2012年4月29日日曜日

諏訪大社 上社

この連休、働き出して1ヶ月の娘が帰ってきた。連休とはいうものの暦通りのまずは3連休で、明日にはまた戻っていく。桜前線があっと言う間に通り過ぎ、南の方では梅雨入りが宣言される昨今、北へ向かうのが常道と思われながら、なぜかまだ伊那谷も南でも開花しない桜も点在するのが不思議としか言えない。
息子はこの連休仕事、仮に休みであっても息子が帰ってくるとは思えないが、妻と3人諏訪へと出かけた。これは諏訪大社奥にある法華寺の桜と花桃、どちらが遅いのか?どちらが早いのか?どっちも遅いのか?よくわからないが今が満開といったところだろう。
仏閣の建築はそれぞれルールはあるもののそこに存在するのは大きな空間だと思っている。この空間に日本人特有?の信仰心が頭を垂れさせる。その空間を美しく維持し、なおかつそこを精神修行の場とし受け継がれてきたのがこの空間だろう。連休とは言うものの高速を含め渋滞は認められず、暖かいようきとあわせて行楽日和の一日だった。

2012年4月22日日曜日

西丸尾のしだれ桜

こちらも一昨年以来に訪れてみた。
前回はまだ色づきはじめでツツジの色が目立っていたが、小雨の中その色を引き立てて桜の色も濃く雄姿を見せていた。
樹齢450年。「小池の桜」と呼ばれ親しまれているそうだ。一時かなり衰弱したそうだが、所有者の小池さんの尽力によって堂々たる姿に復活した。おそらく全国的にも一本桜はどこにでもあるのだろうが、桜の名所のほとんどがその数で圧倒するのに対し、一本桜が名所となるのは伊那谷の特色かもしれない。


大草城址公園の桜

今にも降り出しそうな空模様の中、昨年は行き損なった大草城址公園へ登ってみた。
空が青ければと思いつつも桜は満開を迎え、たくさんの花びらが落ちて絨毯が広げられていた。ユキヤナギの白と、紅悲願の桃、それに白と三色そろった花の情景、ぽつぽつと雨粒が落ちだした中、伊那谷対岸の烏帽子ヶ岳もその山頂をのぞかせた。

2012年4月21日土曜日

散りだした桜

先週は南北で不思議な現象に見舞われたこの地であるが、先週後半からは一斉に咲き出し一挙に舞い散る状況となった。天竜川東のひっそりとした神社。ここでは満開を維持しつつも桜の花びらは風に舞い情緒を深めていた。
あっと言う間の潔さが古くから日本人の心を得て、散り際の潔さや、同期の桜など様々な歴史文化に登場する。中国風に言えば36計走以上ではあるものの、領土の狭い島国日本では真っ向勝負の玉砕戦法が一か八かの先述として唱えられてきた。
古い祠は何度この桜を見てきたのかはわからないが、桜と日本文化がマッチすると感じられるのは、やはり私が何を言っても日本人だからだろう。先週からすると一挙に北上した桜は待たせられた我々にとって非情にも、あっと言う間に通り過ぎ、そしてまたすぐ来年を楽しみに待たせる文化だ。

2012年4月15日日曜日

正命寺の桜

確かこれが高松桜だったような気がするが…?比較的地味な場所にあるが、リフォームして塀などがきれいになったので桜も見栄えがする気がする。ここも枝垂れであるがまち場で住宅街の合間にあるために電線や電柱、建物が多くその全容を納める気にはならない。しかしながらここの桜の花輪色目がきれいで好きだ。
いずれにしても一挙にこらえていた身近な桜が開花したといった感じの今日一日で、比較的早い南に向かったがむしろ南が遅く北が早い今年の桜に振り回された今年の桜前線だった。
http://wadanoko.blogspot.jp/2010/03/blog-post_29.html

増泉寺の桜

ここもまだ早い、3分と言ったところだろう。この枝垂れは枝垂れのイメージに最も近い感じがする事と、まち場のように建物に囲まれていないので空に生える。
もう1週間はもつであるが、来週末よりはウィークデイに見頃が重なってしまいそうで何とも悲しい気がする。天気予報では快晴のはずが雲が比較的多く残念だったが、見た気のする桜だ。

