2010年4月11日日曜日

高遠 の桜

朝起きて晴れなら高遠、降っていれば駒つなぎの様子見と決めていた。起きてみれば曇天、天気予報通り降り出すのは時間の問題の様子。若干の迷いは有ったものの駒つなぎの様子見に決めた。来るまで我が家から40分程度、やたら路上駐車禁止の看板とともに、設けられた駐車場からは1kmも坂道を歩かなければ桜にたどり着かない。と、車で通りすぎてしまった。折しも出かけてからは雨降り。戻って確認すればまだまだつぼみの状況、来週あたりが7分咲きか?他に目的もなく戻る道中雨は上がり北の方向には青空さえ出てきた。…と言う事でいざ高遠へ。例年渋滞を避けて美輪ダム側からアクセスするのだが、伊那街道を快調に走って通常のアクセスとなってしまった。ご存じ定番の橋の下。
ところが、このはっきりしない天気も災わってか例年に比べると絶対的な人数が少ない。既に到着したのが12時頃であったが昨年、一昨年の雰囲気とは明らかに客の少なさ。観光バスは容赦なく排気を吐きながら停車、移動を繰り返す状況だが、その割の混雑ぶりは感じられない。改めて、高遠の方が駒ヶ根よりは北部にあり気候的には寒いと思うのだが開花は遅い。日向き、風向き等地形や自然状況によりずいぶん異なるのだろうが、まだまだ諏訪湖以南の桜も楽しめそうだ。

2010年4月10日土曜日

蔵澤寺 のしだれ桜

吉瀬の桜をあとにして、同様駒ヶ根の竜東をそのまま北上して蔵澤寺へ足を伸ばしてみた。ここは隠れキリシタンゆかりの寺として有名な寺だそうだが、私には村案雰囲気は感じられない。隠れ と言うところがみそで分かってしまっては意味がないのかも…。駐車場も十分ある、すれに駐車場から期待を持たせる桜の状況だ。寺に限らず参道からアクセスするとその雰囲気を十分味わう事が出来るのかも知れない。奥に入ると中央アルプスが一望でき、門にかぶる枝垂れ桜もその樹形を確認する事が出来る。他の桜には失礼だが圧倒する雰囲気がある。
境内では多くのカメラマンが三脚を立てていたが、駐車場ではやはり他県ナンバーが圧倒的に多い。近所の方の散歩、写真目的の夫婦連れ、寺の祭事の人々多くの人たちが集っている。伊那七福神の一つ寿老人がまつられているそうだが、比較的スリムな山門にを通して奥に見える寺本体、そしてその裏からもかぶり込むような枝垂れ桜には日本人の文化が感じられる。

吉瀬 の桜

その筋では有名な吉瀬の桜、吉瀬と言えば個人的には吉瀬ダム、この吉瀬ダムで天竜川からせぎ揚げられた水は中川村南方発電所へ送られ水力発電のエネルギーとなっている。さらにその水の放流先から農業用水が取水されている。この事実意外にご本尊の中部電力の方が存じていない。それは別の話として、吉瀬の桜、まことにロケーションが良く背後に中央アルプス千畳敷カールを望める。本日はおりからの雲が多い中、その稜線までもおさめることは出来なかったが、晴れていればくっきりとスカイラインが描ける。こちらでは中京圏からの車が多く畑の中への無謀な駐車が目立った。この点マナーを考えていただきたい。駒ヶ根も桜の開花期間が長く光善寺などはまだつぼみの状況だ、まだまだ桜は伊那谷でも楽しめそうだ。

西岸寺 の桜

ネット上では 伊那三女ゆかりの桜 とよく書かれているが、これだけでは解釈がいろいろと出来る。私は最初伊那から嫁いだゆかりという方が植えた桜かと思った。が、違う。西岸寺山門前にある、歌人那須野さん、河野清、桃沢亀の伊那の三女が歌を詠んだゆかりの桜です。と言うのが説明のようだ。このお寺は個人的に好きで秋にも色の変化を見に出かける、これから新緑の時期も期待できる。寺に着くやいなや豊橋ナンバーのおじさん二人に 西丸尾 の桜への道筋を聞かれた。西岸寺からだと天竜川を挟んだちょうど反対側になる。先週私が訪ねたときはつぼみがいろづんだところだった、今週は期待できるだろう。と、西岸寺の桜、こちらもまことに電線が気になるところだが、塀に沿って横に広がった桜は日本人好みの樹形である。冬の雪の中、参道をめいっぱい東へ引いても奥行きのあるお寺。雨降りに出かけると下界を忘れられる場所だ。

