2009年10月18日日曜日

小黒川渓谷 ~ 権兵衛峠




初めて小黒川渓谷へ、中央高速 小黒川PAでおなじみのあの小黒川の源。山並みは8部の紅葉、あの聖職の碑で有名な登山隊はこの渓谷から登ったそうだ。渓谷行き止まり手前に信大の建物があるが、そのすぐ横からが登山道、当然案内も出ている。

意外や意外、どうしても駒ヶ岳を中心に考えてしまい、かなりの距離を駒ヶ岳から縦走して下らないと行き着けないと思っていたが、ここからが入り口らしい。もろ逆光、しかしながら朝日を浴びた黄色が映え渡っていた。
そのまま渓谷を下って、権兵衛峠へ。トンネルが開いてほとんど通らなくなってしまった旧道を登ってみた。
こちらは見頃、山々がきれいな色を演じている。
木曽側から登って峠の手前、伊那市のイベントが行われ多くの人々とおそらく 木曽馬がつながれていた。
山並みが色を出し、きれいな樹形が三角に整然と並んでいると、子供の頃描いた写生を思い出す。黙々と三角が連立し筆型を残したような情景だ。
いよいよ伊那谷へも紅葉がやってきた、週末は天気だけが気がかり。



2009年10月12日月曜日

陣馬形山 …結婚記念日

この3連休、今日は天候が期待できないはずだった。したがって昨日のしらびそ行きがメインの予定であったが、たまたまこの時期特有の夜明けは霧混じり、時間の経過とともに青空が広がる天候、起きてみて急遽近場で陣馬形山へ登ることにした。
昨日しらびその様子から、あまり紅葉は期待できないが、それでも空気が澄めば伊那谷の様子がすっきり見えるかどうか?
紅葉は山頂付近よりも道中の方がそこかしこに鮮やかな色を点在させていた。


山頂に登るとやたら他県ナンバー、特に名古屋ナンバーの車と、10台は超えると思われるバイクの軍団。中にはテントを張って夜を明かしたグループもいるようだ。…寒かったろうに、でも星空は満天だったかな?大量の車グループは昼をここでとるらしく集団で調理にいそしんでいた。
どうだろう、雲の上に見える千畳敷カール、眼下には伊那谷のまち。
ペルーのマチュピチュも、エジプトのピラミッドも現物を見てみたいが、まずもって足下の地元の自然の美しさを知った上でなくては。
本日は23回目の結婚記念日、ちょうど人生の半分を一緒に過ごした。
陣馬形から折草峠に下山、更に駒ヶ根に回って光前寺、さらには栗のソフトと思いもよらぬ夫婦の時間で過ごした。



2009年10月11日日曜日

しらびそ高原


南信ではたぶん一番早いであろうしらびそ高原へ紅葉を見に。
前回同様下栗から登り、御池山クレーターを回りしらびそ高原へ。
下栗からしらびそ高原までの間はまだまだ。まばらに赤、黄が存在するが、紅葉を満喫できる状況にはない。しらびそ高原周辺でもまだ少し早い間がある。
下栗から見る聖岳、上河内岳は山頂付近が乾燥して岩肌が出たような感じ、一見初雪をいただいたような色模様を様している、と思いきや、実は昨日初雪が降ったらしい。何ともタイミングが良い。
その手前の笠松山、平谷山が紅葉を迎えるのは1週間から10日先になりそうだ。
若干雲が多い一日だったが、それでもこの3連休では今日が一番の青空だろう。


しらびそ高原でも、まだ少し早い紅葉、2枚目は紅葉と上河内岳。
爪痕が荒く赤い肌を出す大沢岳から、中盛丸山、聖を経てこの山に至る。
冷えた空気はすがすがしく、快晴は気持ちよさを与えてくれる初秋の彩りだ。

2009年10月10日土曜日

キンモクセイ 2度咲き


つい先週、花が散ったばかりのキンモクセイが再び花を開花させた。
調べてみるとモクセイ科は2度咲きするのは珍しくないらしい。同じ科の柊も2度咲きがあるらしい。とはいえ、過去20年間1度もなかった珍事だ。おおよそ2度咲きするパターンは決まっていて、9月末に咲き花のちりが早くあまりにおわないと10月初旬に2度目の開花が起こる可能性が多いようだ。確かに早く開花し短期間で散った、臭いもあまり感じなかった。いずれにしても今秋2度目の開花。ある程度の地域単位でこのような現象が起こるそうだ。
知人によると藤も今年は2度咲きしたそうだ。とかくこの原因を地球温暖化へ結びつけたがるだろうが、異常気象が仮に原因だとしても、異常気象は地球の年齢からすれば頻繁に起こること、元
来2度咲きの性質があればいつ起こっても不思議ではない現象だ。
このキンモクセイ、雄株と雌株があるが、日本では雌株だけで結実はしないそうだ。
この日射しと香りに誘われたのかアゲハチョウがやってきた。
子供の頃キアゲハやカラスアゲハをよく見かけたし、少なくなったと思うもののこの家の庭でも何度か見かけた。
何という蝶かは知らないが、大型のアゲハチョウには違いない。
日をかざすと何ともいえない玉虫色のラメが輝いた。