千丈と里の春

松川プールから、下条の一本桜を見に車を走らせたのだが、残念な事に全く開花無し。枝先は色づいてはいるものの開花は無しであった。仕方が無くそのまま反転し北上をしたが、その途中仙丈ヶ岳がくっきりと白く姿を見せ、里では桜が8分と言った情景に出会った。
不思議なもので南に向かったのではあるが標高差のせいか北の方が先に咲いている現象にやはり今年の春は定まらないようきに皆が振り回されている気がする。

松川プールの桜

松川プール、この言い方は古いのだろうか?今はビーラックス松川横といった方が良いのかもしれない。松川の親水公園沿いにある桜の様子だ。まだまだ若い頃、たぶん30年近く前にまだ松川会館と呼ばれていた頃、妻と二人で夜桜を見に行って以来のこの場所だ。
池の中央にある太鼓橋が特徴でその赤がぐっと引き締める感じがする。満開とは言えないが、7~8分咲きで、むしろ私の好きな一番見栄えがする頃だと思われる。いよいよまち場にも暖かい春がやってきて桜前線も北上を始めたようだ。

2012年4月7日土曜日

梅満開

桜が異変を起こし、東京・名古屋では満開、ところがここではまだ蕾も目立たない状況。周辺では梅が満開で賑わしている。梅畑の幻想的な情景を抑えたくて車で山間地を走ったが、普段は見つける梅畑が思うようにない。2時間ほど走ってようやく思う畑を見つけたが、あいにく雪が舞い空も雲を携え想定した状況とは異なってしまった。
昨今入手したミノルタの銘玉70-210 F4通しの試し撮りを兼ね梅のアップ。ボケもいいし色乗りも悪くない、幾分マクロ敵に使えるのも良い。当分この1本を使ってみたい。
それでも伊那谷を南北に走ると、日だまりに出くわし紅梅の満開にも出くわせた。何でもない田園風景だがどことなく暖かさとのんびりとした空気を感じる。例年に無く肌寒い中で農作業を始めた農家の人たちがしきりにあちこちで作業をする中、もうじき訪れるであろう桜の天下の時を控え色合いと香りを放っている。

2012年3月31日土曜日

ど根性松 と 爪の跡 ~陸前高田

かねてから陸前高田の 松 を見に行きたいと行っていた草加に住む息子がようやくたどり着いた。前回2月に誕生日前に見たいと言って出かけたが、あいにくの雪天気で郡山で断念。宇都宮に戻って宿泊をして帰ってきた。今回は用意周到、宿もちゃんと予約してのチャレンジだった。当然松の写真は送ってくれるように頼んでおいたもの、彼のi-phon3Gによるものだ。テレビで見るだけの私はすでに枯れてしまったと聞いていたので、もう伐採されたものだと思っていたが、それなりにたち続けている。
こちらは大破した車、おそらく津波の置きみやげであろうが、ここまで破壊する水のパワーは計り知れぬ自然の力を見せつけている。もちろん他のものとぶつかりながらのこの状況だろうが、それにしてもひどいものだ。とかく我々には遠い東北で起こった惨事で済んでしまいがちだが、やはり百聞は一見にしかず。この地でこの本物を見る事が本当の現場の空気を感じられるのだろう。その意味でそこに自らをおいた息子はよい経験をしたのだろうと感じさせられる。

2012年3月25日日曜日

庭では ふきのとう

本日は天気予報通り、朝方は晴れ間の濃い光を受けて春めいたようきを感じたのであるが、10時を過ぎて動き出す頃には雪が舞いだし青空、日射しが見える一方小雪が舞う天気となった。
帰省中の娘が社会人に向けての手続きなどを済ませるために一日動いたのだが、庭では春を告げるフキノトウがしっかり顔を出していた。
おそらくしばらく前から頭を見せていたのだろうが?ここのところ2週間ほどは娘の引っ越しや卒業で2週留守をしていたのでゆっくりの見ることもなく気がつかなかった。桜も全国的に遅れ気味で今年の春は遅めの到来ではあるが、間違いなく一歩ずつ近づいてきているのは間違いない。

2012年3月24日土曜日

遠山郷の桜

例年この時期に遠山郷を訪れると遠山側の堤防の川津桜はそれなりの花をつけているのだが、今年は界隈で言われるとおり遅めの開花となるようだ。
今日の天気も曇り雨という予報とは全く異なり朝から雨。時より青空は一部に見えるものの雨模様が続く。堤防の桜の木を一本ずつ見るとどこかしらにすでに開花してしぼんでしまったものがついてはいるが、蕾はふくらんでいつでもGoの状態ではあるものの開花とは言い切れない、後一週間ほどか?比較的早めのこの桜も今年は自然の成り行きで遅めの開花となりそうだ。

