2009年7月5日日曜日

深川不動尊

妻と娘のところを訪れ、娘の意向で浅草へ行くこととなった。
道中電車の中で、せっかくの機会なので深川の「深川飯と深川丼」
を一緒に食べようと言うことになった。
過去2度ほど深川を訪れ、2度とも深川飯、深川丼を食べているが、2度目に食べた方が私には合っていた記憶がある。
そこで以前に一緒に行った知人にメールで店の名を問い合わせたが、記憶のない者、返事のない者で間に合わない。
ところが、たまたま選択した出口が正解で、出たところすぐにお目当てのお店があった。店の名は「深川浜」、私は飯と丼のハーフセット、妻と娘もそれにならって同じもの。
評判が良かった。おまけに私のおごりだ。
以前にも家族で来たいと思いつつ食べたのだが、意外なところで念願が叶った。
男とはそういうものだろう、仕事でいろんな機会に恵まれるが、その多くはその世界で終わってしまう。
深川を散策し、その後ご希望の浅草へ回り人形焼き、アイス最中を食し、大吉をいただいた娘だった。
また行きたい。出来れば息子も含め家族皆で。

2009年7月3日金曜日

ねじれ草


朝の朝礼で、庭に咲くねじれ草の話題が出た。
大半がピンクであるに対して、1本だけ白が出ているそうだ。早速捜索。
確かにある。
ここへ来て5年、毎年咲く花だが、遠くから見ている分にはな何ら雑草と区別がつかない。
右巻き、左巻き。それぞれが思うようになじれて花をつけている。おまけに花桃と同じように白からピンクへ交配が進んでいるようだ。
蕾が出て、花になる前は白だが、花弁の先端から赤みを帯びてきているものと様々。
身近な珍しい自然に感動。

2009年6月28日日曜日

馬籠の宿


先日の妻籠宿に引き続き、妻と馬籠の宿へ。
我々の今までの感覚では、どちらも近距離にありそう離れていない感じで捉えていたのだが、なになに、そんな事は無い。
それぞれが独立した宿として成り立つだけの理由はある。
妻籠が平らな宿に対して馬籠は坂道の宿。
町並みを登り降りするだけでも結構な汗が噴き出す。
個人的な感想と前置きをして、
妻籠の方が良い。どうも建物の統一感がしっくりこない。と思いきや、やはり明治時代に一同消失しているらしい。その後の復興で現在の町並みを維持してきたのはなお立派と思うが、やはり町並みを見ながらの散策となると妻籠の方が絵になる。
もう一点、妻籠が地味と思わせるのに対して、馬籠は派手さを感じる。当然近代化した観光地の様相だ。
むしろ、馬籠から妻籠へ旧中山道を歩いてみるのも良いのかもしれない。
…その後妻と深妙寺を再度訪れて今週の休日は幕を下ろした。

2009年6月27日土曜日

深妙寺へ行ってきました。


この時期アジサイの開花が北上している。
標高が上がればツツジもいけるが、さとやまでは睡蓮か紫陽花だろう。
行ってみてびっくり、今まで何度も通ったことのある道端にこんなたくさんのアジサイがあるなんて。
「私癒されてます、紫陽花に囲まれて。」
それぞれ顔が違う観音様?も時に寄り添われ、時に眼下に眺め、多くの花のあいまに鎮座している。
時の流れを忘れ歩いた2時間だった。

2009年6月26日金曜日

美浜園


幕張の仕事が終わり、この時期日長に任せてホテルの周辺を散策した。海へ出てみたがさっぱり。
京浜公園を戻り美浜園を覗いてみた。
日本庭園と言うだけのことはある。
周りにそびえ立つ背高のっぽのビル群の一角、どうしてもフレームに空を入れると近代人工構造物が飛び込んでくるが、ではこの庭園すら人工はないか?…などと思いながらも、この人工構造物は許せる自分が日本人である証拠を改めて自覚し直した。
今まで何度か来ている幕張ではあるが、デジイチ・大口径持参でもう一度来る必要がある。

