるという事と、本当にこの地を使ったという事が今のデジタル時代にCGでは無い事のうれしさを感じさせる。少し遅い感じはするもののまだまだ黄葉のピークであるのだろう。
御射鹿池とは言うものの見ればすぐにわかる人造湖。しかしながらこの池を囲む自然はそのままに水面に映り込む周りの風景は人工物とは言うものの自然と融和した情景を作り出す。これが電柱・電線では興醒めしてしまうのだろうが水という媒体が構造物を打ち消して風景を作り出しているのだろう。

浅間山

これは10月20日の画像。
今回の行程は、行きは諏訪ICから152、299で小諸に抜け、軽井沢経由で浅間山の東を抜けて草津。帰りは湯の丸高原を越えて東御へ抜けて、さらに和田峠を越えて岡谷IC経由で期間する行程。
時間よりも距離よりも行くべきところを必ず訪ねる事と、できれば高速ではなく東信の紅葉を見る行程。
こちらは先日訪ねた麦草峠を越え八千穂高原へ下る分岐点の「レストハウスふるさと」からの千曲平・浅間山の情景。浅間山といえば必ず思い出すのがまだ結婚前に妻と群馬の大学の先輩宅を訪ねた事を思い出す。周りの紅葉は少しピーク過ぎ。先週末がベストであったのでは?と思うが、唐松を主体とする東信の黄葉はそれなりの見応えある情景だ。

草津温泉

10月21日の画像。
何年かぶりに草津温泉の湯畑を訪れた。まだまだ子供たちが小さくもう少し寒い季節だったと思うが、早朝家族皆で湯揉みを見に出かけた覚えがある、それがどこに泊まったのか?記憶がないのだが、帰り際に道ばたで見た記憶ではあそこだったのではないかと思う情景はあった。
そのときには気がつかなかったのだが、湯畑の周りの石の柵にはそうそうたるメンバーが名前をそろえているが、最近の政治家から源頼朝まで。古くから湯治場であったのはわかるが物語で残せばよいのにと思う次第。。

やはり風情のある光景ではあるが、近代的なコンクリート造の建物よりはやはり木造3階建てくらいの建物の方がしっくりくるのは私だけだろうか?一面にたちこめる硫黄の臭いが温泉場を強調する。これだけの湯ノ花がつく温泉をどう処理されているのか?西の河原の本線がいわゆる温泉の排水路になっているそうだ。したがって、湯水はそこで河川放流され下流で国の機関が浄化し放流している。上水を伴う生活水は通常の下水処理をされているそうだ。よく考えると当たり前かもしれないが、気がつかなければそれまでの事実だ。

2011年10月16日日曜日

鳥倉林道 2011秋

娘が友達と一緒に帰省した。東京生まれの東京育ちの彼女は、これが妙な縁で妻と同姓同名。せっかくなので少々早い事を承知でとり倉林道を豊口山の登山口まで登ってみた。
昨年のデータではもう1週間先がベストと思われたが、帰宅して昨年と比べてみると、豊口山の手前の山並みは確かに昨年の方が紅葉が進んでいるが、豊口山自体は茶色が進んでいる事がわかった。ひょっとすると豊口山の紅葉はこれがベストと思われる。
こちらは展望台近辺の紅葉。標高差の分だけか幾分遅い紅葉だが、今朝方まで降った雨で空気が澄み、日向きがまともに当たる時間帯を選んだ事で空がくっきりと青さを出した。
もう1週間が見頃かな?と思いつつ日本最高の峠を控えるこの林道はやはり地域にとって誇れる自然の贈り物だろう。

2011年10月10日月曜日

白駒の池 2011秋

いよいよ秋がやってきた。昨年の平日ピークの紅葉が、今年は連休と重なって大渋滞を起こした八ヶ岳 白駒の池。麦草峠までは1時間半で順調にたどり着いたものの、そこから駐車場へたどり着くのに1時間半。。都合3時間をかけてしまったこの間に、霧のたちこめた情景から澄み切った青空を通り過ぎて雲が出てきてしまった。