2012年3月19日月曜日

サンシャイン60

娘の卒業式のあと妻と所沢に出かけ所用を足した後、そのまま池袋へ足を運んだ。特にアテのあるわけでは無く、強いて言えば妻の土産の買い物と私は買えないカメラ類とレンズ類の冷やかしがその目的であったが、池袋の駅を下りてふと思いついて妻とサンシャイン60へ上ることとした。私は学生時代に両親と一度上ったきりであるからほぼ30年ぶりに上ることとなる。今となればその記憶は上った事だけでどんな様子だったかは憶えていないが、30年の年月は随分その眺めを買えてくれたのだろう。分速600mのエレベーターはあっという間に展望室へと到着をする。
当然ながら634mの東京スカイツリー、当然先端は雲の中と思いきや、実はこれが全容だ。快晴ではなく曇り空ではあったが、雲が低く立ちこめなかったために見えているらしい。この写真をおさめた場所が海抜251mと表記されていたので、単純に標高差を求めただけで正確な高低差は出ないが、それでも明らかにツリーの方が380m以上高いこととなる。意外にも妻も喜んだサンシャイン60はこれまた意外に新しい我々夫婦の名所となりそうだ。

卒業式

娘の4年間の大学生活の区切りがつきいよいよ来月からは社会人となって働くこととなった。長いようで短い、あっという間の出来事だった気がする。受験前の下見に言ったのがつい先日のように感じられる。いやいや生まれてあ時の情景さえ思い出され22年間もあっという間だった。
この連休は引っ越しと卒業式、さらにはマンションの引き渡しと息子の所へ出かけ、仕事のことは全く忘れて疲れながらもリフレッシュをした気がする。
約100人の卒業生は一人一人が卒業証書と学位認定書を受け取り、私や息子のように代表が受け取るわけではなくそれはそれは厳かな出来事だった気がする。特に仲の良かったお連れがそれぞれの意志で別々の職場に向かっていく姿はある意味頼もしく、そしてまたその思い出は生涯の宝物となるだろう。私の娘の仲の良かった子達はそれぞれ長崎、富山、東京と全国区の付き合いだったが、これが今後も続いていくことを願う。あらためておめでとうと言いたい。

2012年3月12日月曜日

奥多摩の雪

娘の卒業に伴う引っ越しでこの週末は東京で過ごした。この場所にお世話になって丸4年、娘に言わせると学生の間でいろいろと話をしてみるが過ごしやすい環境で4年間を過ごせたようだ。
その4年間で妻と足を運んだが、今年の今の季節は格別であった。初めてビルの間から望む山並みに雪が見えた。
おそらく、奥多摩の方向、関東山地、伊豆半島の押し上げた日本のシワに違いないと思う。昨年災害で全てが狂った我々はもう1週間あとにここを訪れていたが、既に桜が咲いた状況で早めの春を感じていた。ところが今年はこんな状況。富士山の雪は当たり前だが、東京で見る雪景色は意外にも寒さを感じさせられた。
朝日を浴びて静かな住宅街では朝からカラスが賑やかだ。
高層化したマンションのにわを我が物顔で飛び回り、ひたすらゴミをあさるように見える。決まって屋上にあるアンテナ類を止まり木として当たりを見回している。勿論カラス以外の鳥もいない分けではないが、人間と一番共存が進んだと思われるこの鳥は都会の中でもたくましく生きている様子に見える。

2012年3月3日土曜日

七椙神社 ~松川町

親しくつきあう方が、この七椙神社の話を聞かせてくれた。
どうやら白い蛇も存在する何とも私的興味を引くお話しだった。早速その足で神社へ行ってみた。勿論前々から承知している大きな桜の木のある神社であるが、奥行き深くたいそう立派な神社だ。
地区の神社としては珍しく、手が行き届いていて解説の札やパンフレットなどがおいてあり、その歴史に触れることが出来る。中でもその由来だけでなく神社一口メモと書かれた伝説は日本古来からある神社の成り立ちに近いものの、この地で生まれたであろう物語となっていて興味を引く。
最上段の社に上ってみると、神社特有の屋根が特に目を引き、歴史あるものの手入れがされ、地区との密接のほどを伺わせてくれる。大島領の鎮守としておおよそ900年この地を見てきたのであるが、その名の通り樹齢1000年を超える7本の杉(椙)の木が境内に有り、これが本当に1000年であれば、明らかに石積みの築造後に植えられた杉以前の人口構造物だとつまらない疑問を抱いたりもする。いずれにしても少し興味を持って接してみたくなる神社だ。
参考に、強い生命力と強運を持つ千年杉は 病まない(病にかからなかった) 落ちない(雷が落ちたことがない) のご神木を使用した手作りお守りをおすすめする。