2009年6月21日日曜日

ユリが咲きました


庭のユリが咲きました。午前中結構な土砂降りの中、まだ蕾だったのだが、午後小降りになり日が出だすととたんに開花。夕方には虹も出現。
今日は雨のせいか蒸し暑い一日で、湿度が高かったのだが、考えてみれば今日は夏至。
日の長さが一番長い。
とはいうものの、日の出は太陽の端が出たとき、日の入りは完全に太陽が沈んでしまった時。…これ決まり。つまりは太陽1個分ずれが生じる。だがら現実には3~4日先が本当に一番日が長い日になる。
夕刻娘が父の日のメールをくれた、うれしかった。ありがたく思った。私自身が意識しない私自身を観察して送ってきた。我が子とはいえ見ているところは見ている。感謝。
がんばって勉強するように。
深夜になって遅くなったけどと言いつつ息子も父の日のメールを送ってきた。
やつは男の子だ、素っ気ない。だが嬉しい、ありがたい。
学生生活最後の年を、存分に楽しめ。言わなくてもそんな生活か。
二人ともありがとう、兄妹仲良く、お互いに体に気をつけてがんばれ。

2009年6月20日土曜日

再び上矢作風力発電所

満を持して出かけた、期待したほど青空が広がらなかったが、
それでも先日の霧の中風車よりは大迫力。
同じ場所でも風車の乱立が。
先日は手前の1基だけ、今日行ってみれば同じ場所から4基も見える。
青空にそそり立つと、まるで絵の具の筆で書き込んだように風車がはえる。
誰も上ってこない山頂、「熊出没の立て札がある中」一人カメラを背負い、展望台まで行ってみた。
意外にいけるこの場所、南アルプス、中央アルプスが雪をかぶった頃、残雪が残る頃、紅葉が山を染める頃。
とり続けたい場所となった。
大船牧場へ上がる道中、おそらく一カ所だけこの標識がある。何とも懐かしい、今もつかわれているのか?
私が子供の頃、車に乗りだした頃、田舎へ帰る林道にはやたらと有った標識だ。その林道も今ではバイパスで使われなくなり、ここ7年ほど通ることもない。
そのせいか妙に懐かしさを感じる。
おそらく、教習所で教わることが無くても十分意味がわかる標識だろう。
約2時間、多々一人我が物顔で風車の中を歩き回り、さらには牧場、展望台へと歩き回った私は、十分満足をして昼食。
妻が作ってくれたおにぎりがうまい。
しばし一人の時間を楽しんでいると、車が2台ほど上がってきた。
皆、中年夫婦。私が中年かどうか判断に苦しむところだが、まず上がってきて取っつきの1号機を見ると、皆写真を撮って満足する。
もっと歩かなきゃだめだよ、本当にその存在はガンダムかトランスフォーマーを思い出させるのだから…。
十分満足した私は山を下る。
さて、ナビ任せのドライブは「自宅へ帰る」か?いえいえ、ナビに気になる場所発見。
「上矢作湖・上矢作ダム」…目的地設定。
多くのバイク軍団が休息中。湖は一般的なダム湖だ。だが、その道中のドライブインなど古めかしくも力強く営業している姿は、昭和40~50年代を思い出させる。…懐かしい。
さらに、気ままな一人旅は続く。
ダムを見た私は「自宅へ帰る」。案の定中央自動車道を使うルートが探索された。
ひとまず素直に従って走り出す、ふと思い出した明智鉄道。
しばし、車を停めてルートを観察、明智駅が有る。
明智のまちへ入る手前から、大正村という文字が多くなる。
明治村はメジャーだ、大正村はすんなり入り込むがテーマパークか?
確かに沿道の建物は西洋かぶれの大正をイメージさせる建物は有る。しばし、明智駅を散策。
走行距離180KMの一人旅はかくして満足を与えてくれた。