2009年10月4日日曜日

あゞ野麦峠 … 再び


ネットの県内紅葉情報を頼りに野麦峠へ、例年の情報から少々早い気がするのだがそれでも信じて登ってみた。残念ながら時期尚早。まだまだ紅葉の始まり状況、それでも雲一つ無い晴天に恵まれ峠からの乗鞍岳は最高の表情を見せた。
前回は雨降り、お助け小屋から峠へは登らなかったが、今日は息を切らしながら登ってみた。入り口の「熊出没」が皆の気を失せさせるが、携帯する熊よけの鈴を頼りにほんの10分ほど。
これが本当の野麦峠、女工哀史…飛騨の幼い女工たちが命をかけて超えた峠だ。
政井みねは「飛騨が見える」と兄に言ったそうだが、峠からは生い茂る樹木の間から乗鞍岳が見える、飛騨のまちは見えない。峠で息が絶える前に本人に飛騨が見えた事も気持ちとしてわかるが、物理的には困難だろう。

登り口には政井みねの墓と書いてあるが、現実は 政井みねの碑となっている。おそらくここに墓があるとは思えないので、 碑 と言うのが正解だろう。不確かだが、その昔吉永小百合がこの話に感動し、野麦峠の映画化が検討された。当時の日活だと思う。ところが映画化は実現できず、吉永小百合自らが兄に断ってこの地に碑を建てたと呼んだことがある。…実話であろう。
我々は日常生活に追われて贅沢ばかりを追い求めるが、100年前の彼女たちの苦労が、殖産興業を発展させ今日の日本の基盤を造り上げたことに感謝を忘れてはいけない。

2009年10月3日土曜日

小さい秋


まだまだ秋の紅葉は先のようだ。駒ヶ岳の千畳敷カールが良いくらいだろうが、里の、しかも標高の高いところへ行ってもまだ紅葉と言うにはほど遠い。
平地ではようやく稲刈りが終わり、つい最近まで黄金色に輝いていたたんぼは刈り田となって美しいラインを出している。
地味ではあるが、飯島の西岸寺を訪ねてみた。
ここは庭園が有名でさほど大きなお寺ではないが庭の美しさでは有名だ。長く続く参道が見事に直線で造られ、それだけでも時間を感じてしまうのは日本人。
当然まだ紅葉の木々は見られないが、一部には色がついている樹種もある。
昨夜の雨から一転、秋晴れが晴れ渡りだしたまだまだ濃い日射しの中
先行して色づきだしたものはそれでも赤を主張している。
基本的に紅葉は赤や黄色だが、これらが集まった場合にはどちらかだけではうんざり感がある。むしろ人為的ではないその配色が良くて、どちらも混在した方が美しく感じる。
もちろん個人の主観だが。庭園では極少数の赤と圧倒的な緑で染められていたが、それでも間違いなく秋が近くまでやってきているのは事実だ。

2009年9月27日日曜日

赤そば … 中川


期待はずれの晴天?天気予報では本日は雨。確かに昨夜は雨が降り続いていた。一転、今日は雲が多いものの秋の天気の代表、変わりやすくも晴天だ。
前から気になっていて、なおかつ昨日も気になった「信州里の菓工房」へ妻と出かけてみた。
個人的にはシャトレーゼに和菓子版が追加されたイメージだが、地元の栗が生かされていて多くの人の雇用の場となっていることには関心だ。
チェーン店のそれとはやはり何かが違う、安心感がある。
残念なのは、その建物がやはり東を向いていて西に位置する中央アルプスが見えないことだ。立地の条件からして間取りが仕方なくなるのは当然のことと思うが、南に位置したオープンな庭から西に連続して設けるとロケが良くなるのでは?冬の厳寒期は別として、春先の残雪豊かな中央アルプス、南アルプスを見ながらのひなたぼっこは最高に思える。
その帰りにこの時期定番の中川の赤そば祭りを覗いてみた。
実は赤そばよりは隣接のブドウ狩りに大型バスが数珠つなぎの状況、さほどの混みは生じていなかったが、我々地元のものには赤そばの方が魅力を感じる。
隣接の畑に赤と白が植えられているが、確か赤は白よりも優勢で赤は食べれれない。赤は花を見るだけで白はやがて赤に占領される話を聞いたことがある。
事実白の中に赤が入り込みこの数年で赤に化けてしまうのは確かかもしれない。そんなつもりはなくラフな格好、裸足にサンダル履き、おまけにカメラ持たず。携帯電話のカメラでどうか?
来年まじめに撮りに参ります。