2012年2月18日土曜日

虻川渓谷

昨夜から今朝にかけてぐっと冷え込み、町中でも雪が若干積もった。雪の町並みを納めようと対岸の山に登ったが降雪まで行かない舞った程度の雪では日が当たるとすぐに溶けてしまって全くの雪景色は無理だった。
気を取り直して少々遅めの虻川渓谷へ足を伸ばした。
道中途中までは積雪の上にタイヤ痕が見られたが、ダムを過ぎたあたりから軽トラと思われる1台だけの足跡となってしまった。いつもなら愛車のスティングレーで出かけるところ、今日は積雪を考慮して四駆で来て正解、見かけの新雪の下にすでに圧雪され凍結した路面が横たわりレールを走らされる状況に有無を言えず走らされた。下界のまちでは一時の暖かさですっかり残雪は無くなったが、この渓谷ではまだまだ春は遠い。至る所つららが張り詰めその上に新雪がつもっていた。

2012年2月11日土曜日

伊那谷の夕暮れ

南アルプスと並んで南方向はまだ空が明るく日の沈みが遅い事がわかる。日に焼かれた空がオレンジ色に染まり熊伏山の方向は太平洋をバックに今日を終えていく。
人々の生活が夕餉を迎えだんだんと明かりがともされる頃やはり山もまた夜を迎える。
重ねて何万回と無く繰り返されたこの情景にこれから先も同じように繰り返される事を期待しながら冷たい風に耐えることをあきらめ山を下った。

夕暮れの南アルプス

今日は意外な展開で名古屋往復を強いられる一日だった。本来名古屋港水族館でウォーターブルーに包まれて水中撮影を楽しむところだったのが不意の連絡でそんなところではなくなりとんぼ返りの一日を過ごした。
腹いせに夕刻、日暮れから夜にかけてのアルプスとにらめっこと決め込んだ。以前からトライしたかった情景ではあるが、この寒い時期ではなかなか動きが起こらずに過ごしていた。太古から繰り返されたであろうこの時間の流れは今もまた平等に南アルプス赤石山脈に流れている。こんな夜景のない時代から繰り返されたのだろう。明日はまた青空をバックに白い雄姿を見せてくれるであろう山並みもまた我々と同じように夜を過ごす。

2012年2月5日日曜日

南駒ヶ岳と伊南バイパス

竜東(天竜川東側)から見た南駒と伊南バイパス飯島工区の橋梁。
かなり前から工事は着手されているが上部工がほぼ出来上がった状況で工事用車両は行き交いをしている模様。開通はいつなのか?駒ヶ根工区から南下しているが一挙に駒ヶ根の町の形態を変えてしまい旧道沿いは寂れてしまった。バイパス沿いに大型店が林立して伊那からの道中では知らないうちに駒ヶ根を通り過ぎて飯島に入ってしまう。この画像だと右側の橋台部分に切れ落ちた堆積層の地層が見られる。昔から目を奪う場所であったが、これも開通とともに見られなくなる。

すが野 ~駒ヶ根菅の台

駒ヶ根と言えば「ソースカツ丼」。いろんな有名店があるが"明治亭"は定番で年々昼をためても入れる時間が前倒しされ午前11時頃には行かないと余裕のない状況になっている。そんな中どこか別の場所で良いところはと思い探していた中でこの「すが野」が目についた。菅の台のメイン通りで量的にも的頃と思われる。何度も行く菅の台ではあるが、初めては行ってみて気に入った。
ここのところの降雪で当たりは雪一面ではあるがそれだけに駒ヶ根の寒さを感じさせてくれる。まだまだ一杯食事処はあるのだが、時間をかけて夫婦で食べ歩きをしてみたい。