2009年6月14日日曜日

妻籠宿

朝から花の見られる場所を探していましたが、6月はアジサイがメイン、さらに高原ではもう少し時期をこくらないとニッコウキスゲなどが見られない。

と、そこへ長野の友人が母を連れ念願の木曽路を走っているから見所を教えるように連絡があった。

早速ルートと見所を教えたが、ふと妻籠宿は私も行ったことが無い事に気がつき早速午後から妻と出かけた。

何年か前、まだ息子が小さい頃家族皆で行ったことがある気がするのだが、それは馬籠宿。

海野宿と似ているが、その規模からして妻籠宿に軍配、いろんなパーツを切り取りたいのだが、やはり町並みの確保ではなく歴史を感じさせる雰囲気は時の積み重ねだ。

2009年6月13日土曜日

アジサイ


全く残念な事に楽しみにしている土日の天気が悪い。
からっと青空が広がる日が無い。
どうしても青空に回る風車を撮りたいのだが、なかなか許しておもらえない。
今週も近場で。
もう20年以上前、妻と行ったことのある場所へ出かけてみた。
その帰り道、行きと道を変えて下ってみると、有名ではあるがまだ見たことの無いお寺に出た。
神社仏閣は良い、樹木と合うし自然と調和している…私も日本人か?庭ではアジサイが8分咲き。
アジサイといえば必ず便所の裏に咲いていた記憶と、とにかく花が大きいイメージだが、ここのアジサイは小振りでかわいく、白からクリーム、紫よりの青だ。
保育園の頃、誕生日の一覧表がカレンダーに書き込まれていたが、6月がアジサイだった事を思い出す。

2009年6月7日日曜日

高遠 しんわの丘 ローズガーデン


去年予期せぬことから高遠城趾へでかけ、そこで知ったローズガーデン。今年は昨年の時期遅れにならないように気をつけていたのだが、今朝妻から新聞に載っていたと聞かされた。
家を出るときは全く反対方向へ出かける予定だったのだが、急遽高遠へ出かけてみた。
昨年のイメージで言うと、今年の方が早かった気がするのだが、それでも車が渋滞をする賑わい。
昨年から気をつけてつけ始めた私的お出かけメモは、6/20がメインと書いてあるのだが、やはり少々早かったのか?
まあ、何でもない山腹に広がるバラ園は一面を甘い香りで包み込む場所だ。
帰りに 絵島の菩提寺(蓮華寺)に寄ってみた。
江戸時代に高遠藩に流され、28年間囲み屋敷で生涯を過ごした絵島の菩提寺。
1714年絵島とともに流された生島新五郎の流刑地の三宅島と高遠町は毎年両町村が参列し、絵島のめい福を祈るそうだ。

2009年6月4日木曜日

おおぐて湖


10年ぶりにおおぐて湖へ行ってみた。
その昔まだバス釣りに夢中だった頃、バスの雑誌でこの場所を知り一度下見に行っただけだった。
基本的に、灌漑用のため池、だがその自然の地形を生かした形状はおもしろさを与えてくれる。
近辺のため池では、近代的土木による人工構造物が多く、水際の自然との調和は期待できない。
その点このため池は唯一洞の開口部、馬の背と馬の背の間を1カ所だけ人工の堤体でおさめているだけで、その他は自然護岸だ。
水深は期待できないが、その形状は奥に深くおもしろさを与えてくれる。
夏の青空の下と秋の紅葉は外せないと思われる。

2009年5月31日日曜日

上矢作風力発電所


ここのところ平日は比較的天気が良いのに、土日となると崩れる。
風力発電所を調べていたら、前から気になっていた風車の場所がわかった。高嶺山長者峰から見られる風車。
あいにくの土砂降りではあったが、前日から天気に関係なく妻と出かける事として、弁当持参で出かけた。
自宅から、おおよそ2時間~2時間半を想定したのだが、1時間半で到着。道中上矢作のまちから山を登り出すと一面霧に巻かれた。
風車の元では霧の動きが激しく、今まで見えていた遠くの風車がすぐに見えなくなってしまうほどの状況。
今回は下調べ、次回は青空をバックに巨大な風車をおさめる予定。

2009年5月23日土曜日

花の季節は終わりか?


