2009年4月29日水曜日

はなもも


いよいよGWの到来だ。
妻はそのほとんどを仕事で過ごすが、私は暦通りにお休み。
今日は妻は仕事、一人で花桃の花を撮りに出かけてみた。
他県ナンバーひしめく多くの人がカメラをぶら下げうじょうじょ。
ネットで調べたときには20日がピーク、したがって今日では遅いのかと思いつつ行ってみると、何のことはないまだまだつぼみも見られるちょうどの見頃。
それぞれの季節でそれぞれの場所に出かけるが、だんだん妻との思い出ばかりを思い出すようになってきた。

2009年4月25日土曜日

大平宿へ


笠松山に登ろうと出かけたが、残念ながら林道が途中で閉鎖されていた。
仕方がないのでそこから引き返し、来た道を戻るのではなく鳩打線を大平へ下り大平宿を回ってきた。
まちとは標高差がある割には春は来ていて、青い空に白樺の木、咲き終わった桜、陽に輝く水、芽吹きを始めた雑木が賑わっている。
宿場特有の格子の組子で面を構える町並みは、時間とともに朽ち果て、その色つやを失っているとはいえ栄華を語るには十分。
むしろ修復や立て替えで色つや良く美しさを誇る新手の歴史よりは十分その歴史を語っている。
左いいだ道・右きそ道。私には長坂民造を思い出させる響き。
我がふるさとを思い出させ、何となく自分になじみを与える町並みだ。

2009年4月18日土曜日

記念樹が咲きましたよ。



お兄ちゃんの記念樹 御衣黄 が咲きました。
妹の記念樹 アメリカハナミズキの赤 も咲きました。
桜の開花時期の春の日差しとちょっと冷えた感じが、二人の記念樹が咲く頃には暖かさを伴ってきます。
御衣黄は気をつけていないと葉に隠れて花を見損なってしまいます。赤のハナミズキは白に比べて花が小さく、まさに娘向きの花です。
大事に育てますから。




2009年4月12日日曜日

駒ヶ根 光善寺

で、高遠から駒ヶ根へ。駒ヶ根高原の駒ヶ岳千畳敷カールが残雪で
白いうちに広角でおさめたかったのだが、 何ともどんよりではっきりしない。
仕方がないので予定通り光善寺へ。こちらは桜が早め、まだつぼみの木もある。
妻の幼い頃の話を聞きながら同世代の私の記憶の情景も全く同じだと思いつつ。
春は駆け足で駆け抜け、数多くの名所は秋へと期待を持たせる。
が、寒くなるのはいやなことだ。

高遠城趾公園

まだまだ子供たちが小さい頃、弁当持ちで桜を見に言ったことがある。
その前は私が高校生の時である。
今は妻と二人。
Yくん曰く「エリート桜の集団」。
今年はまさに休日と花と天気が恵まれた。
長野県南部ではそろそろ低地の桜は葉桜に変わりつつある中今が満開。
それにしてもどこへ行っても気になるのが電線。
環境と景観の違いは曖昧だが、生活の必需品とはいえこういった観光地での景観への配慮は文化を守り継承する必須のことと思うのだが…。
誠に残念。

2009年4月10日金曜日

佐倉様


桜もそろそろ飽きてきたが、それでも登ってみた。
日差しを浴びて南アルプスも存在を訴える。
そろそろその存在も息を潜める時期が来たのだが…。
例年になくアルプスの残雪も早めに融けそうで少々寂しい気がする。

2009年4月7日火曜日

蛇峠山


念願の蛇峠山へ登った。
天気が良く空気が澄んでいれば太平洋が黄金色に写るそうだ。
残念ながら今日は駄目、春霞に覆われた南の方向は南アルプスさえも白く包んだ霞の延長で山並みが精一杯。
冬場の空気の澄み切った時期がベストなのか?
昨年の秋、紅葉をおさめようとおもったがついぞあがることが出来なかった。
おそらく山並みの上に黄金色に輝く太平洋が望めるのでは?

