2009年5月2日土曜日

小渋湖では


陣馬形山の山頂から折草峠に下り、そこから小渋の渓谷へ向かう。
小渋川へ下りきると、峠道では忘れていた南アルプスがその存在をまた現す。
南アルプスからの雪融け水をたたえる小渋湖の奥に、その主が姿を誇示する。
10年ほど前になるだろうか?息子と二人で夜明け前月明かりで釣りに入り、白々とした明かりの中とんでもない岸辺まで降りてしまっていたことを思い出す。

山では山桜が


下界ではとっくに桜は葉桜、それがどうだろう、山ではつい最近が満開だった山桜が花びらを舞わせている。
元来山桜は遅咲きなのだろうが、あちこちに明らかに桜の存在を誇示する桜が色を添えている。
新緑の色並みの中に、そのうす桃色はいっそう存在を訴える。

連休初日


先週陣馬形へ登ったときに新たな中央アルプスを望める場所を見つけた。
連休初日を待って朝から早速行動開始。
行きに妻に頼まれてDVDを返却により、自販機でお茶を買うと 当たり 滅多にないことだが変わったことが起きなければ良いのだが…。
どうだろこの絶景、伊那谷を一またぎに対岸から対岸が望める。
雪が残る中央アルプス、もうすぐ雄大なこの姿も消えてしまう。

2009年4月29日水曜日

はなもも


いよいよGWの到来だ。
妻はそのほとんどを仕事で過ごすが、私は暦通りにお休み。
今日は妻は仕事、一人で花桃の花を撮りに出かけてみた。
他県ナンバーひしめく多くの人がカメラをぶら下げうじょうじょ。
ネットで調べたときには20日がピーク、したがって今日では遅いのかと思いつつ行ってみると、何のことはないまだまだつぼみも見られるちょうどの見頃。
それぞれの季節でそれぞれの場所に出かけるが、だんだん妻との思い出ばかりを思い出すようになってきた。

2009年4月25日土曜日

大平宿へ


笠松山に登ろうと出かけたが、残念ながら林道が途中で閉鎖されていた。
仕方がないのでそこから引き返し、来た道を戻るのではなく鳩打線を大平へ下り大平宿を回ってきた。
まちとは標高差がある割には春は来ていて、青い空に白樺の木、咲き終わった桜、陽に輝く水、芽吹きを始めた雑木が賑わっている。
宿場特有の格子の組子で面を構える町並みは、時間とともに朽ち果て、その色つやを失っているとはいえ栄華を語るには十分。
むしろ修復や立て替えで色つや良く美しさを誇る新手の歴史よりは十分その歴史を語っている。
左いいだ道・右きそ道。私には長坂民造を思い出させる響き。
我がふるさとを思い出させ、何となく自分になじみを与える町並みだ。

2009年4月18日土曜日

記念樹が咲きましたよ。



お兄ちゃんの記念樹 御衣黄 が咲きました。
妹の記念樹 アメリカハナミズキの赤 も咲きました。
桜の開花時期の春の日差しとちょっと冷えた感じが、二人の記念樹が咲く頃には暖かさを伴ってきます。
御衣黄は気をつけていないと葉に隠れて花を見損なってしまいます。赤のハナミズキは白に比べて花が小さく、まさに娘向きの花です。
大事に育てますから。




2009年4月12日日曜日

駒ヶ根 光善寺

で、高遠から駒ヶ根へ。駒ヶ根高原の駒ヶ岳千畳敷カールが残雪で
白いうちに広角でおさめたかったのだが、 何ともどんよりではっきりしない。
仕方がないので予定通り光善寺へ。こちらは桜が早め、まだつぼみの木もある。
妻の幼い頃の話を聞きながら同世代の私の記憶の情景も全く同じだと思いつつ。
春は駆け足で駆け抜け、数多くの名所は秋へと期待を持たせる。
が、寒くなるのはいやなことだ。

高遠城趾公園

まだまだ子供たちが小さい頃、弁当持ちで桜を見に言ったことがある。
その前は私が高校生の時である。
今は妻と二人。
Yくん曰く「エリート桜の集団」。
今年はまさに休日と花と天気が恵まれた。
長野県南部ではそろそろ低地の桜は葉桜に変わりつつある中今が満開。
それにしてもどこへ行っても気になるのが電線。
環境と景観の違いは曖昧だが、生活の必需品とはいえこういった観光地での景観への配慮は文化を守り継承する必須のことと思うのだが…。
誠に残念。

