2010年11月23日火曜日

東福寺

今日から3日間、紅葉の古都「京都」を巡る旅となる。先週は全く紅葉無しと言った情報であったが、道中関ヶ原を過ぎたあたりから名神から見渡す山々は皆彩りを放っていた。
東山を中心に歩く旅を予定していた私たち夫婦にとって、ここ東福寺は少々外れの位置にある。したがってまず高速を降りて東福寺へ直行、そこから北上して銀閣から南下することとした。

有名な東福寺の「通天橋」。朝の8時半には到着したのだが、既に長蛇の列が出来ていた。当然紅葉の名所としてはここを渡らずして語れない。
こちらは「経蔵」少々日本離れした屋根が印象深い。

2010年11月20日土曜日

渡し場のイチョウ

先週チェックしたのだが、まだまだ昨年のような黄金風景は望めなかった。
天龍峡から一挙に竜東を走り抜けて渡し場にやってきたが残念。既に遠目から枝を広げた樹形が見えてしまった。
この一週間がピークだったのか?半数の樹木が既に葉を落とし白く染まった中央アルプスと秋の青空をバックに黄金色に輝く姿は今年は逃してしまった。
周りでは既にシートを広げ銀杏の実を干している状況にもなっており駆け足で通り過ぎる里の秋の短さを痛烈に感じた。
黄金の絨毯を歩き回ったあと、車の中はあのにおいが充満したのは言うまでもない。

天龍峡

足下の紅葉が真っ盛りの今、天龍峡の様子はどうか?訪ねてみた。
幾分ピークは過ぎてしまったもののまだまだ色が存在し川の流れと相まって らしさ をひょうげんできた気がする。
中心部の橋からのぞき込むだけでも十分きれいな色合いは眺められ、なおかつ散った葉もまだみずみずしく輝いている。残念な事に切り立った岩場の渓谷には紅葉は望めず観光地の秋は終わったようだ。その昔三河大地が隆起し天竜川の流れをせぎ止めるように巨大な大地が生まれた時、気の遠くなるような時間をかけ天竜川が浸食しておさまった場所がこの岩盤の切れ目だったのだろう。いつからこの植生がこの地に居着き何回となく彩葉をこの水に流したのかとうてい見当はつかないが名勝と言われる様になっただけの美しさは今も昔も変わらないのだろう。

2010年11月13日土曜日

小渋峡

しばらくの間、紅葉が待ちきれずに外の紅葉ばかり追いかけていたが、いよいよ足下の紅葉がピークを迎え今週はそちらを追いかけてみた。

小渋峡、意外に意外圧迫する紅葉が今年は望めない。昨年は腹一杯の紅葉だったのが今年は寂しい限りだ。道中多くの車と多くの人に出会ったが、おそらく大鹿歌舞伎が有ったのだろう。多くの人が温かい格好をして座布団や毛布を持って早足で歩いていた。

秋葉街道


秋葉街道と言ってもご存じの方はご存じ、このR152は幻の国道、東御市R18との交差点から端を発するこの国道は、大鹿村・飯田市の境界である地蔵峠で一旦林道にうつり地図上に存在する旧上村大島地区までの間の道が存在しない。さらに南下すると旧南信濃村青崩地区でまた道が無くなり現浜松市とは兵越林道つながっている。
天神峡をあとにして矢筈トンネルに向かって戻り、その手前からしらびそ高原方向へ向かって登り出す。途中幻の国道とは分岐し、さらにしらびそ方面から分岐すると地蔵峠へ至る。その道中既に冬支度を終えた木々達の後ろでまだ黄色く染まった唐松の色合いをバックに樹間に秋真っ盛りを迎えている木。3世代同居というか何というか?秋の時は長くそれぞれの木々がそれぞれのペースで秋を迎えている。
さらに地蔵峠を経て152に戻り秋葉街道を下ると、小渋川水系の青木川に沿って下る。この街道沿いは秋真っ盛り。先週の大町の谷が紅葉一色で彩っていたの対し、この谷には常緑樹が有るのでさらに緑が加わっていっそうメリハリがつく。
その昔旅人はこの紅葉を見ながら遠州から青崩を越えて信濃に入り、合戸、地蔵、分杭、杖突、…
旅をしたのであろう。

天神峡

こちらもまた当たり前に通っている道の端。確かに岩場はいつも気になるところだが、中央構造線のためか岩盤を見せている路頭の堆積岩の地層が隆起による褶曲が見られずにほぼ水平方向に成っている。豊口岳登山口の屏風岩にはその規模で負けるが、植生が有るところもおそらくこの岩盤の上に崩落土がかぶっているのだろう。