先週の五月は全て雨で落ち去り、何とも緑一色の世界だ。
それでもレンズを背負って歩くのは楽しい。
たばこも、水も、休息も忘れて、当然仕事など忘れて歩き続けられる。
自然の与えてくれる時間の過ごし方だ。
ひたすら汗をかき、自分の見過ごしている自然の恵みを探し歩く。
それにしてもどこへ行っても、人工構造物は食い荒らしている。
とはいえ、それが写らない場所をうろうろ探し求めるのも楽しいのだが。

2009年5月22日金曜日

善光寺、ご開帳へ行ってきました。


妻のお父さんとお母さんを連れて長野、善光寺のご開帳へ行ってきました。
残り10日を迎え、平日にも限らず多くの人が、回向柱に触る列は門を通り抜け仲見世通りまで並んだ状況。
我々はお参りをすませ失礼してきましたが、予想外の大勢の人にびっくり仰天でした。

その足で諏訪大社へ


せっかくの機会、その足で少々足を伸ばして諏訪大社へ。
とうていご開帳には追いつかない人手、正月の初詣では前に進むのもやっとの状況で、車さえ置くのに一苦労なのに、平日の今時となればなんと言うこともなく散々な状況、それでもやってくるのはそれなりの神社なのか?
新緑まぶしく古式ゆかしき日本文化の建築は自然とどうかして静かにたたずんでいる。

さらに遠照寺(オンショウジ)へ


義母の希望で大社せんべいを本家本元で。
大社せんべいと言われて私はピントこないが、言われればあの皮をかぶったピーナッツのような豆が埋め込まれたせんべいだ。
義母曰く、「最近の大社せんべいはやたら豆が多い、昔は豆を探すのが大変だったのが大安売り状態だ。」
その後得意のR152を杖突峠へ。
目的は高遠のボタン寺。
行ってみて義父が今朝の新聞に載っていた寺じゃないかと言い出した。
その可能性大。
ボタンは、黄色が咲くと終わりだそうだ、黄色が見たければ最後に来れば良く、最盛期を見たければ黄色が咲かないうちに見なければいけない。
私は初めて訪ねた、勿論全員だが。これでまた私の季節リストに新しい銘所が登録される。

2009年5月16日土曜日

お祝い


家族内で良いことがあった。
我々の時代では想像もつかなかったが、今の経済状況からすれば
喜びに相当する出来事だ。
いったいこの国はどうなってしまうのかと思う先行き不安感がとぎれることがないが、そこはそれ人間が何らかのことを考え出して引き継がれていくと言うこととしたい。
妻と二人肩の荷が下りた。娘もうれしいメールを送ってきた。
この出来事を祝うかのように昨日までつぼみだった庭の百合が開花した。
私もうれしい。

2009年5月11日月曜日

藤

大型連休に山間を走ると所々に見られた藤も、今週は下界の平地でも見られる用になってきた。
前日車で走る中、新たな藤を発見、放置されているために樹形は整わないが、それでも見事。
オーソドックスな紫、清純さを訴える白、さらには桃色3色を彩る藤。
紫が個人的には一番か?

2009年5月3日日曜日

美ヶ原は


あいにくの曇天。
昨日の夕方ひょっこり帰ってきた息子とビーナスラインを走ったが、全く青空はなくがっかり。
若干偏光レンズを通すと富士山が見えるのだが、この雲に覆われて展望は不可能。
連休で賑わう白樺湖やビーナスラインを尻目にさっさと降りてきてしまい帰路についた。
善光寺のご開帳のせいか?高速道路は岡谷JCT前後から渋滞が続く、避けて152を杖突峠へ登る、峠では山桜が満開。
先日の陣馬形山の山頂付近よりも若干遅れ気味の満開だ。