2009年4月10日金曜日

佐倉様


桜もそろそろ飽きてきたが、それでも登ってみた。
日差しを浴びて南アルプスも存在を訴える。
そろそろその存在も息を潜める時期が来たのだが…。
例年になくアルプスの残雪も早めに融けそうで少々寂しい気がする。

2009年4月7日火曜日

蛇峠山


念願の蛇峠山へ登った。
天気が良く空気が澄んでいれば太平洋が黄金色に写るそうだ。
残念ながら今日は駄目、春霞に覆われた南の方向は南アルプスさえも白く包んだ霞の延長で山並みが精一杯。
冬場の空気の澄み切った時期がベストなのか?
昨年の秋、紅葉をおさめようとおもったがついぞあがることが出来なかった。
おそらく山並みの上に黄金色に輝く太平洋が望めるのでは?

2009年4月6日月曜日

母校


我が母校の昇降口付近に結構な桜がある。
が、残念なことに私の高校時代の記憶にはあまり無い。
灯台もと暗し…この桜の存在に今まで気がつかなかった。
行ってみれば結構な桜。
私も息子も娘も同窓生である。
子供たちの記憶には残っているのか?
来年の個人的桜巡りからはこの桜が追加だ。
※追伸…本日は妻の誕生日。

2009年4月3日金曜日

くよとの垂れ桜

市内一円満開の状況。
桜の拝顔に出かけると、短大生か?桜の花に食い入るように写真を撮っていた。
珍しい、今時の携帯電話で写真を撮るのではなくカメラで撮っている。
しかも、一眼レフか?マニュアルフォーカスか?
心が洗われる桜の前で、今時の若い子にさらに心を洗われた気がする。

2009年3月31日火曜日

そろそろ真っ盛り


昨日の夕方のニュースで飯田地方の桜が放映されていた。
当然「清秀桜」も映っていたが、美博の桜も真っ盛りと言うことだった。
早速美博へ。
確かに7部と言ったところだろう、まだまだ蕾も多く満開ではない。
それでも幹から仰ぐ桜の勢いはすごいものがある。
ようやく手に入れた広角で。
春の訪れとともに開花は気分を明るくさせてくれるが、一方で散り行き、他方で新たな満開を迎えるのは盛者必衰を表す人の世と同じか。

2009年3月30日月曜日

桜は見られて美しくなる


娘が春休みを終え、いよいよ学校へ出かける日が近づいてきた。
この春休みは自動車教習所へ通うことでその半分以上を費やした。
それではどこかへ昼食を食べに行こうかと声をかけたのだが、花見に行きたいと言い出かけてみた。
正永寺の枝垂れ桜…樹齢400年だそうだ。
花見というと何本もの本数で圧倒する桜の名所もあるが、神社、寺のように1本もので樹齢を重ねている銘木もある。
若い頃は圧倒する桜のところに行ったものだが、今となると支保をかわれているような老木の美しさを感じる。
「桜は見られて美しくなる。」Y君が教えてくれた。
桜と言えば日本の美、大和魂、どちらかと言えば神風方向の事が思い浮かぶ。確かに桜に人の人生を重ねるとすべてが重ねられる事も事実だ。

2009年3月24日火曜日

南アルプス

水晶山から南アルプスの展望。
残雪が少なめに感じていた南アルプスだが、下界でこれだけ桜が咲き出すとそれなりに残雪が新鮮にうつる。
例年5月の連休まではアルプスの残雪が見られるのだが、この暖かさでいかがなものか?
今しばらく南アルプスの雄姿を誇示する季節が続く。

2009年3月18日水曜日

桜前線ってあってるの?

本日遠山郷 南信濃へ。
訪ねた先の社長が、「堤防ならいける。」と言うので様子をうかがいに。
なんと、遠山川右岸の早生の桜並木はピンク一色。遠州と直接接しているとは言うものの、我々がテレビで承知している桜前線とは全く異なる。

稜線の先に見える太平洋の空を眺め、我がふるさとはアタ炊きと言うことを改めて感じてきた。

2009年3月15日日曜日

本日は私の誕生日


我が家では2・3・4月は誕生日ラッシュ。
息子に始まり妻に終わる、いずれも水瓶、魚、牡羊座の連チャンだ。
これで私もまた一つおじさんになってしまった。
周りを見れば、ごく身近に3/1のY君。3/10のFさん、最近知ったのだが3/13、吉永小百合と同じ誕生日のK部長もいる。魚座軍団は結構優れものだ。…ちなみに我が娘も魚座だが。
夕食時、ようやく娘が誕生日に気がついた。
親子でもひとの誕生日は関係ないわな。
歳をとっても何も変わらず、明日になればまたいつもの通りカリカリしながら仕事です。