こちらはその天神峡から北方向、大鹿村方向を望んだ景色。紅葉が進んだ山ばかりではなく、中断に常緑の緑が入ると一段とその紅葉が強調される気がする。足下の紅葉に改めて目を向けると意外な発見がある。

矢筈湖


当たり前のように車が行き交い上、南信濃地区からは通勤する人たちもいる道の脇ではあるが御射鹿池のような雰囲気が一見ある。これに霧でも有ればなお良いのだろうが。私が幼少の時にはこのダムはまだ無く、ダムの底に沈んだ旧道を通っていた。そして現在のダムサイトにあるボーリング調査や岩盤を洗い出した状況が未だに記憶にある。海水のように青く輝く水は山の淡水には望めないが、それはそれでその美しさを輝かせてくれる。

2010年11月7日日曜日

もみじ湖


昨年訪れて、山が燃えるとはこのことかと思わされた、正直ダムへ至る道中では紅葉のもみじが多く見られ期待感が高まるのだが、もみじ湖をターゲットにするとがっかりする。そこで足を止めずにさらにその奥へ入ると燃えている。もみじ湖祭りと称したテント張りの売店はあまり期待できないが、そこを取り巻く環境は見事なものだ。

昨年は少し遅れ気味で訪れ、その反省に基づいて今年は少し早めに行ってみた。初めてでは発見できないものを求めて手前で車を駐めて歩き回る。この燃える法面を歩いてみると、兎か鹿と思われるものとイノシシと思われる動物の糞と足跡、流行の熊はどうなのか?宵の紅葉巡りを四季に敏感な動物たちの方が楽しんでいるのかも知れない。

最奥地の公園まで歩いて登るとまた違った情景が見られる。ここだけは周囲に白樺も自生?または植えられ天気に恵まれなかったときの美しさはこちらでも楽しむ事が出来るだろう。
んー、小学生時代の紅葉期の写生を思い出すような光景に少しだが若返った気がする。

光前寺 庭園

何度も訪れている光前寺だが、毎度有料の庭園には足を踏み入れた事がない。光前寺の紅葉はその境内でも十分きれいな色が出るのだが、ネット上で評判を呼ぶのは庭園の紅葉だ。もみじ湖のあと光前寺を訪れ始めて庭園を覗いてみる事にした。貧乏人の習性でお金を払って見る事になれない私は、その抵抗で今まで見ていなかったし、この地で育った妻も見た事がないという事だった。見てみて後悔した。何故今までこんな良い所を見ていなかったのだろう。オーソドックスに入場料=入館料と理解する情けない習性が、それに見合うものを返してくれた。
本堂を拝観するは当然だが、そこから回り込むとぐるっと巡る回廊から大きいとは言えないが立派な庭園が見る事が出来る。十分に庭園を見たあとお茶が用意され、さらにお茶と和菓子(法楽)が用意される。ここで畳に座り茶を飲みながら大きなガラス窓越しに庭園を眺めるのはまた心が落ち着く。先ほどまで気がつかなかった庭の隅が妙に見えてきて再度腰を上げて庭園に見入ってしまう。そしてその茶碗がオリジナルで持ち帰りが許される。なんとまー、これまで幾度となく足を運びながらこの存在を知らなかったのは情けない。ここもまた四季を追いかけるべき場所の一つに追加。。。

2010年11月3日水曜日

霊松寺

曹洞宗長野県内では最古のお寺 らしい。まんざら関係ない訳でもないが、勿論紅葉をためてのお寺巡り。おまけに地元の方のコンサートが開かれており山麓中にこの歌声が広がっていた。
この寺、珍しく全面公開されていて寺内を自由に見学できる、よく寺と神社を間違えて寺でありながら手を叩く者がいる。とこの寺ではやたら手を叩く人が多い。と思っていたら、天井に描かれた竜が手を叩くと声をあげるらしい。と言う事で手を叩いてお参りではなく、手を叩いて竜の声を聞いていた。おそらく竜の頭の位置で手を叩くと音が響いて鳴き声が聞こえるのだろうが、自宅に帰ってからパンフを読んで初めて知った次第だ。
庭の紅葉は見事、自分が紅葉に包まれるハイビジョンの世界がそこには広がっていた。。。