2009年4月6日月曜日

母校


我が母校の昇降口付近に結構な桜がある。
が、残念なことに私の高校時代の記憶にはあまり無い。
灯台もと暗し…この桜の存在に今まで気がつかなかった。
行ってみれば結構な桜。
私も息子も娘も同窓生である。
子供たちの記憶には残っているのか?
来年の個人的桜巡りからはこの桜が追加だ。
※追伸…本日は妻の誕生日。

2009年4月3日金曜日

くよとの垂れ桜

市内一円満開の状況。
桜の拝顔に出かけると、短大生か?桜の花に食い入るように写真を撮っていた。
珍しい、今時の携帯電話で写真を撮るのではなくカメラで撮っている。
しかも、一眼レフか?マニュアルフォーカスか?
心が洗われる桜の前で、今時の若い子にさらに心を洗われた気がする。

2009年3月31日火曜日

そろそろ真っ盛り


昨日の夕方のニュースで飯田地方の桜が放映されていた。
当然「清秀桜」も映っていたが、美博の桜も真っ盛りと言うことだった。
早速美博へ。
確かに7部と言ったところだろう、まだまだ蕾も多く満開ではない。
それでも幹から仰ぐ桜の勢いはすごいものがある。
ようやく手に入れた広角で。
春の訪れとともに開花は気分を明るくさせてくれるが、一方で散り行き、他方で新たな満開を迎えるのは盛者必衰を表す人の世と同じか。

2009年3月30日月曜日

桜は見られて美しくなる


娘が春休みを終え、いよいよ学校へ出かける日が近づいてきた。
この春休みは自動車教習所へ通うことでその半分以上を費やした。
それではどこかへ昼食を食べに行こうかと声をかけたのだが、花見に行きたいと言い出かけてみた。
正永寺の枝垂れ桜…樹齢400年だそうだ。
花見というと何本もの本数で圧倒する桜の名所もあるが、神社、寺のように1本もので樹齢を重ねている銘木もある。
若い頃は圧倒する桜のところに行ったものだが、今となると支保をかわれているような老木の美しさを感じる。
「桜は見られて美しくなる。」Y君が教えてくれた。
桜と言えば日本の美、大和魂、どちらかと言えば神風方向の事が思い浮かぶ。確かに桜に人の人生を重ねるとすべてが重ねられる事も事実だ。

2009年3月24日火曜日

南アルプス

水晶山から南アルプスの展望。
残雪が少なめに感じていた南アルプスだが、下界でこれだけ桜が咲き出すとそれなりに残雪が新鮮にうつる。
例年5月の連休まではアルプスの残雪が見られるのだが、この暖かさでいかがなものか?
今しばらく南アルプスの雄姿を誇示する季節が続く。

2009年3月18日水曜日

桜前線ってあってるの?

本日遠山郷 南信濃へ。
訪ねた先の社長が、「堤防ならいける。」と言うので様子をうかがいに。
なんと、遠山川右岸の早生の桜並木はピンク一色。遠州と直接接しているとは言うものの、我々がテレビで承知している桜前線とは全く異なる。

稜線の先に見える太平洋の空を眺め、我がふるさとはアタ炊きと言うことを改めて感じてきた。

2009年3月15日日曜日

本日は私の誕生日


我が家では2・3・4月は誕生日ラッシュ。
息子に始まり妻に終わる、いずれも水瓶、魚、牡羊座の連チャンだ。
これで私もまた一つおじさんになってしまった。
周りを見れば、ごく身近に3/1のY君。3/10のFさん、最近知ったのだが3/13、吉永小百合と同じ誕生日のK部長もいる。魚座軍団は結構優れものだ。…ちなみに我が娘も魚座だが。
夕食時、ようやく娘が誕生日に気がついた。
親子でもひとの誕生日は関係ないわな。
歳をとっても何も変わらず、明日になればまたいつもの通りカリカリしながら仕事です。

2009年3月10日火曜日

黒蝶ダリア


しばらく書き込みをさぼってしまった。

先日議会で彩りを添えた花が有る、黒蝶ダリア。

私自身は全く知らない花だったが、話題に上り早速使ってみた。

黒とは言わないが、その黒蝶という言葉から私が勝手に想像するカラスアゲハの彩りに似ていると思っている。

黒とはいうものの、エンジがかった黒にラメが貼り付けられたような彩りだ。

いわゆる 玉虫色 (ちなみにこの玉虫色を玉串色と勘違いして使っていられる方が多い。)