2009年9月26日土曜日

曼珠沙華


先週開花したキンモクセイは、香りを残しつつすでに散り始め、雨でもくれば一斉にその花を落としそうだ。変わって登場が彼岸花=曼珠沙華…確か中森明菜がマンジュシャカと歌ったっけ。
正に地上の花火。お墓によく咲いているが、田んぼの土手にもよく咲いている。我が家では庭に2本あるが、それぞれ開花時期が異なって咲く。


午後から一回り、実は高所の銀杏がすでに黄色くなり始めるのではないかとコンデジ片手に車で走ってみた。
とうてい銀杏は緑一色でそんなことはない、駒ヶ岳の千畳敷カールはそろそろ紅葉が見頃になるのではないかと思いつつも、その様子は下界からでは確認できず。もっとも動いている本人が汗をかいているのだからまだまだ時期尚早か。
変わって道端のどこでも咲き誇っているのがコスモス。この花も開花時期がまちまちで、南でもう満開を過ぎているのに、飯島のコスモスはまだ蕾も多く満開とまでは行かない。
これは中川村のコスモス、暑いほどの秋晴れの中咲き誇っている。
ここ一月ほど紅葉までは一休みか?
だが、紅葉は花ほど幅がないから今から準備を整える。

2009年9月22日火曜日

キンモクセイ開花


連休も明日を残すだけ、夏休みを終える娘が東京へ出かけた。
夏休みという言葉が果たして適切かどうか?すでに秋休みではないか。
すっかり朝晩寒く、なおかつ北海道では初氷がすでに張ったそうだ。
庭のキンモクセイがすでに開花し、玄関先で香りが漂っている。
すっかり秋では?こんなに早く咲いたっけ?毎年開花を楽しみにしているが、昨年は少々剪定が過ぎたのか元気なく、なおかつ冬には葉を落として心配したのだが、何のことはない元気に花をつけ臭いを放っている。
キンモクセイはその小振りの花で一つ一つの花はのぞき込まないとわからない。更にのぞき込めば何とも赤ん坊の手のように、柔らかい曲線でグローブの用に開いている。
子供たちの夏休みも終わり、秋突入。冬休みでまた子供たちが帰省するのを楽しみに夫婦二人で秋を乗り切る事とする。

2009年9月19日土曜日

妻籠宿 … 再び

娘が合宿を終えて再び帰省したため、妻の休日に合わせてドライブを楽しんでいる。
今日は上矢作の風力発電所へ行こうかと思っていたが、青空が期待薄く初めて見る娘のインパクトに欠けると思い、同方向の妻籠宿へ足を伸ばした。
幼少の頃馬籠宿へは言ったことがあるがおそらくあまり記憶にないだろう、今年になって我々夫婦は2度目だが、行くたびに新たな発見がある。ごらんいただきたい、今話題の民営化された会社の方だ。何ともしゃれた格好で宿場の各戸へ郵便物を配達する。
この笠、正面に〒マークがプリントされ、なおかつ持ち運ぶバッグは木製の箱、側面に 御用 正面に郵便と書かれている。またこの宿場の郵便局もまた、町並みをそれに合わせたたずんでいる。


果たして格子の多いこの宿場だが、元々宿場に格子が多かったのかは疑問だ。
逆に我々が格子で宿場と古さをイメージとして作り上げている傾向は否定できない。
だが、各家の格子の一部に、必ず野の花が生けてある。これは感心する、たいそう派手な花ではないが、そしてまた今さっきそこからとってきた花のようだが、この花がその人々の人柄を現す。
どのようなものでも維持管理を行い、存続させていく難しさもあるが、一番大切なものは復興に立ち上がった志を受け継ぎ、継承させていく事だと思う。

2009年9月17日木曜日

御岳自然湖 ~ 木曽 大滝村


知る人ぞ知る大滝村自然湖、ネット上ではカヤックを使った自然体験で取りだたされている。これは是非行ってみたい。
ごく寂しい険しい谷間にその湖はある。私の知る限り名も無き自然湖。
自然湖と呼ばれるだけで○○湖ではない。
周辺の歩ける範囲を歩いてみたが、徒歩で行ける範囲は限られる。
やはりカヌー、カヤックでの水面からのアクセスが一番良いのがわかる。
この湖は、私がまだ学生時代、 昭和59年9月長野県西部地震でせき止められた川が自然に湖になった。あの地震は大きかった、まだ夏休みで帰省していた私は実家のベッド中で突然激しい揺れにおそわれた記憶がある。
並外れたそれまで経験したことのない縦揺れに、我が家がつぶれるのではないかと飛び起きた。
大滝村の中心部から自然湖へ向かう道中にその慰霊碑がある。
犠牲になった人は29名だそうだ、中には村外の方もいる。
紅葉は大変きれいな自然湖だが、この犠牲になった方々がそこにいることを忘れてはならない。
ご冥福をお祈りする。