2009年5月2日土曜日

涼しさ


小渋ダムを後にして下り出すと滝が。
真夏の日射しの中では涼しげに感じるこの光景も、日射しが強いとはいうもののまだまだその必要性を感じない。
それでも新緑と藤の花に囲まれ激しい音をたてて下り落ちる水はその勢いを訴えかける。
明日からの天気はどうか?まず今日の天気はおさえた。
連休中もう一度、おさえたいものだ。
さて、朝の自販機の当たり の件だが、夕方家でこの写真を整理しているとやけに飼い犬が鳴くので誰が来たのかと思っていた。
玄関が開いたので妻が帰ってきたのかと思うと、犬を抱いた息子が横に立っていた。
なによりこの連休の一番うれしい一瞬。

小渋湖では


陣馬形山の山頂から折草峠に下り、そこから小渋の渓谷へ向かう。
小渋川へ下りきると、峠道では忘れていた南アルプスがその存在をまた現す。
南アルプスからの雪融け水をたたえる小渋湖の奥に、その主が姿を誇示する。
10年ほど前になるだろうか?息子と二人で夜明け前月明かりで釣りに入り、白々とした明かりの中とんでもない岸辺まで降りてしまっていたことを思い出す。

山では山桜が


下界ではとっくに桜は葉桜、それがどうだろう、山ではつい最近が満開だった山桜が花びらを舞わせている。
元来山桜は遅咲きなのだろうが、あちこちに明らかに桜の存在を誇示する桜が色を添えている。
新緑の色並みの中に、そのうす桃色はいっそう存在を訴える。

連休初日


先週陣馬形へ登ったときに新たな中央アルプスを望める場所を見つけた。
連休初日を待って朝から早速行動開始。
行きに妻に頼まれてDVDを返却により、自販機でお茶を買うと 当たり 滅多にないことだが変わったことが起きなければ良いのだが…。
どうだろこの絶景、伊那谷を一またぎに対岸から対岸が望める。
雪が残る中央アルプス、もうすぐ雄大なこの姿も消えてしまう。

2009年4月29日水曜日

はなもも


いよいよGWの到来だ。
妻はそのほとんどを仕事で過ごすが、私は暦通りにお休み。
今日は妻は仕事、一人で花桃の花を撮りに出かけてみた。
他県ナンバーひしめく多くの人がカメラをぶら下げうじょうじょ。
ネットで調べたときには20日がピーク、したがって今日では遅いのかと思いつつ行ってみると、何のことはないまだまだつぼみも見られるちょうどの見頃。
それぞれの季節でそれぞれの場所に出かけるが、だんだん妻との思い出ばかりを思い出すようになってきた。

2009年4月25日土曜日

大平宿へ


笠松山に登ろうと出かけたが、残念ながら林道が途中で閉鎖されていた。
仕方がないのでそこから引き返し、来た道を戻るのではなく鳩打線を大平へ下り大平宿を回ってきた。
まちとは標高差がある割には春は来ていて、青い空に白樺の木、咲き終わった桜、陽に輝く水、芽吹きを始めた雑木が賑わっている。
宿場特有の格子の組子で面を構える町並みは、時間とともに朽ち果て、その色つやを失っているとはいえ栄華を語るには十分。
むしろ修復や立て替えで色つや良く美しさを誇る新手の歴史よりは十分その歴史を語っている。
左いいだ道・右きそ道。私には長坂民造を思い出させる響き。
我がふるさとを思い出させ、何となく自分になじみを与える町並みだ。

2009年4月18日土曜日

記念樹が咲きましたよ。



お兄ちゃんの記念樹 御衣黄 が咲きました。
妹の記念樹 アメリカハナミズキの赤 も咲きました。
桜の開花時期の春の日差しとちょっと冷えた感じが、二人の記念樹が咲く頃には暖かさを伴ってきます。
御衣黄は気をつけていないと葉に隠れて花を見損なってしまいます。赤のハナミズキは白に比べて花が小さく、まさに娘向きの花です。
大事に育てますから。