2012年1月29日日曜日

南アルプス 鋸山~甲斐駒ヶ岳~仙丈ヶ岳~北岳~中白根山~間ノ岳~農鳥岳

こちらは南アルプス。午前中の比較的大気が安定している間は西にたつ中央アルプスがきれいに見え、昼近くになると雲をかぶり出す。木曽谷からのフェーン現象で東斜面は雲をかぶって姿を隠す。一方南アルプスは午前中の落ち着いた時間帯では全くの逆光となり色目がさえないが昼近くから輪郭をはっきりとしてくる。しかし、その頃にはこちらも稜線に雲をかぶりやすくなかなかすっきりとは姿を見せてくれない。これが東側=山梨側であればくっきりなのだろうが仕方がない。赤石あたりも昼あたりからその姿をはっきりとし出すのだがどうしても午後の斜光、もしくは夕日を浴びた情景となってしまう。主に午前中精力的に動く私にとってはなかなかよい風景に恵まれない。
いずれにしても我がふるさとは赤石岳の麓、赤石山脈と名付けられたその山並みにこだわるのが主流。寒さに負けずに少しがんばってみるか。

中央アルプス 越百山~仙涯嶺~南駒ヶ岳~空木岳~宝剣岳~木曽駒ヶ岳


2週間ぶりの更新になる。
ようやく青空が広がった雪山の風景になった。もっともこの2週間のおかげでアルプスの雪もいっそう白さを増したのだが。天竜川左岸からだと南駒~木曽駒までが一枚に納まる。前にそびえる山の陰で竜東からだとこの情景は抑えられないが、少し標高を稼いで引いて見るとアルプスがアルプスたる稜線である事が実感できる。特に空木岳は伊那谷側からだと奥が深いのでなかなか姿を見る事ができないがこうやってみると強者揃いだ。

2012年1月15日日曜日

甲斐駒ヶ岳

これも8日の画像です。
甲斐駒は南信では生活の中に存在しません。南から眺めると仙丈ヶ岳の陰に隠れ見る事が出来ない。しかしながらその山容は比較的綺麗なピラミッド型をしていて人気が出るのもわかる。画像では右にある仙丈の奥にそびえているが伊那谷からは奥が深く感じられる。稜線としては奥にそびえているだけで仙丈ヶ岳の稜線がそのまま東に向かった線上に有り白根三山の様にずれた稜線ではない。このラインは長野県と山梨県の県境にありイメージ通りに存在する。
と考えると古くから中山道、中央線、中央道とこの山脈の壁を避けてきたが、今回のリニアは初めてその壁に挑む画期的な工法、法線だと言う事がわかる。中央道を東京方面へ向かうと、山脈の西面を眺めさらには東面を眺める。リニアによるこの時間短縮はこの谷に住む人々にとっては大きな進歩だ。

白根三山

今週は天候に恵まれずに出かけませんでした。画像は今月8日のものです。
先週の光前寺へ出かけたおり、大沼湖から眺めた南アルプス白根三山の様子。手前が峰違いの仙丈ヶ岳、その奥に左から北岳、中白根山、間の岳、農鳥山が見えます。この山並みは南アルプスとはいうものの本来の赤石岳の稜線とは異なり、長野県と静岡県の県境ではなくさらにその東、静岡県と山梨県の県境になります。ここら辺では本筋の赤石山脈は皮下雨滴稜線が低いラインを描いています。白根三山は北・間・農を指し中白根山は含まれませんが、それでも超3,000m級。飯田からは仙丈ヶ岳とともに冬場は眺望に親しむ山並みです。
山とは不思議な事に見る場所によって大きさが違います。むしろ間近から見るよりは離れて見た方が大きく見える事があります。何となく月と似ている。そんな冬場の山並みです。

2012年1月8日日曜日

仙涯嶺~田切岳

前々から気になっていた田切公園から眺めた仙涯嶺~南駒ヶ岳~田切岳。
今日は妻と一緒に移動中公園の河原まで降りてみた。手前は中央高速。中央アルプス南端では積雪で姿を現すのはここら辺が南端だろう、さらに南恵那山まで続くが恵那山木曽山脈とは異なる。南北に走る伊那谷から眺める中南アルプスは不公平な事に中央アルプスが有利だ。きまって朝日を浴び青い空に生えるのは中央アルプスに限るから。個人的ひいきの南アルプスは午後の日射しでないと空が生えない。だからといって南アルプス=赤石山脈びいきは変わらないのだが。