2009年3月10日火曜日

黒蝶ダリア


しばらく書き込みをさぼってしまった。

先日議会で彩りを添えた花が有る、黒蝶ダリア。

私自身は全く知らない花だったが、話題に上り早速使ってみた。

黒とは言わないが、その黒蝶という言葉から私が勝手に想像するカラスアゲハの彩りに似ていると思っている。

黒とはいうものの、エンジがかった黒にラメが貼り付けられたような彩りだ。

いわゆる 玉虫色 (ちなみにこの玉虫色を玉串色と勘違いして使っていられる方が多い。)

光の加減でラメがチカチカと輝く気がする。

花言葉…豊かな愛・華麗・移り気…らしい。全く正反対の花言葉を含む。

生産農家へ出かけて話を聞くと「ここのところ下火で人気が落ち込んでいる。」様だ。

きっと私に花心など無く「花」として認識していただけで何度となく出会っていたのかもしれない。

2009年2月25日水曜日

今日は娘の誕生日


画像はないが私にとってはかわいい娘の誕生日が今日だ。
19年前、彼女は病院で産声を聞いたとたんに女の子とわかる鳴き声だった記憶がある。
息子の時は生まれて初めての対面が保育器だった、だが娘は特別大きくもなく、むしろ小さい方であったが出産後1時間ほど妻の横で私が抱いていた。
なんと私に似た女の子か…
その娘も今は東京で一人暮らし、勉学にせっせと励んでいる。
文系の大学にいる息子と比べ、小中高大、今までで一番勉強を強いられているのではないか?
人の命を預かる職業に就くからには、それなりの知識、何よりも覚悟が一番必要だ。
世の中の人がどうとり、どう評価するかそれは勝手だが、私にとってはこの世の中でたった一人の可愛い娘。
彼女の前途に幸多かれと祈る。

2009年2月23日月曜日

ルーリンに挑戦


次お目にかかるのは何千年、何万年といわれるルーリン彗星の撮影に挑戦した。
結果は惨敗、ぶれぶれの火の玉状態だった。
貧弱な軽量三脚にコンパクトカメラでは無理か?望遠鏡もない。
その結果登場する画像はオリオン座のM42星雲。
上記の貧弱機材で10秒露出、おそらく焦点距離200mm近辺。
ISO感度を駆使してのできばえ…
望遠鏡が欲しくなった、出来れば一眼レフのデジタルカメラも、さらには赤道儀も欲しい。
まずは赤道儀付き望遠鏡か?それならコンパクトデジカメでも何とか収まる。
出来ればノータッチで追尾するコンパクトな追尾形の経緯台がいい。
金もないのにクンクンと夢は広がる道楽親父だ。
それより子供の学費が最優先。
ルーリンは24日に地球に再接近、その後当分見られるが、彗星のテールはしばし短くなり反対向きに変わるそうだ。

2009年2月15日日曜日

高嶺山


ネバーランドの信州牛カレーが食べたくて妻と出かけた。
今回は昼食後平谷から矢作川を経由し中津川へ抜けて高速で戻る予定であったが、災害復旧で矢作へ抜ける道が通行止め。
仕方なく151を帰ることとしたが、それだけではおもしろくない。途中高嶺山へ登ってみた。
画像中央一番奥が 恵那山 であるが全く雪がない。それどころかごらんの通り緑が広がり春を思わせる。
151からそれて長者峰までの間積雪が有ったのは2箇所ほど、難なく登ることが出来る。
南の日に照らされて、南アルプスは仙丈ヶ岳以南が積雪を誇示しているがこれもまた例年に比べると白さが弱く黒が目立つ。
このまま春になるのか?そんなことは無いだろう。

2009年2月8日日曜日

木曽の御嶽山


昼近くに突然思いついて久しぶりに木曽のそばを食べに行こうと言うことになった。
すでにお目当てのそば屋さんは満席だろうと12時半頃に到着すると思ったより空席が目立つ。
春から秋にかけての行楽シーズンは昼前から混雑し、昼に行ったのでは待たなければ食べられないそば屋さんも、冬季は端境期、地元の人たちがメインのようだ。
食事後、御嶽山を見ようと開田高原へ回り込んだ、高原を通り抜けいつかこの道で行きたい高山とは反対方向へ回り込む。画像のような見事な木曽御嶽山が。
信仰の山として名高いこの山は登ったことがない。冬は別として下界とは全く違ったかなりフライングした紅葉も有名だ。それにしても日本の自然は美しい。