青木湖

この糸魚川に沿った谷は谷全てが紅葉で美しい、ここまで来たのだから当然仁科三湖はおさめるべきところ、それて高瀬渓谷、黒部へ通じる道も捨てがたいが自然の宝庫だ。大町と言えば小学校の教科書に出てきた豪雪地帯の「雁木づくり」。寒く厳しい冬と鉛色の雲しかイメージには無い。現実来てみればよほど我が町よりも平らは広く、明るく全くのイメージ違いだ。
GSで聞いたところ、「31日に雪が降り北アルプスは白くなった。」そうだ。南アルプスは今朝白く染まっていたが、31日南信で雨が降っていた頃北では雪だったのだろう。
白く染まった北アルプス、中腹の晩秋の紅葉を見せる茶色、麓では紅葉まさかりの微妙な時のうつろいが色で見て取れる青木湖だった。
《NHK 撮るしん 11/4 放映:四季のうつろい》

大峰高原 七色大かえで

そろそろ7色が見られる頃と見込んで出かけてみた。情報では今週末は赤一色になるという予測である。しかし、この様子では週末にはまだ赤一色という状況にはならないのでは?初めて豊科から大町方面へ入り込んでみた、勿論安曇野は周知の所だが、それより奥と言えば雪深いイメージだけが強い。多くの人が訪れている、全景をおさえるには早朝の到着が必須だろうが、他県ナンバーの多い観光地となっている。やたら駐車場のお金を取ったり、テント張りの店が並んでいないのがいい。おそらく個人の所有される土地に古い時代に植えられたor自生したものであろうが、この地形からしてこのカエデの周りを放牧された牛が歩いていた想像がつく良いところだ。

2010年10月31日日曜日

赤沢自然休養林 2

今週末は台風の接近に伴いようやく紅葉の足も南に下りてきたにもかかわらず、荒天続きで出られない。晴天の青空に映える紅葉も見事だが、雨降りは紅葉の色がしっとりとして「恵みの雨」。葉が洗われ色がしっとりクリアになるのも事実、ただどうしてもライトが暗く寂しいものとなり、空を入れずに望遠で切り取るのが鉄則だろう。とは言えこの台風による風と雨は出かける気を損ねる。と言う事で今週は写真整理、先週のダイジェストを掲載することとした。
まずは10月24日の赤沢自然休養林のダイジェスト。

林鉄 52mm・ISO800・F/8・1/60・-1
遊歩道をウォーキング中の一コマ。蒸気の機関車を想像すると極めて静かに近づいてくる。

赤沢左岸 52mm・ISO1600・F/8・1/25・-0.7
しっとり、林鉄乗り場とは反対側の左岸のさらに下流。このような歩道が十分整備されている、比較的勾配が無くいたって快適に歩く事が出来る。

林鉄 112mm・ISO1600・F/8・1/60
記念館横の機関車展示。どこも昭和40年代に廃止されていった中で今もなお動き続けている事が産業遺産に匹敵する大切なものだ。維持に関わる皆さんに感謝。。

下栗の里・御池山林道・鳥倉林道 2

こちらは10月23日、下栗の里~しらびそ~鳥倉林道のダイジェスト。

御池山林道 24mm・ISO200・F/11・1/50・-1
右(南)から上河内岳、聖岳、兎岳、中盛丸山、大沢岳、荒川岳。

下栗の里から聖岳 33mm・ISO200・F/11・1/80
センターが聖岳、その左が兎岳、聖の右が上河内岳。
もうすぐ初雪が山頂を覆い優しい白に包まれた稜線が浮き上がる。こんな雄大な大自然を毎日の生活の中に取り込んで生きれるのはうらやましい次第だ。住んでみればそれなりの苦労も大変案だろうが。

豊口山登山口屏風岩 270mm・ISO200・F/16・1/25・-1
この山の山様を目にするとその大きさに圧倒される。この場所からは全容をおさめる事が出来ず、未熟者の私にはその一部を切り取る事しかできない。