2009年9月13日日曜日

下栗 ~ しらびそ高原

昨日の土砂降りと打って変わって本日は秋晴れ。
身近なところでは花の季節は終わり、次は紅葉を待つばかりだ。
天気に誘われて、下栗のそばの花が満開と聞きつけて弁当持ちで妻と出かけてみた。
下栗はほぼ3年ぶりくらい、自身の祖母も出所で幼少から、まだ自動車で行くことができない時代から徒歩で行っていた場所だ。あらためてその環境を見ると何ともすごいところだ。へんぴではなく自然環境に恵まれた良いところ。
四季を感じ、自然と一体感が得られる。…外に住む者の無い物ねだりか?ご当地では怒られることかもしれない。
そばの花は満開、ただ、残念なことにすべてが網で囲まれている。鹿害か?すべての畑が網で囲まれ道端から眺めてもすべて網だらけだ。
嘘か本当か?元々下栗部落は南アルプスの東側=静岡から尾根を超えて移り住んだ人たちの部落らしい。…個人的には納得できる。写真奥、南アルプスの向こう側は静岡県、大井川水系になる。…とすると私の体の中にも静岡の血が流れているのだが。


高原ロッジ下栗からさらに御池山を目指しそのまま しらびそ高原 へ回り込んでみた。前々より何度かチャレンジしたが、そのたびに通行止め。私の中では崩落の多い林道と思っていたのだが、道路はすこぶる整備されている。この天気、この季節、爆音を狭い谷間に響かせるバイクの集団が多い。おおよそ雑音の無いこの世界では、前後から迫るバイクの集団は音で判断でき待避することができる。
案の定、しらびそ山荘の駐車場は老若男女他県ナンバーのバイクがびっしりだ。…批判するわけではない。
道中、南アルプスの山並みが、真っ青な空に切り立つ光景が何度も見られる、よく判断できない御池山のクレーターを一望しながら緑一面の山中と、既に冷たい風中を走るのは気持ちがよい。
御池山クレーターは、言われればその稜線がクレーターの縁に見えるが、説明のまま理解できるのは確かにその部分の地層が縦に走っていることだ。
我々この谷で育った者は、中学で大沢岳に登る。…今は不明。そのときの記憶が昨日のようによみがえる、今のこの人生などとうてい想像のつくときではなかったが。
お地蔵さんの頭の上が 荒川前岳(3013)、右の平らが大聖寺平。これが南アルプス赤石岳から連なる稜線だ。右端に位置する大沢岳から稜線が二手に分かれ、一方は右に位置するぽっこりとした丸山(2373)になる。
稜線までの水平距離8.2km、ここまで迫ると手前の大沢岳の稜線の死角に赤石は隠れ見ることができない。陣馬形から見た眺めとは全く異なり、その雄大さが、山肌の荒々しさが目で見ることができ、日本列島の造山運動が、自然の力がいかに大きなものか思い知らされる。

2009年9月5日土曜日

北へ


先週は仕事で土日をつぶしてしまった。
今週は、治部坂のコスモスがどうかと思っていたが、同じコスモスを北でおさめてみようと走ってみた。やはり早い。標高の差からか?北でもまだまばらな先具合。飯島に畑一面にコスモスの花の咲く場所があるが、そこでも駄目だ。
更に足を伸ばして、桜以来の光善寺へ。
松川町を過ぎて飯島町へはいるととたんに路傍は花が多くなる。
地域性なのか?ちょっとした土地に花が植えられて彩取りをなしている。…立派。
どこの道でもそうだが、または家でもそうだが、花の好きな人の存在は見ればわかる。コスモスは断念したが色とりどりに咲き誇る畑があった。
霊犬早太郎はいかがか?
桜の時期には着物が似合う場所だが、年をととして待ち続ける犬に思えて仕方がない。
何度となく訪れた光善寺だが、行くたびに新たな発見がある。今日はちょうど仏前結婚式が行われていた。少々なじみのない光景ではあったが、それでもただひたすら座り続ける霊犬は五重塔をバックにひたすら待ち続ける。