慈福院 のシダレ桜

千人塚公園へ上がる途中、いつも通っている道の端にこの寺は有る。その形態はよく分からないが、行ってみると奥に寺があるわけではない、普通の人家がある。これを地蔵さんと言うのかどうかは不明だが、ほこらと地蔵さんが鎮座している。その程度問題は別として町場の近代化に環境が無視された何とも乱雑な状況となっている。それが悪いというわけではなく、昭和の急速な発展の時代では当然の様に行われた結果である、私もその時代を過ごしてきた。今後徐々に整理・整備されていく事を臨みたい。おそらく桜の寿命の方が我々よりは長いはずだから。
この後千人塚まで上ってみたが桜の様子はつぼみ、来週がそこそこか。

氏乗 の桜

天気予報では今週末はあまりよい事を言っていない。今日が午前晴れ午後曇り、明日は雨の予報だった。氏乗りの桜は幼少の頃から通り慣れた路沿い、あの写真家 米美知子 さんもおさめにやってきた事のある桜だ。乗用車のメンテを含め、足が無くなっては困るので妻を職場へ送りがてら、そのまま妻の来るまで足を運んでみた。既に数人のカメラマンが。なにわ ナンバーの車も有る。年明けから桜雑誌が増えているせいか、どこへ行っても他県ナンバーの車が早朝から陣取っているケースが多い。それはそれで結構、但し路上駐車はカメラマン全体を非難の的にするので避けて欲しいのだが。正に満開、地元の人たちは今日明日とイベントを行う準備をしていた。東西方向の洞に咲くこの桜は午前中、しかも早い時間がもっともきらびやかだ。

2010年4月8日木曜日

杵原学校の桜

飯田市山本杵原学校(旧山本中学校)校舎前にある枝垂れ桜。松竹映画「母(かぁ)べえ」のロケが行われた。他の名の売れた桜が比較的電線や電柱で場所取りが大変なのに大して、この桜は旧校舎がむしろ昭和の時代を思い出させ空に向かって何もないのが良い。自分自身も遙か○○年前に通った学校を思い出す。4月という節目の時期、日本人の文化にはふさわしい花、と言うか桜が先で我々の文化がそれに合わせて成長したのか?いずれにしても春は桜で認識される。

2010年4月6日火曜日

麻績の里 舞台桜

妻の誕生日に外食に出かけ、その足で麻績の舞台桜を見に回ってみた。旧座光寺麻績学校校舎は舞台と学校が一体となっていて、校庭に植えられた推定樹齢350年「半八重枝垂れ紅彼岸桜」と言うのが説明書きだ。何度か訪れているが、夜のライトアップに訪れたのは初めて。花冷えのする夜に駐車場はいっぱい、多くの人が訪れていた。麻績神社の石段には竹宵による明かりが灯され、櫻を見る前から期待が募る思いがする。残念な事に手元にはコンデジしかなく、それでも固まりながらおさえてみたのがこれ。老若男女問わず春の訪れを体で感じられる情景だった。

2010年4月4日日曜日

桜 宝剣岳

この位置、千畳敷カールは完全に見えないものの明らかに宝剣は鑓のように分かる。中だけを経由して伊那前岳から駒ヶ岳まで。桜と残雪が共演できるのはこの季節だけ…当たり前か。カールと千畳敷ホテルは拝めないがランドマークの宝剣岳はその存在をはっきりとしている。菅の台の千畳敷根元から眺める宝剣岳よりは、少し離れて向きを変えた方が天を突き刺す存在がなおいっそうはっきりする。ここら辺も来週あたりが満開か。

桜 中央アルプス ~ 大草公園

天気予報とは異なって今日は朝から青空が顔を出した。昨年までと方向性を変えて、今までにおさえた桜はひとまず忘れて新たな桜見物に出かける。喬木の氏乗の桜が気になっているのだが、どうやらまだまだの様子。妻の都合と併せて大草公園へ足を伸ばしてみた。竜東から眺める中央アルプスはまだまだ残雪があるが、冬と呼べる季節の積雪とは異なり、荒肌を所々さらけ出してきて黒筋が目立つようになってきた。例年、5月の連休当たりまではその存在をはっきりとするのだが、今年は少々早めに無くなってしまうのではないかと思う。
大草公園で一回り桜を見たあと、天竜川縁へ下り駒ヶ根の様子を見に回った。道中意外なところでアルプスと桜の共演がおさえられた。そらく南駒当たりでは無いかと思うのだが、日向きが悪くベストとは行かなかった。ここら辺も来週あたりが満開と呼ばれる状況か?毎年のことだが意外にもあっという間に桜の嵐は去っていく。