2009年4月12日日曜日

駒ヶ根 光善寺

で、高遠から駒ヶ根へ。駒ヶ根高原の駒ヶ岳千畳敷カールが残雪で
白いうちに広角でおさめたかったのだが、 何ともどんよりではっきりしない。
仕方がないので予定通り光善寺へ。こちらは桜が早め、まだつぼみの木もある。
妻の幼い頃の話を聞きながら同世代の私の記憶の情景も全く同じだと思いつつ。
春は駆け足で駆け抜け、数多くの名所は秋へと期待を持たせる。
が、寒くなるのはいやなことだ。

高遠城趾公園

まだまだ子供たちが小さい頃、弁当持ちで桜を見に言ったことがある。
その前は私が高校生の時である。
今は妻と二人。
Yくん曰く「エリート桜の集団」。
今年はまさに休日と花と天気が恵まれた。
長野県南部ではそろそろ低地の桜は葉桜に変わりつつある中今が満開。
それにしてもどこへ行っても気になるのが電線。
環境と景観の違いは曖昧だが、生活の必需品とはいえこういった観光地での景観への配慮は文化を守り継承する必須のことと思うのだが…。
誠に残念。

2009年4月10日金曜日

佐倉様


桜もそろそろ飽きてきたが、それでも登ってみた。
日差しを浴びて南アルプスも存在を訴える。
そろそろその存在も息を潜める時期が来たのだが…。
例年になくアルプスの残雪も早めに融けそうで少々寂しい気がする。

2009年4月7日火曜日

蛇峠山


念願の蛇峠山へ登った。
天気が良く空気が澄んでいれば太平洋が黄金色に写るそうだ。
残念ながら今日は駄目、春霞に覆われた南の方向は南アルプスさえも白く包んだ霞の延長で山並みが精一杯。
冬場の空気の澄み切った時期がベストなのか?
昨年の秋、紅葉をおさめようとおもったがついぞあがることが出来なかった。
おそらく山並みの上に黄金色に輝く太平洋が望めるのでは?

2009年4月6日月曜日

母校


我が母校の昇降口付近に結構な桜がある。
が、残念なことに私の高校時代の記憶にはあまり無い。
灯台もと暗し…この桜の存在に今まで気がつかなかった。
行ってみれば結構な桜。
私も息子も娘も同窓生である。
子供たちの記憶には残っているのか?
来年の個人的桜巡りからはこの桜が追加だ。
※追伸…本日は妻の誕生日。

2009年4月3日金曜日

くよとの垂れ桜

市内一円満開の状況。
桜の拝顔に出かけると、短大生か?桜の花に食い入るように写真を撮っていた。
珍しい、今時の携帯電話で写真を撮るのではなくカメラで撮っている。
しかも、一眼レフか?マニュアルフォーカスか?
心が洗われる桜の前で、今時の若い子にさらに心を洗われた気がする。

2009年3月31日火曜日

そろそろ真っ盛り


昨日の夕方のニュースで飯田地方の桜が放映されていた。
当然「清秀桜」も映っていたが、美博の桜も真っ盛りと言うことだった。
早速美博へ。
確かに7部と言ったところだろう、まだまだ蕾も多く満開ではない。
それでも幹から仰ぐ桜の勢いはすごいものがある。
ようやく手に入れた広角で。
春の訪れとともに開花は気分を明るくさせてくれるが、一方で散り行き、他方で新たな満開を迎えるのは盛者必衰を表す人の世と同じか。

2009年3月30日月曜日

桜は見られて美しくなる


娘が春休みを終え、いよいよ学校へ出かける日が近づいてきた。
この春休みは自動車教習所へ通うことでその半分以上を費やした。
それではどこかへ昼食を食べに行こうかと声をかけたのだが、花見に行きたいと言い出かけてみた。
正永寺の枝垂れ桜…樹齢400年だそうだ。
花見というと何本もの本数で圧倒する桜の名所もあるが、神社、寺のように1本もので樹齢を重ねている銘木もある。
若い頃は圧倒する桜のところに行ったものだが、今となると支保をかわれているような老木の美しさを感じる。
「桜は見られて美しくなる。」Y君が教えてくれた。
桜と言えば日本の美、大和魂、どちらかと言えば神風方向の事が思い浮かぶ。確かに桜に人の人生を重ねるとすべてが重ねられる事も事実だ。

2009年3月24日火曜日

南アルプス

水晶山から南アルプスの展望。
残雪が少なめに感じていた南アルプスだが、下界でこれだけ桜が咲き出すとそれなりに残雪が新鮮にうつる。
例年5月の連休まではアルプスの残雪が見られるのだが、この暖かさでいかがなものか?
今しばらく南アルプスの雄姿を誇示する季節が続く。

2009年3月18日水曜日

桜前線ってあってるの?