2009年2月3日火曜日

息子

2月3日は節分の日。
21年前のこの日は冷たい風に雪が交じり勢いよく吹き付ける日だった。私もそのときはまだ24歳。
初めての経験、不安を抱えていたことに違いはなかった。
看護師さんに言われるまでその誕生を知らなかったが、声をかけられ男の子だと知らされ初めて対面した時の情景は生涯忘れないだろう。
何とも目の大きな小さな赤ちゃんだった。

あれから21年、あっという間の月日だった。
中学から始めたテニスにとりつかれ、未だにテニス三昧だ。今ではその息子も21歳。
自ら望む大学に進学し3年が過ぎようとしている。昨今の不景気の状況で就職が危ぶまれる。
大きく羽ばたく人生を歩んで欲しいと思いながらも、やはり親元へ帰ってきて欲しいと思わずにはいられない。
これまで与えてくれた思い出に感謝しながら、これからも体を大切に元気でがんばることを願う。
画像は2005年12月従姉妹の結婚式で、大学受験を控えた高校3年生の時。

2009年1月15日木曜日

昨夜の積雪が残る中、城山へ登ってみた。
南アルプスの山並みと中央アルプス、伊那谷が一望できるとともに思いもやらぬ景色=恵那山がやんわりとその姿を朝日に光らせている。
過去高嶺山の山頂からおさえた写真は有るが、ここからおさえた写真は初めて、妙に身近に感じる。
子供の頃の恵那山に比べるとかなり優しく思える。
この山も今後追いかけて行かなくては。
中央:恵那山、左右に走るのが中央道、下に向かっているのは三遠南信自動車道。

2009年1月5日月曜日

謹賀新年

息子も娘もそれぞれの大学に戻りまた通常の生活が始まりました。
今日が仕事始め。
年末から年始、今日に至るまで好天に恵まれ比較的暖かい年越しを迎
えました。
伊那谷=飯田の夜明け、景気に左右されず飯田市の存続を願います。

2008年12月7日日曜日

駒ヶ岳が


前回登ったときには西風にあおられ、木曽谷からのフェーンで雲をかぶり込んでいた駒ヶ岳だが、

昨日の荒天に期待して朝から登ってみた。

思った通り、朝日を浴び千畳敷カールがすっかり雪をいただいて天を受けている。

積雪のない時にはさほど目立たない千畳敷ホテルもくっきり、おまけにロープーウェイの鉄塔の朱までくっきりと見える。

ホテル上のトップが宝剣岳、右へ降りて中岳を経て駒ヶ岳山頂へ。

振り返って南アルプスは、朝の逆行を浴びて稜線をくっきりと見せるだけである。

しかしながら時間とともに斜光に浴びるとやたら雪面がきらきら=テカテカと輝き出す。

なかなかその様子を写し撮ることはできないが、それはそれで美しさを見せてくれる。

2008年11月24日月曜日

香嵐渓2


帰り道は東海環状を選択、足助町を抜ける3kmほどが相当の渋滞。

おそらくここを抜けるのに30分はかかっただろう。

我々が153側からすんなり入れたことを思うと、反対側の名古屋方面から入る道は大渋滞。

最終的に足助町の中心街から延々とグリーン道路入り口の約10km間はほとんど動くことない渋滞だった。

また来年もチャレンジだ。

香嵐渓


今週が紅葉の最後かと、愛知県の香嵐渓へ出かけた。

ナビでは高速道路を進めたが、153で。

道中ネバーランドで毎度のカレーを食べ、いざ香嵐渓へ。

実はこれが正解。香嵐渓は大渋滞、早めに個人の800円の駐車場へ車をおいて歩くこと10分ほど。

一回りするもねやねやの状況で思うように歩くことは出来ない混み合い。

おまけに食に関する部分はどこも行列状態でどこのお父さんも並んで待っている。

一回りして、さらには香積寺(こじゃくじ)まで登り秋を満喫。

久しぶりに観光地へやってきた思いだった。

2008年11月21日金曜日

南アルプスが雪化粧2


南アルプス全景。

左端が仙丈岳。

残念ながら振り返った中央アルプスの稜線は木曽谷からの西風にあおられ、巻き込んだ雲に隠されていた。

南アルプスが雪化粧


満を持して南アルプスがその姿を現した。自分自身は例年より早く感じるが、一挙に雪化粧をした塩見岳?その切り立った姿はエベレストを思わせる。火山では見られない、隆起による堆積岩の造山特有の切り立ち方だ。<