赤石山脈南端 聖岳~赤石岳

こちらは南アルプス南端、主峰赤石岳。右の飛び出したピークが奥茶臼、その横に前茶臼、これはアルプスではない手前の稜線になる。その少し下に見える屏風状の大沢岳、百間平を経て赤石、小赤石、前・中・東聖が控える。赤石の膝元では手前の山に阻まれなかなか見る事ができないが、少し来たからだと手前の稜線の切れ目からくっきりと姿を現すのが不思議。
できればこの山並みは毎日見て過ごしたいものだ。

2012年1月5日木曜日

神田神社

出張先の近傍が神田神社だった。昨年の2月にも妻と訪れた場所、裏参道の階段を見た瞬間確かここを下りてきた記憶がよみがえった。参考)http://wadanoko.blogspot.com/2011/02/blog-post_8258.html
昼休みの時間帯を利用して多くのビジネスマンが参拝に訪れ、本堂前の門を通り抜け表通りのかなりの場所まで列が成り立っている様子。私は娘のお守りをいただき遠くから参拝させていただいたが、今日が仕事始めなのか老若男女年始回りののし付きタオルをたくさん持った人や、明らかに得意先回りの道中と思われる姿が目立つ。
門のすぐ外では寒い中オープンのテープルと椅子が用意され多くの人たちで盛っていた。
我々車を足とする田舎人種と違って、彼ら都会人はそのほとんどが電車移動、飲酒などと言う事は関係ないのかもしれない、多くの方たちが早速ビールを空けていた。確かに松の内ではあるが昨日から仕事が始まり臨戦態勢で今日も東京へ足を運んでいる我々にとってやはり違和感をおぼえる光景だった、もっともこれが日本の文化か?

2012年1月3日火曜日

旅立ち

息子が東京へ戻っていった。帰省先は飯田だから戻っていったという表現が適当だと思う。
正月のこの時期天気は比較的安定で、南アルプスの山並みは見渡せる、中白根山、間の岳、農鳥山、塩見、荒川、赤石が見渡せるこのバス停から高速を移動して仕事生活に戻る。
学生時代を東京で過ごし、こちらに戻って就職した私にはその寂しさはわからないが、もっとも寂しさはないのかもしれないが、いずれにしても生まれ育ったふるさとを後にする事は何かしらの感情があるだろう。
高速の渋滞が予想される今日、どれくらい余分にバスに揺られるのかわからないがとにかく元気で過ごしてほしい。そしてこの見渡す限りのふるさとの山並みがいつもついている事を忘れないでほしい。

2012年1月2日月曜日

諏訪大社 ~ 謹賀新年

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
初詣に諏訪大社(上社)へ出かけてきました。4年前、娘の受験の時には2日でも空いていた気がしたのだが、今年は結構込んでいた。参道から神社まで、おそらく2年参りとは比べものにならないのだろうが多くの人たちがお参りに。あいにく神社に着くと同時に雪が舞いだし耳が痛い冷え込みで初詣にふさわしいと言えばそれなりのようき。
多くの人たちが年初のご祈祷や厄払いにも来ていてご祈祷待合室は多くの人たちが順番待ちをする状況、冷え込む中正座をして本社で受けるのも大変だろうが、見た目と精神面とそこに日本の文化があるのだろう。
どうか今年も家内安全でよい年になりますように。

2011年12月23日金曜日

南駒ヶ岳 ~ 空木岳

南アルプス南端に位置する南駒ヶ岳は規模は小さいものの千畳敷カール同様のカール(摺鉢窪)を持ち、その縁にはモレーンと思われる堆積土を蓄えている。規模は小さいものの立派なカール。異様な形の稜線を描く中それなりに山容を整えて鎮座している。空木も姿美しくスマートに存在し青空にきれいなラインを描いて誇示している。

木曽駒ヶ岳 ~ 千畳敷カール

冬到来、宝剣の下に広がる千畳敷は広範囲から見られるが、奥の深い本体は手前の入り組んだ山波に遮られてなかなかすっきりしない。拡大すると山頂に向かう登山者の姿が写っていた。伊那前岳の奥に潜む木曽駒ヶ岳は姿が見られないが、春先まで姿を堅持する宝剣岳。青空が広がり満足のいく1枚。