本日遠山郷 南信濃へ。
訪ねた先の社長が、「堤防ならいける。」と言うので様子をうかがいに。
なんと、遠山川右岸の早生の桜並木はピンク一色。遠州と直接接しているとは言うものの、我々がテレビで承知している桜前線とは全く異なる。

稜線の先に見える太平洋の空を眺め、我がふるさとはアタ炊きと言うことを改めて感じてきた。

2009年3月15日日曜日

本日は私の誕生日


我が家では2・3・4月は誕生日ラッシュ。
息子に始まり妻に終わる、いずれも水瓶、魚、牡羊座の連チャンだ。
これで私もまた一つおじさんになってしまった。
周りを見れば、ごく身近に3/1のY君。3/10のFさん、最近知ったのだが3/13、吉永小百合と同じ誕生日のK部長もいる。魚座軍団は結構優れものだ。…ちなみに我が娘も魚座だが。
夕食時、ようやく娘が誕生日に気がついた。
親子でもひとの誕生日は関係ないわな。
歳をとっても何も変わらず、明日になればまたいつもの通りカリカリしながら仕事です。

2009年3月10日火曜日

黒蝶ダリア


しばらく書き込みをさぼってしまった。

先日議会で彩りを添えた花が有る、黒蝶ダリア。

私自身は全く知らない花だったが、話題に上り早速使ってみた。

黒とは言わないが、その黒蝶という言葉から私が勝手に想像するカラスアゲハの彩りに似ていると思っている。

黒とはいうものの、エンジがかった黒にラメが貼り付けられたような彩りだ。

いわゆる 玉虫色 (ちなみにこの玉虫色を玉串色と勘違いして使っていられる方が多い。)

光の加減でラメがチカチカと輝く気がする。

花言葉…豊かな愛・華麗・移り気…らしい。全く正反対の花言葉を含む。

生産農家へ出かけて話を聞くと「ここのところ下火で人気が落ち込んでいる。」様だ。

きっと私に花心など無く「花」として認識していただけで何度となく出会っていたのかもしれない。

2009年2月25日水曜日

今日は娘の誕生日


画像はないが私にとってはかわいい娘の誕生日が今日だ。
19年前、彼女は病院で産声を聞いたとたんに女の子とわかる鳴き声だった記憶がある。
息子の時は生まれて初めての対面が保育器だった、だが娘は特別大きくもなく、むしろ小さい方であったが出産後1時間ほど妻の横で私が抱いていた。
なんと私に似た女の子か…
その娘も今は東京で一人暮らし、勉学にせっせと励んでいる。
文系の大学にいる息子と比べ、小中高大、今までで一番勉強を強いられているのではないか?
人の命を預かる職業に就くからには、それなりの知識、何よりも覚悟が一番必要だ。
世の中の人がどうとり、どう評価するかそれは勝手だが、私にとってはこの世の中でたった一人の可愛い娘。
彼女の前途に幸多かれと祈る。

2009年2月23日月曜日

ルーリンに挑戦


次お目にかかるのは何千年、何万年といわれるルーリン彗星の撮影に挑戦した。
結果は惨敗、ぶれぶれの火の玉状態だった。
貧弱な軽量三脚にコンパクトカメラでは無理か?望遠鏡もない。
その結果登場する画像はオリオン座のM42星雲。
上記の貧弱機材で10秒露出、おそらく焦点距離200mm近辺。
ISO感度を駆使してのできばえ…
望遠鏡が欲しくなった、出来れば一眼レフのデジタルカメラも、さらには赤道儀も欲しい。
まずは赤道儀付き望遠鏡か?それならコンパクトデジカメでも何とか収まる。
出来ればノータッチで追尾するコンパクトな追尾形の経緯台がいい。
金もないのにクンクンと夢は広がる道楽親父だ。
それより子供の学費が最優先。
ルーリンは24日に地球に再接近、その後当分見られるが、彗星のテールはしばし短くなり反対向きに変わるそうだ。