2010年10月24日日曜日

赤沢自然休養林

妻のこの秋念願の赤沢自然休養林。森林鉄道に乗るのも私の念願。一昨日の天気予報では天気が良かったのだが、昨日の天気予報では曇り雨、今朝の天気予報では午前30、午後80の降水確率。帽子とヤッケに防水スイスプレーを吹きかけて8時出発。ナビによると我が家からは権兵衛峠超えの19号路線が選択される、少しずれて飯田市内からだと256の清内路峠超えが選択される。いずれにしてもちょうど中間地点に存在しどちらでも100km未満の地点だ。
さて、調べた結果では車を置いて少々歩くつもりだったのだが、意外にも軽自動車のために特等席の駐車場に案内され真に都合の良い状況となった。所要時間2時間弱。10時ジャストの森林鉄道はあえて流して鉄道資料館を見学、この木曽谷が林業で栄えた歴史が伺える。10:30発の鉄道に乗るがあっという間の10分程度、それでもスプリングの効かない衝撃を直接受ける乗り心地は無骨で心地よい。ここでこの林業が栄えそして我が父もこの地で今の基礎を学んだ地盤がはっきりと伺える。ここで特記すべきは、鉄道の乗車券が檜の板である事、この板に焼き印で鉄道が描かれ、さらには消印が押されるのだがその1枚1枚が祈念になるべく丁寧に仕事がされている事だ。これには鉄道に関わる人たちの人柄も現れ、いい加減ではなく訪れた人たちへの心遣いが感じられ感動する一品だ。
あいにくの天気で青空は望めないが、妻の新調した万歩計と熊除けの鈴高らかに、トレッキングが出来る。コースをどう選択するかによるが、歩道は整備され起伏もなくなだらかに歩くためにリュックを背負っても負担を感じず無理なく歩く事が出来る。この点季節を選べば気軽にトレッキングできる恵まれたコースだ。ここは休養林だけでなく赤沢筋であれば十分紅葉が楽しめる場であり自分の中では香嵐渓よりは少しランクが上がり、来年も是非出かけるべき場所と整理しておく。

2010年10月23日土曜日

鳥倉林道

今日のメインディッシュ、鳥倉林道豊口山登山口から見える屏風岩。この岩一般論では標高差100mの路頭、中生代に南の島で堆積した珊瑚類の付加体。恐竜時代の生物が気の遠くなる時間を経て、海底から標高2,000m近くまで隆起し姿を現しているのはすごい事だ。この一帯の紅葉をおさめようと思うと、未熟な私は面食らってしまう。おまけに時間とともに空は雲を増していく。林道行き止まりのゲート前ではおそらく荒川方向へ登っていると思われる登山者の車が多くここから狙うのが妥当だろう。と言う事で究極のバズーカ35換算600mm。三脚が貧弱で、というよりは雲台が貧弱でどうも微妙な揺れが生じる。ライブビューでピントを入れるのだがどうしても乱れる。仕方がないのでもう一本一脚をカメラ本体へ。昨年は少し遅く11月に入ってからのおさえで黄色一色、赤なしだったが、今年は満足行く色合いを見る事が出来た。

しらびそ高原

空が青い内に南アルプスをおさめたいと急いで林道を走る。ロッジへ到着すると多くの車とバイク、人がいる。この時期やはりピークかカメラを片手に皆が集まっている。雲が多くなってきてはいるものの南アルプス身近な山、南から聖、兎、中盛り丸山、大沢、ちょこっと赤石から荒川がくっきりと稜線を出している。昨年より10日ほど登ってきたが、紅葉の木々の順番はどういう訳か毎年異なる。おそらく気温だけではなくその課程が大きいのだろうと思うが、ここへ来て今年の傾向「遅れ気味の紅葉」は追いつく傾向にあり11月は例年通りの紅葉がやってくる気配を感じる。

御池山林道

下栗をあとにしてしらびそ高原へ。ここで気をつけたいのはバイクを走らせる人たちだ。批判ではないので勘違いして欲しくないが、見通しの悪いカーブでとにかく体を傾け寝たくて仕方がない。ここは方やがけの幅員も狭い林道だ。直立でゆっくりと走ってもらいたいものだ。先日も紅葉へ出かけたが、道中でやはり寝たくて仕方が無いライダーが出会い頭に転倒。結局そのライダーの救助で時間をとられ紅葉どころではなくなった話を聞きました。
さて御池山林道。下栗と標高差があるためかなり紅葉が進んでいる様子。下界で青空が期待できたものの高さが増すにつれて雲が多くなってきた。例年画像をおさめる場所も期待通りの様子だ。緑の熊笹、白の白樺、紅葉、青空、色合い的に私の構成だ。

下栗の里

先週、下栗に住むN君から紅葉が始まったと聞いていたが、ピークはまだと思いつつ、下栗から御池山林道を回りしらびそへ、さらに地蔵峠を越えて大鹿村へ行き、鳥倉林道を回る紅葉三昧の縦走に出かけた。日本のチロルと言われていても、標高は1,000m。まだまだと思いつつカッコ良く言うとロケハン。さぞカメラマンがいる事と思いつつも私一人だった。幾分色づきは始まったもののまだまだの色づきだ。んー、感じとしては期待通りの案配かなと思いつつ先を急ぐ。