2011年12月18日日曜日

荒川岳 ~ 赤石岳

紅葉シーズンが終わりこれからの季節伊那谷を囲む2つのアルプスが春先5月の連休過ぎまで勇姿を見せてくれる。それぞれのアルプスを撮るのには、中央は午前、南は午後が鉄則であるが、年末の都合で午前中に南アルプスを見に出かけた。
ここまで寒い季節になりながらまだびっしりと実をつける柿の木。バックでは荒川東、中岳、前岳が本格的な雪景色になった。右側の台形型の山=前茶臼とすり鉢を伏せたような奥茶臼の間に雲をたなびかせているのが赤石岳だ。見事な発射台のような山腹を駆け上がった風が山頂手前から雲を発生しているのがよくわかる。
一方、こちらは塩見から荒川までの間。左からひときわ目立つ塩見岳、本谷山、烏帽子岳、小河内岳、東、中・前荒川までくっきりと稜線を描き出した。果てしなく日本列島の地球のシワ、我々はとかく平面的に見がちだが、奥行きを考えると複雑な造山運動をした歴史が不思議でならない。もっともその不思議が自然なのだが。

2011年12月10日土曜日

光前寺 雪化粧 ~駒ヶ根

昨日の雨と今朝の冷え込みで千畳敷辺りがくっきりと青空に浮かび登山者の足跡が見えるかと思い駒ヶ根へ足を伸ばしてみたのだが、…残念ながら中央・南ともアルプスは稜線を雲に隠して高さを誇ってしまった。飯島を過ぎた辺りからにわかに雪景色に変わり、昨夜南では雨だったのがこちらでは雪だった様子が一目瞭然。とりあえず私的定番の千畳敷のポイントに行ってみたが、稜線はおろか山がどこにあるのかわからない状況。
そこで雪の光前寺へお参り。どうやら軽いとは言え雪が本気で降った様子がうかがえる。参道の竹箒で除雪したあとも柔らかそうで新設を物語っていた。どこかから見えた旅行者の親子がそれはそれは寒そうな格好、姿でお参りをする様子が見ているこちらまで寒くなってしまう。
駒ヶ根育ちの妻はここが格好の遊び場であった様だが、冬は厳しい寒さの駒ヶ根だ。

2011年12月7日水曜日

長者峰 ~本当に見える三河湾

画像は12月4日のものです。
過日掲載した長者峰(高峰山)、気になっているどう考えても太平洋ではないのか?と言う疑問の答えを求めて、
(参照 http://wadanoko.blogspot.com/2011/11/blog-post_23.html )
昨日までの雨が上がり朝から青空が広がる朝香嵐渓への道中で再度長者峰へ登ってみた。今回は俗称バズーカ=400mmを持って。
除いてみてもファインダーでは正直どこがどこかはわからない、とりあえず手当たり次第目印になるものを基準に納めて見た。
解析の結果は以下の画像の通り。
現場で一番の目印になったひときわ目立つ工場と思われる建物をググってみるとなんと中電の「碧南火力発電所」さらに右手には対岸の武豊火力発電所、その奥にはセントレアが収まっている。決め手は碧南発電所の外壁の模様。検索されて波形の模様を確認できれば間違いない事が納得できる。蛇峠山の山頂から太平洋が見えるというブログを見つけてから3年、この海に接しない山国の信州の地から海が見えるというのは本当だと言う事の事実だ。
※見えるというよりは見えていると言うのが正解かな?
(画像をクリック、拡大されて2枚を比較されるとよくわかります。)

2011年12月4日日曜日

香嵐渓 2011

今年の紅葉は…、と言われるが"犬も歩けば棒に当たる"終わりを迎えた香嵐渓の紅葉であるが、一昨年の紅葉を思うと今日辺りはベストと言える状況だった。
気温の降下が緩やかに行われず、上がったり下がったり極端に起こる場合、なかなか紅葉が進まず終わってしまうが、ここへ来て一気に冷え込み迷っていた紅葉が進んだ気がする。周りには既に葉を落とした木々があるものの、8割方は今がベストな状況を作り出していた。
飯森山は多くの紅葉落ち葉に覆われ、木々の紅葉と山肌の紅葉とで特別な世界を創造していた。比較的ブームが去った今日の香嵐渓では、多くの人が来ている割には渋滞はそこそこ程度で、早朝ではなく10時頃に到着した私たちでも香嵐渓交差点の間近の駐車場に簡単に入れる事が出来、始めていった時の事を思えば易々と現地へ赴く事が出来た。
自然の現象とは誠に不思議なもので、それなりにまとめるのが正に自然の流れと言うものなのかもしれない。今前の香嵐渓では無かった感動を感じた。