2009年8月23日日曜日

治部坂高原~コスモス


快晴、浪合の治部坂高原へコスモスの様子を見に出かけてみた。
コスモスと言えば秋、まだ8月だというのにテレビでは盛んに流れる。
少々早かった。まだ、オレンジ色の花が一面に咲き誇っている状況で、我々がコスモスとして認識する色目はまだまだちらほらだ。これがオレンジと他の色が両方咲き誇る時期をつかむのが一番だろう。
リフトから見る状況も切り取り方によってはその迫力が出る。が、ゆりの時もそうだったように、動くリフト上からの撮影は結構難しい。

来週は選挙、だが9月の声をきいても何とか行けるのではないだろうか?状況を見てもう少し混合された色目をおさえたい。

2009年8月16日日曜日

車山高原

今年の夏は土日のほとんどが雨に見舞われ、車山~霧ヶ峰にかけてのニッコウキスゲを見損ねてしまった。
今となってはとうてい無理な話で、来年の夏を期待するしかない。
しかしどうしても収まらないものがあり、妻と娘と晴天をきっかけに車山山頂へ登ってみた。少々ガスって残念ながら富士は見ることが出来なかったが、かすかに画像にはおさめることができた。また北方向、蓼科山を仰ぎその裏に控える浅間山も拝むことが出来た。
画像は車山肩から霧ヶ峰高原、岡谷方面を望む。
道中152沿いにやたら見事な黄色い花の集団が。
これ、キク科のオオハンゴソウ(大反魂草)北アメリカ原産の帰化植物。当初は園芸用として輸入されたが、繁殖力が強く、地下茎で増え大群生をすることがあり、今では山深い里付近でも見られ、すっかり定着してしまったようですが、山野草などを売り物にした場所では、この花が群生してしまうと元来の野草が絶えてしまい、駆除が大変難しい花とのことで、害草として扱われている所もある。どの世界にも外来種が既存種を圧倒してしまうことがあるのですね。と紹介されていた。そんなにアクのある花には見えないのだが…。それにしても見事な黄色だった。

2009年8月15日土曜日

遠山郷

娘と二人でふるさと遠山郷へ行ってきた。
天気予報で飯田市南信濃を紹介してくれるだけのことはあって、迫り来る山並みとは別にこの谷は暑い。赤石銘茶と呼ばれるお茶がとれるだけのことはあり日中の温度は県内最高に上ることがある。
それはその通り、一歩県境を越えればそこは遠州浜松市だ。
この小さな谷で生まれ育った私は15までここで過ごした。以後この地で生活するのは私の父母。なかなか離れることの出来ないところだ。
改めて見ると、絶壁に近い山並みが谷の両側にそそり立ち、迫り来る感じがする。
写真右側から正面にかけて中央構造線が走る。右側が内帯、左が外帯に属する。

昼食は「かぐらの湯」。…写真。
今ではここが有名になったが、一昔前の「ヤマメ荘」時代のヤマメ丼というのが私の好物だったが、ここにはそれは承継されず誠に残念な事だ。
月末に夏祭り「御射山祭」があるが、今年は選挙が行われるために私は行けない。
道中車の数の多いこと、それもほとんどが他県ナンバー。多くは浜松、名古屋だが、どうしたわけか中には沖縄や岡山などというナンバーもすれ違う。
どうか上手に今の文化と人柄が奪われることなく、存在し続けてほしいものだ。








2009年8月13日木曜日

どんぐり横町


さて、夏休みを取り霧ヶ峰と思ったが、相変わらず天気が優れない。
お金をかけたところで、今日の夜には娘が帰ってくる。
となれば娘も連れて行きたい。
今日は153を南に下り、ネバーランドの「信州牛カレー」を食しに出かけた。さすがお盆、ネバーランドも駐車場がいっぱい、早めの食事で正解。
その後さらに153を南に下ってみた。どこまで行こうが名古屋を通り過ぎない限り東海環状にぶつかるはず。…写真は稲武の道の駅「どんぐり横町」。
私の高校の頃からの認識は稲武町だが、今は豊田市と合併し豊田市になってしまった。
これがまたすごい賑わい、駐車場へ入るのに時間を要する。
更に南下、意外や意外足助町の香嵐渓に出た。そこからは東海環状はすぐそこ。ところが、中央道がいただけない。東名の牧ノ原の通行止めでやたら車が多い。おまけに瑞浪から恵那までの間が10km以上の渋滞。…それでも帰ってきました。