昨年は青空に恵まれず、併せてあまりの迫力に負けてしまって右往左往してしまったのだが、今年は一転、落ち着いてまわる事ができた。それにしても多くの人が来ているものの、池の周りの遊歩道を歩く人はさほど多くなかった。冬には道路も閉鎖され、完全結氷するこの池も今年最後の華やかさを誇り、春に向けて厳しい季節を超えるのだろう。

それにしても道路渋滞が激しすぎる。原因は心許ない自己満足優先の自称自然愛好家の路上駐車だ。おまけに収拾手段を持たない警備員。あれじゃどんなによい自然を備えていても台無しになってしまう。歩きたい事も、自然を見たい事も気持ちはわかるがどこまでも自然に優しく振る舞ってもらいたいものだ。

2011年9月23日金曜日

付知峡 ~中津川市

すっかり朝晩冷え込み夏は終わり秋がやってきたようだ。紅葉シーズンを前に気になっている場所を偵察に。岐阜県中津川市付知町、下呂の少し下で比較的近い。距離にして80km程度、1時間半かければ十分、しかし、紅葉シーズンは混雑が予想される。
上の画像は不動滝上流の渓谷部、付知川の両側に岸壁が切り立っている。感じとすればこれがそのまま頭をはねられると寝覚ノ床といった感じで、事実近辺に"新寝覚めの床"というのがある…?
さすが木曽川に注ぐだけあって水はエメラルドグリーンで美しい。
こちらはさらに上流の仙樽滝。まだ台風15号の影響が残るのか水量が多く水しぶき激しくいったい亜霧に包まれた状況だ。
よく見ると隣に枯れてしまったような滝があるのだが、これがかつての滝なのか?はたまた単なる自然のいたずらなのか不明。峡谷の岩石がそのまま風化して切れ落ちたように丸みのない角の鋭角な岩石が付近を覆っていた。遊歩道でぐるっと一回りしてみたが、お決まりのと言っては失礼な「熊出没注意」の立て札があちこちにあった。そろそろ熊に気をつけなければと思いつつ、妻の持っていた熊鈴が妙に心強く感じた。もう少し付近の調査をして再度チャレンジする。

2011年9月18日日曜日

日本昭和村 ~美濃加茂市

明治村というのはどなたもご存じだろう。大正村は明智町にある。こちらは岐阜県美濃加茂市にある"日本昭和村"。昭和村ではなく日本が付く。初めて知って即行ってみた。
こちらは美濃加茂ICを下りてすぐだが、ハイウェイオアシスからも入ることができる。温泉まで付いているテーマパークだ。名前からして昭和の町並みを意識したように感じるのだが、その実昭和を生きてきた私には特別に昭和を感じる雰囲気はなかったが、これなどは懐かしいパーツ。
どうでしょう?すぐにこのコマーシャルの音楽が口から出てくる。「オリエンタル マースカレー、太陽の味マースカレー」だ。園内のお店でみなくなったこのカレーを売っている。どことなく粉っぽく、辛さは子供でもいけるあまり辛くない程度だ。んー、懐かしい。私の年代以上の方はそういえばみたことのある人形だと思うだろう。このカレーのパッケージはコック帽をかぶった子供がスプーンを持って写っている。思い出していただけたであろうか?
さらにこちら、何がよいかというと今はもう使われなくなった「パーマネント」という言葉だ。我がいとこがこれをカーマネントと言って大笑いをしたことを思い出す。もう40年以上前の事だが。
勝手に昭和の雰囲気を感じなかったと言いながらも、味、響き、言葉、質感、これを我が子供時代の昭和へ引きずり込んだ 昭和村 の勝ちだろう。やはり昭和村だけの事はある。是非一度行かれてみては、お勧めする。

太田宿 ~美濃加茂市

中山道"太田宿"。昭和村の近辺で今回は下見程度に足をのばしてみた。
同じ中山道の妻籠宿や馬篭宿の様にすべての住宅がそのまま残されているわけではなく、そこかしこに当時のものがそのまま残っている感じ。そういった意味では旧街道筋ではありがちな町並みというのが正解だろう。
ここでもやはり妻籠宿同様皇女和宮の話が大きく語られ、その様子を再現した 中山道祭り が催されるようだ。この和宮に関しては中山道は姫街道と呼ばれ、厳密な歴史の知識がない私には悲劇のヒロインと言って良い程度のものだが、和宮という名前に惹かれるものがある。