2010年10月17日日曜日

白駒の池 2

再び妻と白駒の池を訪れた。紅葉がピークを迎えた先々週 http://wadanoko.blogspot.com/2010/10/blog-post_07.html とは全く違った様相で、この10日間での自然の変化を痛感した次第だ。個人の観光客がまだまだ訪れるものの期待される光景はとうてい無理。静寂を味わうには十分な情景だが、あの華やかさは一見に値するだろう。池周りの周遊コースも先日の賑やかさはなくさすがに私も熊よけの鈴をぶら下げ夫婦二人で均しながら歩いた。標高2,000mを超える山岳地帯では間違いなく晩秋を迎え冬支度に向かっている。

御射鹿池

その足で佐久穂町へ下りて松原湖を見た方のだが、情報ではまだまだ紅葉は期待できない状況、折り返して麦草峠を下り横谷渓谷を覗いてみた。状況は「ぼつぼつ見頃」ではあったが、期待はせずにあしを伸ばした次いで程度、外せない御射鹿池、おしどり隠しの滝はおさえておきたい。明治温泉入り口付近は路上駐車が多くマナーを疑われる状況、手間を惜しむ観光客が縦列に車を止めて道路を半分専用し、そのまま横断して路上から池をのぞき込む。全くもって横着なものだ。私は自ら俺の駐車場と呼ぶいつもの場所に車を駐め徒歩で池、おしどり隠しの滝を回る。んー、御射鹿池の色合いはやはり早い。この分ではもう一週間先でも良い状況だろう。池の標高が1,530mくらいだから今のピークは2,000m~1,600mの間くらいにいるのだろう、池のバックに控える山並みがそろそろ見頃を迎えようとしている。四季を通じてこの池だけは追い続けたいので色合いは別としてとりあえず抑える。

おしどり隠しの滝

さてその足で明治温泉方向へ下る。この間は市有地で宿泊する以外は徒歩なのだが、道中でおしどり隠しの滝は見える。この段階で滝周りの状況が見えるのだが、滝元まで下りるかどうかはその地点で判断できる。最終の滝壷から渓谷の奥には赤の彩りを見る事が出来るのだが、おおよその見当はつく。今日の段階では滝壷まで下りるのは断念、手前の赤が強く出ているが遠目の滝の方が良いだろうと落ち着けた。

八ヶ岳山麓

さて気を取り直して車で渋温泉方向へ上る、道中晴れていれば美ヶ原の背景に北アルプス槍ヶ岳がくっきりと見られみはらしとするとお気に入りの場だ。渋御殿湯手前の八ヶ岳連峰中岳から南に延びる稜線の末端はこんな状況。水彩画を描きたくなるような彩りが結構大きな紅葉を描いている。ここら辺が標高1,750mくらい、おそらく紅葉見頃の下りてくる最前線に位置しているのだろう。

2010年10月10日日曜日

東京スカイツリー

この連休娘と息子の所を訪ね、さて東京で妻とどこを訪ねるか?1上京1カ所を目標に深川や浅草、葛飾柴又、靖国神社を訪ねてきた。ちょうど昨日の目覚まし土曜日でスカイツリーの特集をやっており、時間があれば隅田川を下りながらと思っていた。
浅草の乗船場からどのコースにするか?お台場あたりへ行ってみてもおもしろくない、行った事のない「浜離宮」のコースでおおよそ30分の水上を楽しんだ。ご存じのサッポロビール本社、モニュメントの孫悟空の有する金色の雲は実は「炎」を現し、当初はあれが3本縦に立つ予定であったのが日照権の問題で1つの横置きになったとか、いくつも架かる橋の中では武蔵国と下総国の国境を行き来する橋、すなわち両国橋となったらしい、等何の疑問も持たなかった地名にも納得いく説明がなされ妻とうなずきながら感心した。肝心のスカイツリーはあいにくの天候でTOPは霧?雲?の中に隠れお目見えしてくれなかったが、それだけで十分存在感の有る現代建築物である。

浜離宮

隅田川の水上バスで下る事35分、今回の下船場所浜離宮。徳川家の鷹狩りの場から埋め立てられて別邸になったらしい。まだまだ徳川安泰の6大将軍家宣の時代であるから豊かな生活が出来ていたのだろう。そこかしこに見える石積みが当時のものかどうか?分からないが、しっかりと叩き出したであろう積み面は現代の技術ではなく当時のものと思い見てきた。現代のいわゆるコンクリートジャングルを背景に純和風の日本庭園様式が点在するのはおかしなものだが、幕張海浜公園にも似た雰囲気でこれが東京の風景と言えばそれまでだ。点在する池にはおきまりの魚類