2009年8月9日日曜日

休息日


今年の夏は思うような天候に恵まれない。
おまけに今週は妻が寝込んでしまい、その付き添いに外へ出かけることもなく終日自宅で過ごした。
「空弁当 自分で洗い 感謝する」…和山人心のうた。
滅多に病に倒れない妻ではあるが、よほど疲れたのか腸炎(私の診断では胃炎)、発熱、頭痛に倒れほぼ3日間寝たままだ、明日は出勤できるのか?おかげで十数年ぶりに出かける予定の りんごん も自宅のテレビで眺めて終わってしまった。…だからどうこうはないのだが。
ま、人員削減に続く削減で、肉体的な疲れの上に、精神的な疲れが重なって寝込んでしまったと言うことだろう。
雨と夏の日射しが入れ替わる異常な天候の中、看病の傍らカメラ片手に庭を歩いてみると、石壷の水にさっきまで降っていた雨が溜まり、さらに今では青空が映し出されていた。
今週はこんなところで、日頃自由に動ける私は妻のおかげであるから。
そうそう、息子のお祝いの日にユリが咲いたと思っていたが、どうもあれはニッコウキスゲだったような気がする。…たぶん。

2009年8月2日日曜日

あゝ、野麦峠


先週の奈良井宿で、意外にも野麦峠が近いことがわかった。
野麦峠と言えば女工哀史、大竹しのぶというのが私のイメージだ。
先週から一週間、時間を見つけてはいろいろと調べてみたが、なかなか歴史と奥が深い。たまたまであろうが、この主人公となった政井みねと言う女性、そうでなくても多くの少女が悲劇をたどったであろう。
彼女は調べたところ美人であったという書も残っている、写真で見る彼女は確かに美人で才女でもあったろうと想像がつく。
兄に背負われ飛騨に帰る彼女の石像は、その面影とは異なりかなり疲れ切った顔をしている。
そしてその姿は明らかに飛騨への谷を見つめ彼女に安堵の気持ちを与えただろう。
それはそれで物語っているのだろうが、キハツな彼女の容姿をそのままでどこかに残してやってほしいものだ。お助け小屋で昼食をとったが、このお助け小屋は当時のものではなくS45に民家を移築したものらしい。それでもおそらく当時の建物とそうは変わらないであろう。

今日の荒天の中、山頂の石碑へは上らなかったが、峠に限ることなく彼女たち女工が歩いた道をたどることも大切だろう。

冬の乗鞍、秋の峠、野麦街道。それは現代に生きる我々平和なものの考えることであろうが、いずれにしてもその道を歩くことで彼女らにより近づくことが出来るはずだ。


2009年8月1日土曜日

再び、富士見高原 ゆりの里 思わぬ出会い…

再び富士見高原へ、先週高速道路の事故通行止めで、単なるドライブに終わってしまったツケは大きかった。代わりに今週で良かったこともある。
2週間前に妻と行ったときには、リフトであがった上段はまだ蕾ばかりの集団があったのだが、今日はどうだろう、その蕾集団ですら開花を終え散り始め。…残念。
広角の独特の雰囲気をのぞき込むように撮りたかったのだが…、耐えられる主役がいない。
下段を歩きながら白樺ゆり園へ。とにかく今日は、スタートから白樺ゆり園へつくまでの間は超広角を外さないと決めていたので、折り返すまでは10-20オンリー。いやー、2週間前の時のこれをやっておけば良かった。
折り返しからは、70-200か90macroか、迷ったすえに集団での切り取りは難しいと思い90macroで切り返した。

と思いきや、ゆり園出口付近で見慣れた顔の女性。もしや、やはり。
まだ名は明かせないが私が思う限り間違いない。
サムネイルを640サイズにしていただき拡大すると写真の中にヒントがある。
こんなところで出会えるとは…。