2011年9月16日金曜日

しらびそ高原

やはり平日とあって高原の賑わいは寂しい。私がたどり着いた昼近くは車が3台程度であった。それでもその道中は何台かの車とすれ違ったので上り下りしている人たちがいることは確かだが。
その名の通り赤石山脈の稜線から奥、静岡上空には雲が出ていてコントラストがつかないが、稜線はくっきり。
聖 兎 中盛丸山 大沢 小赤石 荒川 までがくっきりと手に取るように見えた。ここでの大沢の屏風状に切り立った山容と、明らかに山色の違うごま塩の荒川がくっきりと仁王立ちしていた。いずれにしてもこの山並みを見ながら座っていれば、時の過ぎるのも忘れてすがすがしくなるのは事実。欲を言えば本尊の赤石も見えると文句ないのだが、そこはそれ懐の深い山「赤石」、そう簡単には拝ませてくれない。くっきりした樹界がはっきりと見え、もうじきこれを茶色に焦がして頭を白くする季節がやってくる。

御池山林道

下栗からしらびそ高原へ抜ける道中、まだまだ緑輝くクマザサが生い茂り独特の白樺の点在が気になる場所。まだ秋には遠いが確実に近寄っている気配は感じる。雲の多い日となってしまったが、この連休は明日までが雨は降らず日曜日あたりから怪しくなる。本来下栗のそばの花を目指したのであるが、下栗へ上がれば当然ながらこの林道でしらびそへ抜けるのが横道だろう。
南アルプス側は雲が尾根にかかり、特に南に行くほど雲が多く上河内岳より南の稜線は雲をかぶって残念ではあるが、雲間の青空と冷たい空気、日差しを遮る木陰などは見た目にも涼しさを与えてくれる。御池山クレーターの縁は秋の紅葉が楽しみだ。

下栗の里



ここまで耕作します。「耕して天に至る」とはよく思いついた言葉。まさに家を建てれば屋根がそのまま裏の畑の高さになる。同じ勾配で畑が家の横にある。そしてその目先には南アルプス 聖 兎 上河内 がそびえる、毎朝夜が明けるとともにこのような山並みを見られれば幸せに思える。
実は私の祖母もこの下栗の生まれ、今でも小学校の宿題で時間に関する話を祖母に聞いたときの星の動きで時を知る方法を思い出す。まだまだ車の行き来もない時代のことである、夜明け前から働いていたであろうその時代、星の位置で時を知り自然とともに共存していた時代だ。
昨今の自然災害発生の多い時代、この急傾斜の土地もこのまま人々の生活の場であることを祈りたい。

2011年9月12日月曜日

中秋の名月

中秋の名月は旧暦の8月15夜の月を指し、常に満月とは限らない。しかし、今年の中秋の名月は6年ぶりに満月と重なり月様を見せてくれた。月を眺める文化は中国・日本では古くからあり、日本では縄文時代に既に存在していたと言う話も聞く。まあ、古くは自然物崇拝が基本であるから、地球上の身近な自然物と同様に生活には身近な存在であった事は確かで理解できる。
いずれにしてもこの地は今宵天候に恵まれ、ただ撮っただけでは太陽のように光り輝く球体となってしまう。
こちらは月の南部半分の切り出し。代表的なティコクレーター。直径85km、比較的新しいクレーターのため(とは言え1億8千万年前だそうだ)にその後のクレーターが重ならず綺麗な形を保っている。内部は反射率の高い物質に覆われ筋状に見えるものは地形の起伏ではなく、このクレーターから反射された光条で1,500kmもあるそうだ。この反射率の正体が比較的保温効果があるのか?クレーター内はホットスポットと呼ばれている。

