2009年10月31日土曜日

岩倉ダム ~ 茶臼山


この休み、一挙に来た紅葉を追いかけて、前々より気になっていた売木村の 岩倉ダム湖へ。昨年から何度か売木村は行っているが、通過するばかり。大学時代にアルバイトで測量した場所はどうなっているのか?通る度に気になっていた。ほぼ30年ぶり、その頃田んぼの中の未舗装だった道はすでにきっちりと舗装され当時の面影は無くなっていた。おそらく住宅も建て替えたのであろう、当時の方たちはすでに亡くなってあととりの方が始めたのか?民宿が経営された。
ま、それは余談として、岩倉ダムへあがってみる。
思ったよりも売木のまちから近い。すでに紅葉のピークは過ぎ去り、茶系の色合いになっていたが、それでも水面に映る色合いはそれなりの様子だ。
再び売木のまちに戻り、売木峠へ登る。岩倉ダムがそんな状況だから茶臼山は期待できないのか?いや、逆に茶臼山の深紅の紅葉を期待して登り続ける。
なんてことか?すでに茶臼山も終了、落葉状態だ。昨年冷たい雨の中訪れたときも少々遅れ気味のタイミングだったが、今年は全く外してしまった。っとなると、香嵐渓が気になって仕方がない。
まだまだ北と思っていたが、どうやら北よりも長野県を通り過ぎ愛知県方面へ気をつけなくてはならない。
この連休、北か南か?迷いながらもネットの情報頼りで深紅を見つけなくては。

横浜2


異国情緒とは こういった雰囲気を言うのであろう、その建物、それを飾るもののセンスがやはり異国を物語っている。
何でもないまちの角にあるショップもこういった演出をしてる。もうそれだけで横浜か神戸を思わせる…厳密には違うのだろうが…間違いなく日本ではない情緒だ。
言い換えれば文明開化や西洋かぶれ、そういってしまえばそれまでだがそれをこの地で取り入れてとけ込んでいることがすばらしい。

何年かぶりに山中湖を覗いてみた、太陽を西に見る逆光のまっただ中。
突然姿を現した富士は雪をいただき、青空にその純白の白さを誇っている。
残念ながら到着とともに雲をかぶりだした富士は、時折その山頂を見せるだけで長い裾野までの全容を見せることはなかった。
吹き下ろす風は冷たく、横浜の暖かさとは全く違った厳しさをぶつけてきた。

2009年10月30日金曜日

横浜

間違いなく5年以上ぶりに横浜を訪れた。
前回はまだ息子が中学生、娘が小学生だった気がする。
ちょうど山下公園の工事が行われ、「赤い靴はいてた女の子」がフェンスに囲まれ、探すのに苦労した憶えがある。
みなとみらい21で家族皆で観覧車に乗り、高所恐怖症の私はさんざんな状況だった。
赤レンガ倉庫、個人的には横浜のまちは新旧一体型の文化をたどり、今もなお開港以来の歴史を残しつつ、守りつつ、しかしながら近代的なビルも連立して何となく都会感を漂わせている。
赤レンガ倉庫の奥には、ベイブリッジが引きつけられる。
今まで何度か言ってはいるものの、「像の鼻パーク」なんてのがあったのか?小型の船が何艘か係留されている。老いも若きもカメラ好きが三脚担いであちこちに動き回る。かと思えばじっくりと座り筆を走らせる年配の方たち。何をやっても違和感の無い造りが改めて自由さを感じさせる。
歴史ある近代的建物と、現代に建てられた近代的な建物と、そしてまた中華を思わせる多種多様な要素が混在しながらも、色で言えば白、形で言えば四角が造り上げているまちだ。

2009年10月25日日曜日

治部坂高原 ~ 蛇峠山


長野県南部では、ここ浪合の治部坂高原の紅葉が早い。
まだ、長野県南部の紅葉がそこそこの時期にこの状況になる。標高のせいか?
昨夜の雨上がりで期待して足を伸ばしてみると、ごらんの状況。
蛇峠山馬の背ではもうすでに秋晩にさしかかり、色はあるものの晩秋を演じていた。下って昨年もおさえた場所でおさえてみる。
昨年と比べて1週間早い状況だ。
しかしながらこの木は今年も期待通りの色を演じている。

さらに降りて治部坂高原の様子。
近代的な建物の周りにあるもみじは毎年良い色を出している。どちらかというと愛知県ナンバーの多いこの地は、我々長野県人よりはひょっとすると愛知県の方々の方がずっと知っているのではないか?
もっともっと足下を知らないとまずいのでは?