集団の中に身を置く、少々あとびとなりのゆりを探す。
どう見ても黄色はバナナに見えて仕方がない。
やはりここのゆりは7/15~7末までにはおさえないといけない。

とりあえず今年のところはこれまで。

2009年7月26日日曜日

奈良井宿 ~宿巡り


昨日は2度目の富士見高原へゆりを狙って出かけたのだが、あいにくの高速での事故に巻き込まれ折り返しで帰ってきてしまった。
事前から事故のことも知っていたし、走っていく間にはこれも開通されると思っていたのだが、とんでもない、ほぼ夕方まで通行止めは解除され無かった。
こんな場合どうなるのか?1,000円ルールは2回カウントなのか?それとも何らかの処理で1回カウントとされるのか?
それにしても迷惑な話、幾分腹を立てながらも交通事故だけは誰でも起こりえる話、あまり気にしないこととしよう。
さて、BSJに「にほん原風景紀行」と言うのがある。前回は日本のチロル下栗が放送された。次回は奈良井宿。この予告を見て奈良井宿へ出かけてみた。
何度か木曽大橋の道の駅には行っているが、川を渡って奈良井宿の町並みを見たことは無い。妻籠、馬籠に続き3つめの宿巡り。
奈良井宿は中山道中間地点に当たるそうだ。行ってみればここが西日本と東日本の分かれ目。正に折り返し地点だ。
妻籠は平地の町並み、馬籠は坂の町並み、ここ奈良井の宿は平地に並ぶ宿ではあるのだが、まちの長さが1kmと長い。
この時期だからか観光客も少なく歩くのに不便無く、時として人いない写真を撮ることも出来る。皆、この時期にこだわる山や海へ行ってしまったのか?
当然、私も今は車山~霧ヶ峰へ出かけたい。ニッコウキスゲの咲く山と富士山が望める山並みだ。が、ここのところ土日の度に青空は望めない。
奈良井まで行ってみて気がついたのだが、意外に「野麦峠」「上高地」が近いことに驚いた。
当然ながら是非おさえたい場所だ。「ああ野麦峠」私の祖母もこの道を歩いた人だ。…いつかではなく、近日中に是非。
奈良井の宿は空いていたこもあって、またその規模から散漫ではあるが好きな町並みだ。たまたまだが、虚無僧が3名、尺八を聴かせてくれた。近代化された文明の構造物がどうしても入り込む現代の昔だが、彼らの姿はなじみ込んでいるのは事実だ。

2009年7月22日水曜日

部分日食


2009'07'22-11:22、北緯35°30'29.453''、東経137°50’26.785’’
雲の立ちこめる天空から、一瞬の間隙をぬってお天道さまが現れた。
直径10cm、長さ2.0mの自作ピンホール。月ではありません、太陽です。
正直何ヶ月も前から、この日だけは休もうと決めていたが、何日か前から天気予報はよろしくなく、昨日通常の出勤を決めた。
それでも、何ヶ月前からか用意しておいた図面用の筒を持参し、朝底に穴を開け、トレーシングペーパーを反対側に貼り付けて用意はしておいた。
大正解。
今回は私が生まれた年以来46年ぶりの日本国内陸地で見る事ができる皆既日食だ。
次回は2035年、どうかな?と思いつつも、次回も絶対と思う私です。
皆既ではなく部分ではあるものの、ダイヤモンドリングは見れないものの、トカラ列島へ出かけなくても十分楽しめた。

2009年7月20日月曜日

身近な美



ここ何日か前から気になっていた花。
仕事で通るたびに鮮やかな花が目を引いていた。いわゆる路傍の花だ。
しかしながら、それなりの手を入れていないとこれまでにはならない。
向かいの畑を耕すおじさんに聞いたところ、今年は雨に恵まれてつきがよい。
確かにこの鮮やかさは見事なものだ…すでに咲き誇った後の感はあるが。
Y君は富士見へ行ったのか?昨日と打って変わって外を動けば汗が出る晴天。
基本的に同じものを妻と見る主義の私は、連日の富士見へのお出かけは控え、気になっていたこの花を撮りに行ってきた。
十分どこかの高原にも見えるが、農道の傍らに植えられた花。
ちょっとした事でこれだけ美しくなる。

車でそこら辺の道を走れば、やたらきれいな花は目に飛び込んでくる。休耕田、畑の空き地、花が人を引きつける十分な美しさだ。
こちらは畑の一部に植えられたもの、夏を思わせる青空とうっすら飛ぶ飛行機が印象的。

2009年7月19日日曜日

富士見高原 ゆりの里


昨日から天気がはっきりせず、今朝起きるまで決めかねていた。
起きてもはっきりせず、なおかつ高速を走っても行くだけ行って駄目ならそれまでと思いつつ、我が家から1時間ほどで富士見高原には着く。
ぱらぱらと小雨が落ちているのだが、他県ナンバーの人たちが傘を片手に続々と降りていく。
負けじとカメラを担ぎ、傘を片手に妻と歩き出した。
フリーのリフト券と入場料で¥1,700也。先に送ると花輪は終わってしまっては意味がないと思い切っていたのだが、それはそれで正解、園内を歩き回る3時間ほどは雨に降られなかった。だが、種類によってはまだまだ蕾の種類もありもう2週間ほどは楽しめそうだ。
青空には恵まれなかったので八ヶ岳との構成は無理ではあったが、そこそこ色とりどりのゆり軍団を納めることが出来た。


三脚担いだ人たちの多いこと、しかし、彼らのマナーはいまいち、自分たちの構図にこだわるのは良いが、園内写真撮りの人ばかりではない。少々、彼らのマナーの悪さにはがっかりだった。
次回広角、白樺、青空。この3拍子をそろえた納得のいくものを納めたい。
初めての私たちにはどのように回るのが良いのかわからなかったが、それでも一回り。ロマンスリフトでは二人並んで写真を撮ってくれた。TDLのスプラッシュマウンテンバージョン、毎週何枚もの写真を撮る私だが、写真に写るのは滅多にない。少々高めの写真ではあるが、私には妙にうれしい、大切な宝となりそうだ。