2010年4月3日土曜日

大宮神社の桜 ~城山の桜

桜本番となった飯田。今日は仕事帰りに大宮を覗いてみた。並木通りの桜は開花基準木があるくらいだから多くの人が行き交い、提灯がぶら下がって春先の花見を演じている。その大本、大宮神社は並木に負けて足が向かない場所になっていたが、タイミング良く車を停めることが出来て境内を歩き回ってみた。今まで神社ばかりを気にして気がつかなかったが、実は結構な建物が奥深く、幅広く広がっている。境内をぐるっと見渡すだけでも何本かの桜が見え、本社へ上がると見えなくなってしまう。
いったん並木側へ出て見たが、確かに桜の量では圧倒されるものの町場の信号、車、特に垂れ下がって横断する電線が興ざめしてしまう。何件かの出店が境内に陣取りいかにも春祭りを思わせる雰囲気、昼間はまだしも夜になれば子供連れで繁盛するだろう。季節もの、しかも知らないうちに散りゆく桜故意を決して花見に出かけない限りあっという間に終わってしまう。
こちらの三色はどうだろう、これは城山。もう20年ほど前に何度か仕事で行った場所だが、あまりに有名な桜へ目が行っていて何年も見に行かなかった。車で走れば今の時期やたら桜が見られるが、気がつくと意外にも身近な桜を見落としている事の多さに気がつく。今年は春先の暖かさも手伝ってか残雪の南アルプスとの共演が早くに終わってしまう気がする。

2010年3月28日日曜日

高松薬師堂のシダレザクラ

飯田市街は7年に一度のお練り祭りでにぎわっている。春休みを終え上京する娘と桜の見物に出かけてみた。開花宣言以来桜は咲いたという認識=感覚が大きいが、標高、緯度によってずいぶん違う。市内でも南部の方は十分開いて来ているが、標高の高いところではまだまだ、おまけに午後には雪が舞い出す始末で春は来そうでなかなか来ない。上郷にある高松薬師堂は昨年から今年にかけて周りの施設も整備され、今まで寄りつきにくかった場所が駐車場も整備されて身近になった。
幹の頭部は樹木全体を守るために切り落とされているが、それにしても見事な枝垂れ桜だ。以前からこの時期になるときになっていたのだが、周りが整備された事でいっそう桜が世に出て、車も駐められこれから当分の館美しい色を演出してくれる。

2010年3月27日土曜日

中村ブレイス 中村敏郎社長 座談会

本日飯田市で行われた「南アルプス世界遺産登録フォーラム」にパネラーとして招かれた中村ブレイス(鳥取県太田市大森町)
http://www.nakamura-brace.co.jp/
社長中村敏郎さん。フォーラムに先駆けて行われた座談会に出席してきた。開口一番何とも優しい紳士、全てにおいて口調が変わることなく全てが優しく行われる。彼は石見銀山遺跡を世界遺産登録するのに尽力された一人だ。おそらくその話はフォーラムで行われたのだろうが、35年前たった一人で10坪の築200年の納屋を改築し始めた肢装具。ドリルとグラインダーだけで始めたそうだ。京都で6年修行、その後大学を卒業し米国留学で技術を身につけそのまま直接ふるさとである大森町へ戻り開業。今日の話の中で何がポイントであったのか、「夢をあきらめない」しかもそれは「一歩一歩確実に前へ進む」と言うことだった。そしてふるさとを大切に思う心。これにつきるだろう。
肢装具士による医療スタッフの一員として義肢装具の製造・適合業務、義肢装具の開発を行い、全国と世界の各地で使用されているそうだ。最近では、メディカルアート研究所を設立し、乳癌術後用人工乳房”ビビファイ”や、身体のあらゆる部分の欠損や損傷を補正する”スキルナー”の研究・開発も行っている。
大森町は人口450人ほど、身近なところで1,000人を切って過疎だと騒ぐよりもたった一人の思いで若い人たちが居住するまちづくりにも興味が湧く。社長は本当にふるさとを愛し、人を愛しおごることなく夢を追い続ける人なのだろう。2枚目の写真、何でもない手に見えるが義手。シリコン性で爪もシワも指紋までも自然に出来ている。これこそ職人技。

2010年3月26日金曜日

桜 開花


ここ飯田の開花宣言は23日にされたが、基準木よりも南部、標高の低い方面の桜は開花が進み、満開とは言わないが見頃を迎えている。市内のそこかしこには遠目に満開を思わせる彩りを装っているが、こちらは天竜峡の桜。残念ながら天竜峡のまち場の桜は電線に囲まれていてそれを避ける必要があるが、それでも枝垂れなどは見事に花をつけている。天竜川縁の桜も彩っているが、今日は昨日までの雨のため川色は濁り水で、絵にならなかった。近くの中央アルプスの淡々の山々は今朝は雪景色、桜も迷う今年のようきだ。