2009年2月15日日曜日

高嶺山


ネバーランドの信州牛カレーが食べたくて妻と出かけた。
今回は昼食後平谷から矢作川を経由し中津川へ抜けて高速で戻る予定であったが、災害復旧で矢作へ抜ける道が通行止め。
仕方なく151を帰ることとしたが、それだけではおもしろくない。途中高嶺山へ登ってみた。
画像中央一番奥が 恵那山 であるが全く雪がない。それどころかごらんの通り緑が広がり春を思わせる。
151からそれて長者峰までの間積雪が有ったのは2箇所ほど、難なく登ることが出来る。
南の日に照らされて、南アルプスは仙丈ヶ岳以南が積雪を誇示しているがこれもまた例年に比べると白さが弱く黒が目立つ。
このまま春になるのか?そんなことは無いだろう。

2009年2月8日日曜日

木曽の御嶽山


昼近くに突然思いついて久しぶりに木曽のそばを食べに行こうと言うことになった。
すでにお目当てのそば屋さんは満席だろうと12時半頃に到着すると思ったより空席が目立つ。
春から秋にかけての行楽シーズンは昼前から混雑し、昼に行ったのでは待たなければ食べられないそば屋さんも、冬季は端境期、地元の人たちがメインのようだ。
食事後、御嶽山を見ようと開田高原へ回り込んだ、高原を通り抜けいつかこの道で行きたい高山とは反対方向へ回り込む。画像のような見事な木曽御嶽山が。
信仰の山として名高いこの山は登ったことがない。冬は別として下界とは全く違ったかなりフライングした紅葉も有名だ。それにしても日本の自然は美しい。

2009年2月3日火曜日

息子

2月3日は節分の日。
21年前のこの日は冷たい風に雪が交じり勢いよく吹き付ける日だった。私もそのときはまだ24歳。
初めての経験、不安を抱えていたことに違いはなかった。
看護師さんに言われるまでその誕生を知らなかったが、声をかけられ男の子だと知らされ初めて対面した時の情景は生涯忘れないだろう。
何とも目の大きな小さな赤ちゃんだった。

あれから21年、あっという間の月日だった。
中学から始めたテニスにとりつかれ、未だにテニス三昧だ。今ではその息子も21歳。
自ら望む大学に進学し3年が過ぎようとしている。昨今の不景気の状況で就職が危ぶまれる。
大きく羽ばたく人生を歩んで欲しいと思いながらも、やはり親元へ帰ってきて欲しいと思わずにはいられない。
これまで与えてくれた思い出に感謝しながら、これからも体を大切に元気でがんばることを願う。
画像は2005年12月従姉妹の結婚式で、大学受験を控えた高校3年生の時。

2009年1月15日木曜日

昨夜の積雪が残る中、城山へ登ってみた。
南アルプスの山並みと中央アルプス、伊那谷が一望できるとともに思いもやらぬ景色=恵那山がやんわりとその姿を朝日に光らせている。
過去高嶺山の山頂からおさえた写真は有るが、ここからおさえた写真は初めて、妙に身近に感じる。
子供の頃の恵那山に比べるとかなり優しく思える。
この山も今後追いかけて行かなくては。
中央:恵那山、左右に走るのが中央道、下に向かっているのは三遠南信自動車道。

2009年1月5日月曜日

謹賀新年

息子も娘もそれぞれの大学に戻りまた通常の生活が始まりました。
今日が仕事始め。
年末から年始、今日に至るまで好天に恵まれ比較的暖かい年越しを迎
えました。
伊那谷=飯田の夜明け、景気に左右されず飯田市の存続を願います。