2009年7月12日日曜日

梅雨です。


昨日今日と日は当たるのだがカラッとしない。空は曇天、梅雨特有の空が広がっている。それでいて湿度が高いので蒸し暑い。
先週の疲れからか、動きたいのだが眠さが後を絶たず、今週は来週に備え家の中でごろごろと過ごす。
それでも、庭の花など何か被写体があるのではとうろうろしていると、待っていたお客さんがいた。
雨蛙。比較的我が家の庭には多く、この時期から秋口まで庭の樹木の葉や幹、庭石の上でヘコヘコしている。築山の三尊石の苔の上で密かに休憩中。
少々乾燥気味のようきに、水を求めているのか?

2009年7月9日木曜日

仁賀保高原~鳥海山


にかほから仁賀保高原の仁賀保高原風力発電所を見に登りあがった。
梅雨前縁が東北地方を横切り、日本海上から内陸を行ったり来たり。おかげで鮮やかな雲のラインがその存在を見せるのだが、いっこうに青空は出てこない。
ごらんのように鳥海山は雲の中、しかしその裾に残雪を未だに見せている。やはり東北は寒いのか?南アルプスも、中央アルプスももう残雪を見ることは出来ないのに。
デンマーク製のこの風車、前回の上矢作の風車とはローターの入る部分の形状が異なる。
一昔前の扇風機をそのまま大きくしたような形状だ。
全部で15基、上矢作の14基よりは1基多いが、配置が基本的に直線で日本海の風を並んで受けて立つ。
鳥海山の産物であろう丸みを帯びた緑の高原地形に、この風車がそびえ、バックは鳥海山、後は青空だけがほしい。

2009年7月8日水曜日

笹川流れ


生まれて初めて新潟よりも北へ車で移動した。
勿論、北海道、青森など過去訪れているがいずれも飛行機を使っての移動だった。
8時発、17時着。正味8時間を要する移動だった。
途中、期待していた「笹川流れ」に寄り写真を撮った。
と言うものの、眼鏡岩だ。笹川流れと言えばこれが代表だろうと素人の私は思いこむ。
あいにくの曇天、あきらかに前線の雲のラインを行ったり来たりする移動だが、やはり写真は青空が基本だ。
先日の深川同様やはり家族とやってきたい。道中上越で7・8年前に佐渡へ渡ったことを思い出した。これもやはり家族で行きたい場所だ。
先日のサザエさんでもオープニングの東北特集でここ 笹川流れ が出ていた。何でもない日本海特有の岩石海岸に自然のいたづらで穴が開いた岩が存在するだけだが、こういったものへの崇拝心は日本人特有か?いやいやマヤでも行われていたくらいだから人間特有の崇拝心なのだろう。
…などと思いながら…
厳しいイメージの日本海の荒波に、海面すれすれからのアングルをねらい、片足を波にさらわれた 笹川流れだった。

2009年7月5日日曜日

深川不動尊

妻と娘のところを訪れ、娘の意向で浅草へ行くこととなった。
道中電車の中で、せっかくの機会なので深川の「深川飯と深川丼」
を一緒に食べようと言うことになった。
過去2度ほど深川を訪れ、2度とも深川飯、深川丼を食べているが、2度目に食べた方が私には合っていた記憶がある。
そこで以前に一緒に行った知人にメールで店の名を問い合わせたが、記憶のない者、返事のない者で間に合わない。
ところが、たまたま選択した出口が正解で、出たところすぐにお目当てのお店があった。店の名は「深川浜」、私は飯と丼のハーフセット、妻と娘もそれにならって同じもの。
評判が良かった。おまけに私のおごりだ。
以前にも家族で来たいと思いつつ食べたのだが、意外なところで念願が叶った。
男とはそういうものだろう、仕事でいろんな機会に恵まれるが、その多くはその世界で終わってしまう。
深川を散策し、その後ご希望の浅草へ回り人形焼き、アイス最中を食し、大吉をいただいた娘だった。
また行きたい。出来れば息子も含め家族皆で。

2009年7月3日金曜日

ねじれ草


朝の朝礼で、庭に咲くねじれ草の話題が出た。
大半がピンクであるに対して、1本だけ白が出ているそうだ。早速捜索。
確かにある。
ここへ来て5年、毎年咲く花だが、遠くから見ている分にはな何ら雑草と区別がつかない。
右巻き、左巻き。それぞれが思うようになじれて花をつけている。おまけに花桃と同じように白からピンクへ交配が進んでいるようだ。
蕾が出て、花になる前は白だが、花弁の先端から赤みを帯びてきているものと様々。
身近な珍しい自然に感動。