2009年10月24日土曜日

奥蓼科

「御射鹿池」、晩秋の奥蓼科はすでに紅葉が終わりに近づいている。
おそらく赤や黄色もあったであろうこの池も、唐松を主体とした色並みに落ち着いている。それでもこの美しさは他では味わえない。
どことなく見たことのある光景ではないか?これを全て青色ベースで塗り替え、白馬が登場すれば… かつてあの東山魁夷が描いた「緑響く」
そのものになりそうだ。そう、ここがあの場所。
機材をリュックで背負い、曇り空にもかかわらず、色づいた山並みの反射で明るく感じる道を歩くと明治温泉。
そこから横谷渓谷へ降りると「おしどり隠しの滝」。
一枚岩や横谷観音など有名な自然の情景が広がっている。河床は一枚岩、長年の水の力でなめらかに水が流れるが、いざ河岸の岩はもろい堆積層の岩になっている。やはりこちらも少々紅葉には遅いが、そこ彼処に遅めの赤や黄色が息づいている。
次回もう少々早めの行動と、やはりここも四季を通じて押せる必要があると実感。

2009年10月18日日曜日

小黒川渓谷 ~ 権兵衛峠




初めて小黒川渓谷へ、中央高速 小黒川PAでおなじみのあの小黒川の源。山並みは8部の紅葉、あの聖職の碑で有名な登山隊はこの渓谷から登ったそうだ。渓谷行き止まり手前に信大の建物があるが、そのすぐ横からが登山道、当然案内も出ている。

意外や意外、どうしても駒ヶ岳を中心に考えてしまい、かなりの距離を駒ヶ岳から縦走して下らないと行き着けないと思っていたが、ここからが入り口らしい。もろ逆光、しかしながら朝日を浴びた黄色が映え渡っていた。
そのまま渓谷を下って、権兵衛峠へ。トンネルが開いてほとんど通らなくなってしまった旧道を登ってみた。
こちらは見頃、山々がきれいな色を演じている。
木曽側から登って峠の手前、伊那市のイベントが行われ多くの人々とおそらく 木曽馬がつながれていた。
山並みが色を出し、きれいな樹形が三角に整然と並んでいると、子供の頃描いた写生を思い出す。黙々と三角が連立し筆型を残したような情景だ。
いよいよ伊那谷へも紅葉がやってきた、週末は天気だけが気がかり。



2009年10月12日月曜日

陣馬形山 …結婚記念日

この3連休、今日は天候が期待できないはずだった。したがって昨日のしらびそ行きがメインの予定であったが、たまたまこの時期特有の夜明けは霧混じり、時間の経過とともに青空が広がる天候、起きてみて急遽近場で陣馬形山へ登ることにした。
昨日しらびその様子から、あまり紅葉は期待できないが、それでも空気が澄めば伊那谷の様子がすっきり見えるかどうか?
紅葉は山頂付近よりも道中の方がそこかしこに鮮やかな色を点在させていた。


山頂に登るとやたら他県ナンバー、特に名古屋ナンバーの車と、10台は超えると思われるバイクの軍団。中にはテントを張って夜を明かしたグループもいるようだ。…寒かったろうに、でも星空は満天だったかな?大量の車グループは昼をここでとるらしく集団で調理にいそしんでいた。
どうだろう、雲の上に見える千畳敷カール、眼下には伊那谷のまち。
ペルーのマチュピチュも、エジプトのピラミッドも現物を見てみたいが、まずもって足下の地元の自然の美しさを知った上でなくては。
本日は23回目の結婚記念日、ちょうど人生の半分を一緒に過ごした。
陣馬形から折草峠に下山、更に駒ヶ根に回って光前寺、さらには栗のソフトと思いもよらぬ夫婦の時間で過ごした。



2009年10月11日日曜日

しらびそ高原


南信ではたぶん一番早いであろうしらびそ高原へ紅葉を見に。
前回同様下栗から登り、御池山クレーターを回りしらびそ高原へ。
下栗からしらびそ高原までの間はまだまだ。まばらに赤、黄が存在するが、紅葉を満喫できる状況にはない。しらびそ高原周辺でもまだ少し早い間がある。
下栗から見る聖岳、上河内岳は山頂付近が乾燥して岩肌が出たような感じ、一見初雪をいただいたような色模様を様している、と思いきや、実は昨日初雪が降ったらしい。何ともタイミングが良い。
その手前の笠松山、平谷山が紅葉を迎えるのは1週間から10日先になりそうだ。
若干雲が多い一日だったが、それでもこの3連休では今日が一番の青空だろう。