2008年11月17日月曜日

黄金の紅葉


荒天が続く中気がかりだったイチョウを撮りに。

昨日も雨で落ち葉が気になっていたが、職場のY君とともに。

まさに黄金。…電線が残念。

2008年11月1日土曜日

この秋一番の出来


連休で娘が帰省した。

先週の写真を送ったところ見に行きたいというので満を持して?少々遅いのではないかと想いつつつれていってみた。

この彩り、今年一番の美しさに思う。

2008年10月31日金曜日

夢の中央新幹線


何日か前の話ではあるが、JR東日本が中央新幹線=リニアモーターカーのルートに関わる調査の結果を発表し、国交省へ報告をした。

ルートには3ルートあり、長野県は県民の総意(昔民意の総意とよく使った田中康夫という人もいた)としてBルート(東京~諏訪~伊那谷~名古屋)だそうだ。

JRはCルート(東京~飯田~名古屋)が経済性、リニアの特性からも有利とこだわった発言をした。

私もそう思う。

私の子供の頃から「リニアモーターカー」は存在した、ようやく夢の新幹線が実現される段階になって長野県=村井知事も情けない発言だ。

リニアが長野県を通る、県をあげてJRを応援する。ましてJRが自費で建設するのだから諸手を挙げて応援する。

そんな姿勢はどこにもなく、ただ自分のところを通らないことを批判するのに徹する各市町村の長はいかがなものか?

そんなどころか、今日の新聞によるとJRが申請した、南アルプス作業道の農地転用申請を受け入れず、JRはそれをあきらめたとある。

これって県知事のご機嫌をとるJRに対する嫌がらせ?

ルートに関わる市町村をまとめきれない村井さんの力のなさ+その知事のご機嫌を伺って農地転用の書類を受けない職員。

古くから北高南低と言われた長野県政は未だに受け継がれ、新幹線、高速道路、さらには夢の新幹線も長野県の南部には与えてもらえない。

2008年10月28日火曜日

雪が、


竜東の秘密の場所?=3本白樺の木がある馬の背へ、駒ヶ岳に雪が。
下界では紅葉を待っているのに山頂では雪。
南アルプスも雪を被ったと聞いたのですが…、確認できません。

2008年10月26日日曜日

長野県南部の紅葉2




雨降りの中県境を越えて愛知県へ。茶臼山⇒根羽村へ。
冷たい雨が降る中、既にその寒さは冬でした。
しかしながら紅葉は待ってくれない、見渡す限り霧に包まれながらも見える範囲の紅葉は真っ盛り。荒天にもかかわらず多くの人が訪れています。

2008年10月21日火曜日

長野県南部の紅葉







信州南部、平谷、旧浪合村へ行ってきました。
県中部でもまだまだの紅葉が、何故南部でこんな状況なのか?
標高か?地形か?
とにかく真っ盛り。
紅葉は字のごとく紅葉の木の赤がポイント、ナナカマドの赤も良いけど…。いよいよ冬が近くまでやってきています。