光の加減でラメがチカチカと輝く気がする。

花言葉…豊かな愛・華麗・移り気…らしい。全く正反対の花言葉を含む。

生産農家へ出かけて話を聞くと「ここのところ下火で人気が落ち込んでいる。」様だ。

きっと私に花心など無く「花」として認識していただけで何度となく出会っていたのかもしれない。

2009年2月25日水曜日

今日は娘の誕生日


画像はないが私にとってはかわいい娘の誕生日が今日だ。
19年前、彼女は病院で産声を聞いたとたんに女の子とわかる鳴き声だった記憶がある。
息子の時は生まれて初めての対面が保育器だった、だが娘は特別大きくもなく、むしろ小さい方であったが出産後1時間ほど妻の横で私が抱いていた。
なんと私に似た女の子か…
その娘も今は東京で一人暮らし、勉学にせっせと励んでいる。
文系の大学にいる息子と比べ、小中高大、今までで一番勉強を強いられているのではないか?
人の命を預かる職業に就くからには、それなりの知識、何よりも覚悟が一番必要だ。
世の中の人がどうとり、どう評価するかそれは勝手だが、私にとってはこの世の中でたった一人の可愛い娘。
彼女の前途に幸多かれと祈る。

2009年2月23日月曜日

ルーリンに挑戦


次お目にかかるのは何千年、何万年といわれるルーリン彗星の撮影に挑戦した。
結果は惨敗、ぶれぶれの火の玉状態だった。
貧弱な軽量三脚にコンパクトカメラでは無理か?望遠鏡もない。
その結果登場する画像はオリオン座のM42星雲。
上記の貧弱機材で10秒露出、おそらく焦点距離200mm近辺。
ISO感度を駆使してのできばえ…
望遠鏡が欲しくなった、出来れば一眼レフのデジタルカメラも、さらには赤道儀も欲しい。
まずは赤道儀付き望遠鏡か?それならコンパクトデジカメでも何とか収まる。
出来ればノータッチで追尾するコンパクトな追尾形の経緯台がいい。
金もないのにクンクンと夢は広がる道楽親父だ。
それより子供の学費が最優先。
ルーリンは24日に地球に再接近、その後当分見られるが、彗星のテールはしばし短くなり反対向きに変わるそうだ。

2009年2月15日日曜日

高嶺山


ネバーランドの信州牛カレーが食べたくて妻と出かけた。
今回は昼食後平谷から矢作川を経由し中津川へ抜けて高速で戻る予定であったが、災害復旧で矢作へ抜ける道が通行止め。
仕方なく151を帰ることとしたが、それだけではおもしろくない。途中高嶺山へ登ってみた。
画像中央一番奥が 恵那山 であるが全く雪がない。それどころかごらんの通り緑が広がり春を思わせる。
151からそれて長者峰までの間積雪が有ったのは2箇所ほど、難なく登ることが出来る。
南の日に照らされて、南アルプスは仙丈ヶ岳以南が積雪を誇示しているがこれもまた例年に比べると白さが弱く黒が目立つ。
このまま春になるのか?そんなことは無いだろう。

2009年2月8日日曜日

木曽の御嶽山


昼近くに突然思いついて久しぶりに木曽のそばを食べに行こうと言うことになった。
すでにお目当てのそば屋さんは満席だろうと12時半頃に到着すると思ったより空席が目立つ。
春から秋にかけての行楽シーズンは昼前から混雑し、昼に行ったのでは待たなければ食べられないそば屋さんも、冬季は端境期、地元の人たちがメインのようだ。
食事後、御嶽山を見ようと開田高原へ回り込んだ、高原を通り抜けいつかこの道で行きたい高山とは反対方向へ回り込む。画像のような見事な木曽御嶽山が。
信仰の山として名高いこの山は登ったことがない。冬は別として下界とは全く違ったかなりフライングした紅葉も有名だ。それにしても日本の自然は美しい。

2009年2月3日火曜日

息子

2月3日は節分の日。
21年前のこの日は冷たい風に雪が交じり勢いよく吹き付ける日だった。私もそのときはまだ24歳。
初めての経験、不安を抱えていたことに違いはなかった。
看護師さんに言われるまでその誕生を知らなかったが、声をかけられ男の子だと知らされ初めて対面した時の情景は生涯忘れないだろう。
何とも目の大きな小さな赤ちゃんだった。

あれから21年、あっという間の月日だった。
中学から始めたテニスにとりつかれ、未だにテニス三昧だ。今ではその息子も21歳。
自ら望む大学に進学し3年が過ぎようとしている。昨今の不景気の状況で就職が危ぶまれる。
大きく羽ばたく人生を歩んで欲しいと思いながらも、やはり親元へ帰ってきて欲しいと思わずにはいられない。
これまで与えてくれた思い出に感謝しながら、これからも体を大切に元気でがんばることを願う。
画像は2005年12月従姉妹の結婚式で、大学受験を控えた高校3年生の時。