2011年9月11日日曜日

美ヶ原高原

昨年は松本側から登り、自然保護センターから王ヶ鼻、王ヶ頭ホテルを経由して美しの塔を目指したが、いかにせん虚弱な体力で途中で断念、遠目に塔を見て撤収した。今年は反対側、山本小屋側から歩き出し、とりあえず走破のための昨年の引き返し点までを目指した。
根本的に歩き出しが平坦に始まるだけで随分楽に感じる。少し上がれば美しの塔も、王ヶ頭も見渡せ、意外にも歩く意欲をもてる。戻ってきた夏の日射しと高原の冷たく感じる乾いた風に恵まれ気持ちの良い高原が満喫できた。
馬も撮ります。美ヶ原と言えばどうしても"牛"のイメージではあるが、これは子馬。近傍には母親と思われる馬が寄り添っていた。目は優しく、よーく見るとその骨格はキリンを思わせる構造を想像させるが、間近に見る馬はその足の大きさや毛づやも含め力強さと美しさを持っている。
牧草地で風にたてがみを流しながら走る姿は平和の象徴化のようにも見える。

こちらはビーナスライン三峰大展望代からの展望。毎回思うのだが、このなだらかな山容を見ると美ヶ原に来た気がする。勝手な個人的解釈で、おそらくこの地帯は老年期を迎えた山なのだとおもうが、険しく切り立つ場所は少なく地球の歴史の中で早期に造山去れ、長い年月を経てここまで丸くなったのだと想像する。
美ヶ原をあとにし、美ヶ原美術館に寄ってみたが、なんとそこは上田市。意外にも北に足を伸ばしている事に驚いたが、良く天気予報で流れているあのモニュメントが並んでいた。

2011年9月10日土曜日

鎮西の大滝 ~下條村

以前どこかの観光パンフで見たことある滝が気になっていたのだが、多分阿南町のパンフだった気がするこの滝。調べてみると大滝と小滝と二つあるようだ。思っていたよりも寄りつきが良く、車で間近まで行ける。滝をとる時は毎度の事ながらその音で周りの音がかき消されてしまい、他の人が近づいても声をかけられるまで気がつかない事が多い。さらに滝の水音がいろいろな音に聞こえていろんな気分にされるのがおもしろい。
とは言え、「熊出没」も当然気がつかない状況なので、たった一人キョロキョロしたりもする。
近くにある石碑の碑文によると、昭和20年の大災害でこの滝の不動明王が流され行方しれずになっていたものが、平成13年から始まった一体の親水公園整備で下流から発見され元の位置に安置されたそうだ。人間の歴史の中で一番古いと思われる自然崇拝の原風景がここにも存在した。もっとも、対象はこの山自体でその意図を現すものがこの滝だったのだろうと勝手に解釈するが。
滝壺の下には山あじさいが咲き、このあじさいはここでしか根付かないと地元の方に聞いた事がある。いずれにしても、天竜川を基準としてそう遠くない場所に落差16mの滝が存在するのはいかにこの伊那谷南部の地形が狭く急峻かを物語っている。

2011年9月4日日曜日

高ボッチ高原

今週は全国的に台風12号の影響で振り回され、発足した野田政権の陰もまさにドジョウのごとく潜めている。もっともこの状態で政治番組を放送している放送局もいかがなものかと思うのは私だけだろうか?
さて、そんな荒天の中今週は高ボッチの様子を。これは8/30の様子であるのでお間違えのないように。
青空が広がれば爽やかという言葉の通りの高原だがそれはほんの一瞬だった。道中20号から上り出すと一気に風は乾いた涼しいものとなりエアコンはもちろん切って窓を全開の走行が心地よい。
残念ながら北アルプスの稜線は厚い雲に追われ、眼下に安曇野の平らを見られたのもほんの一瞬。瞬く間に霧が上りだし下界の様子を覆い隠してしまった。
反対に東は諏訪湖、八ヶ岳の稜線は確認できたものの、遠く富士山は雲の中でその姿を確認できなった。折しも昨夜の諏訪湖の花火は多くの人がここでシャッターを切ったことと思われるが、その諏訪湖のみられるところにはあちこちにどこかの草原の動物の巣のようにススキが丸くつぶれており、カメラマンが巣造った痕跡がみられた。

まず第1は北アルプス槍に突き刺さる夕日、そして朝焼けに染まる富士を撮ってみたいと思っているがいつの日か、ということにしておこう。
高原の短い夏は終盤を迎え、やたらと赤とんぼが飛び交いすでに初秋の高ボッチ高原だった。