2008年10月16日木曜日

ダルマ


これがダルマ。

その頃1600ccといえば十分、2000ccなどもってのほか、デビューした2800ccのソアラなどはとてつもない化け物に見えた。

ハコスカ


私が車に乗りだした頃、すでになかなか手に入らなかった名車だ。

ハコスカ、ケンメリ、ジャパン。

まあ、当時の族車。ケンメリ波ありふれていたし、ジャパンも結構だった。

しかしこのハコスカは破格の値段で売られていた。

私は当時セリカのダルマと呼ばれるクーペタイプがほしかったが、未だに乗ったことはない。

ダルマの白。このSTではなくGTがあこがれの名車だ。

前期と後期ではフロントサイドマーカー部分がとがっているのとすとんと落ちている違いがある。

私はとがった前期タイプ。

重いとは全く違う37レビンで青春時代を過ごした。

2008年10月3日金曜日

森将軍塚古墳


千曲市の森将軍塚古墳へ寄ってみた。

前々より一度はみたいところであったのだが、時間と都合の関係でよれずにいたところだ。

知ってからHPで何度かのぞいたが、その規模は想像することができず、むしろかなり大きなスケールを想像していた。

現実は、想像していたよりは小さい、…私の勝手な想像でありそれでもでかいが。

古墳館もしっかりみた後古墳へ上がってみた。

歩いても行けるが15分程度、入場券を購入する際セットで買えばバスでの送迎がつく。

館でその復元までをみると長い年月の風化=自然の力を感じる。

元々善光寺平は古墳の宝庫のようだ、おそらく列島創造後この地に人間が住み着いた時にはほとんどこの状況であったのだろう。

そうやって年表を思い浮かべれば人類の歴史など地球の、宇宙の歴史からすればほんの瞬きに過ぎない。

ちなみに森将軍とは森という将軍の古墳ではない。

森地区の偉い人の古墳ということらしい。

2008年8月31日日曜日

再びビーナスライン


娘が夏休みを終わって出かけるのが近くなり、電気屋へ出かけたはずが白樺湖、美ヶ原まできてしまった。

前回の渋滞は何のその、ビーナスラインもスキスキ。

あいにく夏の雲でアルプスはみられなかったが、ま、娘も満足か?

という娘もまだ1ヶ月ほど休みはあるが、東京でお連れと遊びたいのだろう。

2008年7月31日木曜日

陣馬形山へ


思いつきでY君と陣馬形へ登った。

あいにく天気がよくない、はれていれば伊那谷、南アルプスが一望のはずなのだが。

眼下に広がる飯田~伊那、思っているよりも北上している、正面は飯島あたり、山頂からすぐ右手に駒ヶ根のまち、右上には木曽駒の千畳敷カールが見える。

毎度ながら雪をいただいた中・南アルプスの方がその雄大さを物語る。

2008年7月19日土曜日

再び海野宿・美ヶ原【152走破シリーズ完結】




かねてより妻が行きたがっていた海野宿へ152走破もかねて実行。


妻とにかく有名な「うだつ」を是非みたいということだ。


海野宿に限らずうだつは有名な古い町並みには結構存在する。


行きは岡谷から142経由ビーナスライン予定だったが、それ口に気がつかずそのまま和田峠まで登ってしまった。すかさずトンネルをくぐらずに旧道へ。


初夏の日に富士山まで見えていたのでは?…おそらく見えていた。


そのまま152へ合流。


信濃鉄道大谷駅前で右折すればもうそれは北国街道、駅前が北国街道と秋葉街道の交差点だ。


しばらく海野宿を多能した後、国道18号へ出て152の終点から南下。
あっという間の白樺湖であった。
多くの車がビーナスラインへ上がるので、帰りに利用しようと思っていたが様子見に上がってみた。
車山からさきはほとんど渋滞、燃料急騰の折テレビのニュースでは苦言ばかりのユーザーが多いが、そんなことはない。苦言とは別に車の台数は湯水のごとくわき上がる。展望台などはとても車を止めることはできない。
ちなみにビーナスラインをあきらめ、大門街道を下るが、上がる車、観光バスの多さ。
丸い稜線は老年期の山を思わせる、しかも東西方向の稜線だ。
南部では南北方向の稜線に、血気盛んな青年期の山に切り立った稜線しか望めない。
そういえば、恵那を超え茶臼山を含めた三河大地の山並みもこんな感じだ。






2008年7月13日日曜日

浜松~地蔵峠・浜松発【152走破シリーズ】



Y君が152南方方面の探索に出かけた。


わざわざ奥さん同伴で一泊行程、しかも北上し20号を南下、


韮崎で52号に乗り換えて身延山の谷を下る、出たところは国1。


いただいた写真の中にはきれいな海も有る。


どうやら152起点は浜松市の連尺交差点のようだ。


そこから、152をひたすら北上、三遠南信自動車道の草木トンネ。


どう見ても静岡県側の整備が進んでいる気がする。


写真はY君提供、ご苦労様でした。

2008年7月6日日曜日

しんわの丘ローズガーデン


博物館でもらった高遠内の案内図にローズガーデンが載っていた。

昼食をとる場所も未定な我々にとってどことなく行ってみることで出会いがある。

時期すでに遅し、来年はもう少し早く来るべし。

6月中旬がベストだろう、お出かけメモに記載。

高遠城址




江島の囲い屋敷と桜で有名な高遠城址へ。


あの桜の時の勢いはどこへ?


ひたすら人のいない城址、当たり前か?


気になっていた江島の屋敷へ、何とも質素な部屋に一輪の花。


木造の家、障子一枚の戸、家財のない部屋。


そこに着物姿で生活をしたと思うと、なんと日本人の文化は質素なものか?