を探したのだが、考えてみれば隅田川を介して東京湾につながる水では淡水の魚がいるわけもなく、むしろ石積みにへばりついた貝類がそれを物語っている。現在の東京のほとんどが埋め立てによる土地であるから、当時は湿地帯で土木工事もさぞ困難を極めたと思われる。
園内では曼珠沙華が満開、キンモクセイも散り始めでそこかしこにカメラを構える人たちが多くいた。東京へは何度も行くものの、ここのところ妻と1カ所を目安に訪れる事として十分承知している場所でもその歴史を尋ねあらためて知る事が多い。特に水上バスの観光案内はいろんな意味で教養を高めてくれた。

2010年10月7日木曜日

白駒の池

昨年撮りそびれてしまった白駒の池(地図によっては「白駒池」)。紅葉の情報と天気予報を見比べてここぞと本日行ってきた。予報では晴れ曇り。ところが、麦草峠に向かって上りだし、横谷渓谷を過ぎたあたりから雲行きが怪しくなりお天道さまは一瞬覗いただけですっかり曇りの様相となってしまった。考えて見れば下界の天気予報とは異なり、標高2100m智なれば山岳天気予報の範疇に入る気候条件で、単純に県東部の天気予報で考えていても外れるはずだ。個人的には平日の日中、さぞ空いた状況で気楽に写真撮りと思ったのだがとんでもない。2つの駐車場の1つは満車、私が帰るときには普通車は満車、観光バス5台となっていた。ハイヒールでいかがなものかと思うものの、池の周りを歩かない限りは無理な話ではない。それでも他県ナンバーの高級車に、高級カメラの年配者が多く、目下観光地と言ったところだ。…間違いないが。。

あいにくの天気に、青空・水・紅葉の構図はあきらめ、もっぱら水と紅葉にこだわり望遠で切り取ったが、ISOを200に固定、絞り込んで三脚。リュックを背負い首からカメラ。望遠カメラを三脚に固定して担いでの池の周遊はいささか夜になって股関節の疲労を隠せなかった。
私のプロトレッキングでは標高2050mをさしていたが調べてみると2100mと言うのが正解らしい。国土地理院の地図でも池の縁周りを2120mのコンタが回っている。立ち枯れのエビの尻尾状の立木と、紅葉。遊歩道は樹海を思わせる苔と樹林に囲まれ、柔らかな曲線の地べたにいっそうグリーンの世界の空気が漂う。色・形・配置・風・写り込み。自然には想像を超えた世界が本当に存在し、そしてそれを美しく感じる人の心が存在する。この地もまた四季を通じて追いかけたい場所だ。

2010年10月3日日曜日

コスモス 飯島町はなのさと


紅葉は立山黒部アルペンルートが見頃を迎え、駒ヶ岳千畳敷も幾分見頃になりつつあるようだ。北信というよりは標高の高いところから徐々に色づきはじめ、名所と言われる場所が来週くらいから見頃を迎える雰囲気だ。今年の紅葉は猛暑の夏のせいか?いずれの名所も1~2週間遅れの傾向にある。そんな中、天気予報とは裏腹に青空に秋雲を装う天気となり、妻と近場で飯島のコスモスを見に出かけてきた。その量の見事さは立派、さらには管理する皆さんによるきれいな除草が行われており何とも気持ちの良い景観だ。おそらく休耕田をコスモス畑にしているのだろうが、刈り込まれた土手は坊主借りの子供の頭を思わせる。ただ、例年と異なり見る者の歩く側に比較的背の高い花が咲いてしまい内部を隠すような構成でいささか残念な配置となってしまっていた。

その後足を伸ばして駒ヶ根の明治亭で昼食を取り、菅の台にある「すすらんハウス」へ足を伸ばして見た。明治亭は11:30の開店だというのに既に満席、名を待ち順に刻む事2番目。駐車場の車は他県ナンバーがそのほとんどで、有名=名が売れるという事はこういう事かとうらやましい次第となってしまった。菅の台の登山口店もあるが、登山口点はメニューが少なく個人的にはICしたの本店の方が好み、お薦めだ。菅の台のすずらんハウスでは、毎度妻がソフトクリームを食べるのが主だが、農産物販売や地場のものが売られており、そんな中個人の工芸家と思われるおじさんの売る形を異にしたガラスの工芸が目を引いた。湖^等の瓶が以上に細く長く伸ばされ、その中身はそのまま。おそらく熱を加えて変形するのだろうが、立派なアートとして成り立つ。紅葉はそこそこナナカマドが赤くなりかけた駒ヶ岳の山麓だが目を楽しんだ日曜マートだった。