しらびそ高原でも、まだ少し早い紅葉、2枚目は紅葉と上河内岳。
爪痕が荒く赤い肌を出す大沢岳から、中盛丸山、聖を経てこの山に至る。
冷えた空気はすがすがしく、快晴は気持ちよさを与えてくれる初秋の彩りだ。

2009年10月10日土曜日

キンモクセイ 2度咲き


つい先週、花が散ったばかりのキンモクセイが再び花を開花させた。
調べてみるとモクセイ科は2度咲きするのは珍しくないらしい。同じ科の柊も2度咲きがあるらしい。とはいえ、過去20年間1度もなかった珍事だ。おおよそ2度咲きするパターンは決まっていて、9月末に咲き花のちりが早くあまりにおわないと10月初旬に2度目の開花が起こる可能性が多いようだ。確かに早く開花し短期間で散った、臭いもあまり感じなかった。いずれにしても今秋2度目の開花。ある程度の地域単位でこのような現象が起こるそうだ。
知人によると藤も今年は2度咲きしたそうだ。とかくこの原因を地球温暖化へ結びつけたがるだろうが、異常気象が仮に原因だとしても、異常気象は地球の年齢からすれば頻繁に起こること、元
来2度咲きの性質があればいつ起こっても不思議ではない現象だ。
このキンモクセイ、雄株と雌株があるが、日本では雌株だけで結実はしないそうだ。
この日射しと香りに誘われたのかアゲハチョウがやってきた。
子供の頃キアゲハやカラスアゲハをよく見かけたし、少なくなったと思うもののこの家の庭でも何度か見かけた。
何という蝶かは知らないが、大型のアゲハチョウには違いない。
日をかざすと何ともいえない玉虫色のラメが輝いた。

2009年10月4日日曜日

あゞ野麦峠 … 再び


ネットの県内紅葉情報を頼りに野麦峠へ、例年の情報から少々早い気がするのだがそれでも信じて登ってみた。残念ながら時期尚早。まだまだ紅葉の始まり状況、それでも雲一つ無い晴天に恵まれ峠からの乗鞍岳は最高の表情を見せた。
前回は雨降り、お助け小屋から峠へは登らなかったが、今日は息を切らしながら登ってみた。入り口の「熊出没」が皆の気を失せさせるが、携帯する熊よけの鈴を頼りにほんの10分ほど。
これが本当の野麦峠、女工哀史…飛騨の幼い女工たちが命をかけて超えた峠だ。
政井みねは「飛騨が見える」と兄に言ったそうだが、峠からは生い茂る樹木の間から乗鞍岳が見える、飛騨のまちは見えない。峠で息が絶える前に本人に飛騨が見えた事も気持ちとしてわかるが、物理的には困難だろう。

登り口には政井みねの墓と書いてあるが、現実は 政井みねの碑となっている。おそらくここに墓があるとは思えないので、 碑 と言うのが正解だろう。不確かだが、その昔吉永小百合がこの話に感動し、野麦峠の映画化が検討された。当時の日活だと思う。ところが映画化は実現できず、吉永小百合自らが兄に断ってこの地に碑を建てたと呼んだことがある。…実話であろう。
我々は日常生活に追われて贅沢ばかりを追い求めるが、100年前の彼女たちの苦労が、殖産興業を発展させ今日の日本の基盤を造り上げたことに感謝を忘れてはいけない。

2009年10月3日土曜日

小さい秋


まだまだ秋の紅葉は先のようだ。駒ヶ岳の千畳敷カールが良いくらいだろうが、里の、しかも標高の高いところへ行ってもまだ紅葉と言うにはほど遠い。
平地ではようやく稲刈りが終わり、つい最近まで黄金色に輝いていたたんぼは刈り田となって美しいラインを出している。
地味ではあるが、飯島の西岸寺を訪ねてみた。
ここは庭園が有名でさほど大きなお寺ではないが庭の美しさでは有名だ。長く続く参道が見事に直線で造られ、それだけでも時間を感じてしまうのは日本人。
当然まだ紅葉の木々は見られないが、一部には色がついている樹種もある。
昨夜の雨から一転、秋晴れが晴れ渡りだしたまだまだ濃い日射しの中
先行して色づきだしたものはそれでも赤を主張している。
基本的に紅葉は赤や黄色だが、これらが集まった場合にはどちらかだけではうんざり感がある。むしろ人為的ではないその配色が良くて、どちらも混在した方が美しく感じる。
もちろん個人の主観だが。庭園では極少数の赤と圧倒的な緑で染められていたが、それでも間違いなく秋が近くまでやってきているのは事実だ。