2009年1月15日木曜日

昨夜の積雪が残る中、城山へ登ってみた。
南アルプスの山並みと中央アルプス、伊那谷が一望できるとともに思いもやらぬ景色=恵那山がやんわりとその姿を朝日に光らせている。
過去高嶺山の山頂からおさえた写真は有るが、ここからおさえた写真は初めて、妙に身近に感じる。
子供の頃の恵那山に比べるとかなり優しく思える。
この山も今後追いかけて行かなくては。
中央:恵那山、左右に走るのが中央道、下に向かっているのは三遠南信自動車道。

2009年1月5日月曜日

謹賀新年

息子も娘もそれぞれの大学に戻りまた通常の生活が始まりました。
今日が仕事始め。
年末から年始、今日に至るまで好天に恵まれ比較的暖かい年越しを迎
えました。
伊那谷=飯田の夜明け、景気に左右されず飯田市の存続を願います。

2008年12月7日日曜日

駒ヶ岳が


前回登ったときには西風にあおられ、木曽谷からのフェーンで雲をかぶり込んでいた駒ヶ岳だが、

昨日の荒天に期待して朝から登ってみた。

思った通り、朝日を浴び千畳敷カールがすっかり雪をいただいて天を受けている。

積雪のない時にはさほど目立たない千畳敷ホテルもくっきり、おまけにロープーウェイの鉄塔の朱までくっきりと見える。

ホテル上のトップが宝剣岳、右へ降りて中岳を経て駒ヶ岳山頂へ。

振り返って南アルプスは、朝の逆行を浴びて稜線をくっきりと見せるだけである。

しかしながら時間とともに斜光に浴びるとやたら雪面がきらきら=テカテカと輝き出す。

なかなかその様子を写し撮ることはできないが、それはそれで美しさを見せてくれる。

2008年11月24日月曜日

香嵐渓2


帰り道は東海環状を選択、足助町を抜ける3kmほどが相当の渋滞。

おそらくここを抜けるのに30分はかかっただろう。

我々が153側からすんなり入れたことを思うと、反対側の名古屋方面から入る道は大渋滞。

最終的に足助町の中心街から延々とグリーン道路入り口の約10km間はほとんど動くことない渋滞だった。

また来年もチャレンジだ。

香嵐渓


今週が紅葉の最後かと、愛知県の香嵐渓へ出かけた。

ナビでは高速道路を進めたが、153で。

道中ネバーランドで毎度のカレーを食べ、いざ香嵐渓へ。

実はこれが正解。香嵐渓は大渋滞、早めに個人の800円の駐車場へ車をおいて歩くこと10分ほど。

一回りするもねやねやの状況で思うように歩くことは出来ない混み合い。

おまけに食に関する部分はどこも行列状態でどこのお父さんも並んで待っている。

一回りして、さらには香積寺(こじゃくじ)まで登り秋を満喫。

久しぶりに観光地へやってきた思いだった。

2008年11月21日金曜日

南アルプスが雪化粧2


南アルプス全景。

左端が仙丈岳。

残念ながら振り返った中央アルプスの稜線は木曽谷からの西風にあおられ、巻き込んだ雲に隠されていた。

南アルプスが雪化粧


満を持して南アルプスがその姿を現した。自分自身は例年より早く感じるが、一挙に雪化粧をした塩見岳?その切り立った姿はエベレストを思わせる。火山では見られない、隆起による堆積岩の造山特有の切り立ち方だ。<

2008年11月17日月曜日

黄金の紅葉


荒天が続く中気がかりだったイチョウを撮りに。

昨日も雨で落ち葉が気になっていたが、職場のY君とともに。

まさに黄金。…電線が残念。

2008年11月1日土曜日

この秋一番の出来


連休で娘が帰省した。

先週の写真を送ったところ見に行きたいというので満を持して?少々遅いのではないかと想いつつつれていってみた。

この彩り、今年一番の美しさに思う。

2008年10月31日金曜日

夢の中央新幹線


何日か前の話ではあるが、JR東日本が中央新幹線=リニアモーターカーのルートに関わる調査の結果を発表し、国交省へ報告をした。

ルートには3ルートあり、長野県は県民の総意(昔民意の総意とよく使った田中康夫という人もいた)としてBルート(東京~諏訪~伊那谷~名古屋)だそうだ。

JRはCルート(東京~飯田~名古屋)が経済性、リニアの特性からも有利とこだわった発言をした。

私もそう思う。

私の子供の頃から「リニアモーターカー」は存在した、ようやく夢の新幹線が実現される段階になって長野県=村井知事も情けない発言だ。

リニアが長野県を通る、県をあげてJRを応援する。ましてJRが自費で建設するのだから諸手を挙げて応援する。

そんな姿勢はどこにもなく、ただ自分のところを通らないことを批判するのに徹する各市町村の長はいかがなものか?

そんなどころか、今日の新聞によるとJRが申請した、南アルプス作業道の農地転用申請を受け入れず、JRはそれをあきらめたとある。

これって県知事のご機嫌をとるJRに対する嫌がらせ?