2010年9月26日日曜日

そばの花

伊那谷の南北を縦断する幹線が主なるこの谷の移動の動脈だが、多くの通過交通は中央自動車道を通り抜け我々も便の良さから利用してしまう。だが、子供達がそれぞれに生活をはじめ平日の仕事から離れれば自由に時間を使う事が出来る我々夫婦には、あえて一般道を軽自動車で移動して、今まで近くを通りながらも行った事のない足下の様子を見るのも新たな発見が有って楽しい。
飯島町道の駅から下段の国道へ下りる道中、妻が傍らに白花の咲くそば畑を見つけた。幹線からそれ細い農道を目的地へ向け回り込んでいくと、住宅の開発が進む一画にそばが植えられ、見事な花を咲かせていた。昨年中川の赤そばhttp://wadanoko.blogspot.com/2009/09/blog-post_28.htmlを見に出かけたが、個人的には赤よりは純正の白の方がそばのイメージがわき、秋晴れの青空には白い花がよく似合うと思う。住宅地の裏側で遠く南アルプス塩見岳をバックに咲く白一色の小さな花はここで生活する老若男女を豊かにしてくれる気がする。

これぞ農家のスーパーカー 軽トラオープン

もう20年ほど前になるが、竜東のとある処で見通しの悪い交差点を曲がるとヌッっとこの軽トラに出会ってビックリした事がある。それが私のこのオープンカーとの初めての出会いだが。小雨の中この車に果樹農家のご夫婦と思われる2人が並んで座り突然現れた姿は正に意表を突く光景だった。今日は竜西の山麓線を縦断し、山の様子を眺めながら走ったのだが、このスーパーカーの出現に喜びを感じた。この車オープンにする事で果樹の枝の下をくぐり抜ける事が出来る、さらに四駆となれば多少の傾斜畑でも十分駆動力が有る、私はこの車に四輪チェーン装着でぬかるむ傾斜畑を果敢に上る勇姿に遭遇した事もある。ただ、この手のオープンカーで大切なのは旧サイズの小型である事だ。軽も規格の変更で排気量も増加し、さらにはワイド化したが大切な果樹はやたらと植え直しは出来ない。樹間を通り抜けるにはこのサイズが必要なのだ。おまけに荷台はコンテナ搭載時にベストマッチの寸法に出来ており、この手の使い方には軽トラのワイド化は真に実用性を無視した開発にほかならないだろう。勿論ナンバープレートは外され果樹園内だけの立派な農業耕作機だ。

2010年9月25日土曜日

イメージセンサークリーニング

デジ一所有者のある程度こだわる方ならどなたでもご存じ、イメージセンサーのゴミ。特に風景を絞り込んで白一面や青空を撮り込んだときに、PCで見て発色は良いのだがゴマ点でがっかりする。こんな経験は有るはずだ。一頃のコンパクトデジタルカメラから、小型でおしゃれ、どなたでも使えるデジタル一眼レフが発売され所有者は激増の傾向にあるのだが、避けて通れないのがこのゴミ問題だ。多くの方が勘違いされているようにその機械の構造からするとコンデジに比べるとデジ一はいたってシンプルだ。機能、使い勝手からするとデジ一の方が格段に上だが、レンズをマウントから外せば肝心要のイメージセンサーは丸裸で鎮座する。これではレンズ交換の度にゴミは舞い込むし、それが嫌でレンズ交換をしないのならデジ一の意味がない。ただ、このゴミはレンズ交換の時だけでなくメカニカルダストの発生、密閉されていてもカメラボックスの中で発生しイメージセンサーにこびりつく。したがって、新しいから安心ではない、メカダストは新しい内ほど発生する。
そんな中、本日は所有するデジ一の一斉清掃を試みた。結果はすっきり一新、クリアな状態になったのだが、まず失敗を想定して一番の旧型機でチャレンジ、湿式、乾式それぞれの方法で試みて独自の方法を生み出す。個体の固まったゴミであるならば乾式で十分取れるだろう、だがやっかいなのは水分を含んだシミ状の汚れだ。これは乾式では残る可能性が大きい、事実取れない汚れが残ってしまう。これには湿式が一番。拭き取るようにすっきり取れる。独自の方法は湿式と乾式の組み合わせ、湿式で片方に寄せ、それを乾式で取り除く。驚くほどきれいになる。それぞれのメーカーでサービス、一部無償、一部有償で行っているが確かに故障を招くのであれば託すのが正解ではあるが、そのための輸送費、不都合を考えれば自己責任で行う事の方が遙かにエコノミーだ。
ただ、気をつけなければ行けないのはこれはデジ一の宿命で避けては通れない、その上このデジ一を普及すればこれに対処すべき方法をメーカーによって樹立する必要が有るだろう。

2010年9月19日日曜日

美ヶ原高原

紅葉までの端境期、連休は娘のところへ出かけようか親心としては気になっていたのだが、と言っても娘はまだ信じられない夏休み中。気にするのは親ばかりでとっとと北海道へ旅行に出かけてしまった。そこで妻と相変わらずの二人旅。前々から気になっていた美ヶ原高原「王ケ鼻」へ出かけた。行き方はいろいろある、西側にタッチして行く方法もあれば東側にタッチする方法もある。王ヶ鼻は東の突端だから東にタッチ、行き止まりの自然保護センターまで車で登りそこからはひたすら歩く、
川村高弘の真冬の美ヶ原に感化されての現地確認だ。当然ながら360°の展望、北・南・中央アルプスはもちろん富士山までもおさめることができる。王ヶ鼻の石仏は何ともその場を醸しだし、その足下の岩は明らかに堆積岩が斜めに隆起した千枚岩、もろく一枚一枚河原のようにはがれ落ちる、北アルプスは大好きな槍を確認できた、八ヶ岳は蓼科山から赤岳までその全貌を見られる、残念ながら富士の姿と浅間山、御岳を望むことはできなかった。最近こんなに歩いたことが無かった私は、
途中から子供時代の遠足の疲労感にも似た股関節の疲労感を感じながら美しの棟半ばにして引き返してきたが、我々よりも十分老齢の方々が健脚勇ましく夫婦で快適にトレッキングする姿は、まだまだ中年にも達しない我々に日頃の運動不足をここぞとばかりに突きつけていた。当然ながら次回は東側山本小屋ふる里館からタッチする、そこから縦断して東の突端王ヶ鼻まで行ってくる。厳冬の冬では自身がないので春先まだアルプスに残雪が輝く季節をねらいたい。

2010年9月18日土曜日

下栗 の里

秋の紅葉シーズンを控え、あちこちと名所を調べているが、いずれにせよ自然の変化は時間とともに起こる自然現象でこちらの都合で待ってくれるものではない。こちらをねらえばこちらも同時進行ですべてを納めることはとうていサラリーマンには不可能な出来事だ。そんな中 日本のチロルと言われる 下栗地区へ出かけてみた。先週の赤石林道と信州の未知ランキング http://www.shinshu-dc.net/contents_osusume/ranking_lists.php の再確認だ。日本のチロルと名付けた方は間違いなくいるのだが、私には「日本のマチュピチュ」と表現した方がよほどしっくりいく気がする。この斜面に張り付いた集落はどう転んでもマチュピチュを思わせる。祖母がここ下栗の出身の私には特段世の中で騒ぐほどのところには思えないが、幼少の頃まだ道が無く車で行くことができなかった時代に…おそらく昭和40年代前半…徒歩で祖母の実家へ行った憶えがある。5月の連休にワラビを取りながらの思い出だ。道が開き車で行けるようになってからは、稲刈り後のワラを軽トラいっぱいに積んで届けた記憶がある。もう40年ほど前の遠い記憶だ。


さらに、その奥へ進むと遠山側の源流本谷川へ出られる。これもまたその頃の私の遠い記憶、北又渡のダムがまだ無かった頃、父とよく車でこの奥へ行った。釣りや猟の記憶の場だ。それから10年ほど経って大学生時代にアルバイトでこの地を訪れたときすでにこのダムの中にあの幼少時代の林道は水没していた、そして今日、すでにダムの堆水地はすでに土砂で埋まっており(砂防ダムであるから当然ではあるが)30年ほど前に見た青々とした水につかった林道は見ることもできなかった。

私の幼少時にはすでに林鉄もモーターカーの時代を迎えており、材木を運ぶ以外はモーターカーで人を運んでいた記憶が鮮明だ。水に満ち小鳥たちのさえずりを期待していった私には少々残念な現状であったが、よく考えてみればあの記憶から30年も経ってしまった事を改めて認めざるを得ない。