ルートに関わる市町村をまとめきれない村井さんの力のなさ+その知事のご機嫌を伺って農地転用の書類を受けない職員。

古くから北高南低と言われた長野県政は未だに受け継がれ、新幹線、高速道路、さらには夢の新幹線も長野県の南部には与えてもらえない。

2008年10月28日火曜日

雪が、


竜東の秘密の場所?=3本白樺の木がある馬の背へ、駒ヶ岳に雪が。
下界では紅葉を待っているのに山頂では雪。
南アルプスも雪を被ったと聞いたのですが…、確認できません。

2008年10月26日日曜日

長野県南部の紅葉2




雨降りの中県境を越えて愛知県へ。茶臼山⇒根羽村へ。
冷たい雨が降る中、既にその寒さは冬でした。
しかしながら紅葉は待ってくれない、見渡す限り霧に包まれながらも見える範囲の紅葉は真っ盛り。荒天にもかかわらず多くの人が訪れています。

2008年10月21日火曜日

長野県南部の紅葉







信州南部、平谷、旧浪合村へ行ってきました。
県中部でもまだまだの紅葉が、何故南部でこんな状況なのか?
標高か?地形か?
とにかく真っ盛り。
紅葉は字のごとく紅葉の木の赤がポイント、ナナカマドの赤も良いけど…。いよいよ冬が近くまでやってきています。

2008年10月16日木曜日

ダルマ


これがダルマ。

その頃1600ccといえば十分、2000ccなどもってのほか、デビューした2800ccのソアラなどはとてつもない化け物に見えた。

ハコスカ


私が車に乗りだした頃、すでになかなか手に入らなかった名車だ。

ハコスカ、ケンメリ、ジャパン。

まあ、当時の族車。ケンメリ波ありふれていたし、ジャパンも結構だった。

しかしこのハコスカは破格の値段で売られていた。

私は当時セリカのダルマと呼ばれるクーペタイプがほしかったが、未だに乗ったことはない。

ダルマの白。このSTではなくGTがあこがれの名車だ。

前期と後期ではフロントサイドマーカー部分がとがっているのとすとんと落ちている違いがある。

私はとがった前期タイプ。

重いとは全く違う37レビンで青春時代を過ごした。

2008年10月3日金曜日

森将軍塚古墳


千曲市の森将軍塚古墳へ寄ってみた。

前々より一度はみたいところであったのだが、時間と都合の関係でよれずにいたところだ。

知ってからHPで何度かのぞいたが、その規模は想像することができず、むしろかなり大きなスケールを想像していた。

現実は、想像していたよりは小さい、…私の勝手な想像でありそれでもでかいが。

古墳館もしっかりみた後古墳へ上がってみた。

歩いても行けるが15分程度、入場券を購入する際セットで買えばバスでの送迎がつく。

館でその復元までをみると長い年月の風化=自然の力を感じる。

元々善光寺平は古墳の宝庫のようだ、おそらく列島創造後この地に人間が住み着いた時にはほとんどこの状況であったのだろう。

そうやって年表を思い浮かべれば人類の歴史など地球の、宇宙の歴史からすればほんの瞬きに過ぎない。

ちなみに森将軍とは森という将軍の古墳ではない。

森地区の偉い人の古墳ということらしい。

2008年8月31日日曜日

再びビーナスライン


娘が夏休みを終わって出かけるのが近くなり、電気屋へ出かけたはずが白樺湖、美ヶ原まできてしまった。

前回の渋滞は何のその、ビーナスラインもスキスキ。

あいにく夏の雲でアルプスはみられなかったが、ま、娘も満足か?

という娘もまだ1ヶ月ほど休みはあるが、東京でお連れと遊びたいのだろう。

2008年7月31日木曜日

陣馬形山へ


思いつきでY君と陣馬形へ登った。

あいにく天気がよくない、はれていれば伊那谷、南アルプスが一望のはずなのだが。

眼下に広がる飯田~伊那、思っているよりも北上している、正面は飯島あたり、山頂からすぐ右手に駒ヶ根のまち、右上には木曽駒の千畳敷カールが見える。

毎度ながら雪をいただいた中・南アルプスの方がその雄大さを物語る。

2008年7月19日土曜日

再び海野宿・美ヶ原【152走破シリーズ完結】




かねてより妻が行きたがっていた海野宿へ152走破もかねて実行。


妻とにかく有名な「うだつ」を是非みたいということだ。


海野宿に限らずうだつは有名な古い町並みには結構存在する。


行きは岡谷から142経由ビーナスライン予定だったが、それ口に気がつかずそのまま和田峠まで登ってしまった。すかさずトンネルをくぐらずに旧道へ。


初夏の日に富士山まで見えていたのでは?…おそらく見えていた。


そのまま152へ合流。


信濃鉄道大谷駅前で右折すればもうそれは北国街道、駅前が北国街道と秋葉街道の交差点だ。


しばらく海野宿を多能した後、国道18号へ出て152の終点から南下。
あっという間の白樺湖であった。
多くの車がビーナスラインへ上がるので、帰りに利用しようと思っていたが様子見に上がってみた。
車山からさきはほとんど渋滞、燃料急騰の折テレビのニュースでは苦言ばかりのユーザーが多いが、そんなことはない。苦言とは別に車の台数は湯水のごとくわき上がる。展望台などはとても車を止めることはできない。
ちなみにビーナスラインをあきらめ、大門街道を下るが、上がる車、観光バスの多さ。
丸い稜線は老年期の山を思わせる、しかも東西方向の稜線だ。
南部では南北方向の稜線に、血気盛んな青年期の山に切り立った稜線しか望めない。
そういえば、恵那を超え茶臼山を含めた三河大地の山並みもこんな感じだ。






2008年7月13日日曜日

浜松~地蔵峠・浜松発【152走破シリーズ】



Y君が152南方方面の探索に出かけた。


わざわざ奥さん同伴で一泊行程、しかも北上し20号を南下、


韮崎で52号に乗り換えて身延山の谷を下る、出たところは国1。


いただいた写真の中にはきれいな海も有る。


どうやら152起点は浜松市の連尺交差点のようだ。


そこから、152をひたすら北上、三遠南信自動車道の草木トンネ。


どう見ても静岡県側の整備が進んでいる気がする。


写真はY君提供、ご苦労様でした。