2010年3月21日日曜日

靖国の桜


さて、東京へは何度も行くのだが、未だにいったことのない靖国神社とはいったいどんなところか…もちろん戦死者の皆さんがまつられ「靖国で待つ」といった言葉は我々の年代では十分承知している言葉だ。
境内を歩きながら、同期の桜や特攻隊…戦争にまつわるいろんな言葉が頭をよぎる。傍らにある 遊就館 などは入館料に不釣り合いな十分すぎる展示で他を圧倒する。それぞれのおもいが熱い証拠、時間とともにそれらが薄れていかないことを考える必要があるだろう。遊就館に関することは別の機会に書くとして、我々の年代、まだ戦争という言葉を十分に育つ課程で聞いてきた者たちにとってはこの年になって改めてその歴史にふれるよい機会になる。今年二十歳になった娘も、学校で学んであろうその知識の断片が一挙にここで結びつけられた様子であった。

たまたまではあるが、仰々しい報道の人たちが多くその能舞台の前にいたのは確かだが、それが何を意味するのか?妻が桜の撮影会では?というのですっかりそう思いこんでいたが、後にニュースで 桜の開花の判断 であった事がわかった。開花は明日という事ではあったが、同時に昨夜東京地方に吹き荒れた強風で桜の木が一本折れてしまった事の話題になっていた。参道を入ると左手すぐに一本だけ満開に近い桜が咲き誇る、とたんに 同期の桜 が頭を流れ出し、散り際、潔さ… いろいろな言葉が頭をよぎり出す。私は初めてなのでその桜の木一本一本にそれぞれの札が物語っている事も戦後60年を過ぎるという今にもその結果が生き続けていることが伺えた。賛否両論いろんな考えはあるだろうが、この過去の日本の事実は素直に受け入れ、これからをどうするのか?我々日本人民族の永遠の課題だろう。

2010年3月20日土曜日

卒業式


我が息子が今日、大学の卒業を迎えた。あっという間の4年間だった。思い出せば4年前、オリエンテーションを終えて思惑と違いふさぎ込み、後ろ髪を引かれながら入学式を終えて帰ってきた妻の悩みが全くの嘘の様に生き生きとして友達と自由にやってきたと思う4年間だった。どこの親も同じであろう、子を心配する気持ちは。と思っても我が子を心配するのは絶えることがない。卒業式に臨み、その内容よりは走馬燈の様に流れるこの4年間が我が子の卒業を本当に喜びに感じさせる。その時間がすめばまた新社会人としてやっていけるのか心配はつきない生活が始まるのはわかるのだが。

一番心を打たれたのは、卒業生を代表する女子大生の答辞であった。
最後の最後に味わった就職難航のつらさ、今後を見据えて少子高齢化が進む国での覚悟、学生から社会人への入り口にいる彼らの考えていることは大人だった。
私の卒業は25年前、その頃はこんな景気状態など考えられず、就職はほぼ皆決まっていった、就活などという活動も3年生からやるなど考えられなかった。思うに成熟した日本国がどうなっていくのか見当もつかないが、せめてまじめな若者もまじめに社会の一員として生きていく決意を持っていることは多くの大人に知ってもらいたい。

2010年3月14日日曜日

梅 全開


紅梅を探して少し走ったのだが、人家の庭木ではいくつかあったものの、自然の山には紅梅はやたらと無い。畑では食用の梅の木が薄ピンクをつけ遠目に桃の花のような色合いを出している。紅梅は断念。
色は薄いものの近づくと甘い香りが臭い、家の周りでは満開。遠く南アルプスの雪景が生え、冬から春に移り筒あるのは確かなようだ。

中央アルプス


久しぶりの晴天、青空が広がったが、もう厳冬期の冷え込みによるクリアな山並みが遠くにくっきり見える季節は終わってしまった。中央アルプスも、南アルプスも比較的標高の低い稜線は雪が無くなってしまった。暖かいようきと雨で残雪はすくなく、このまま桜まで咲いてしまうのではないかと心配したのだが、しばらくの冷え込みに例年通りの開花時期に治まりそうだ。天竜川水辺の木々も緑をうっすらとつけだし、遠く中央アルプス(南駒ヶ岳か?)の山並みが残雪を青空に突き上げている。あとどれくらいだろう?気がつくと夏の山は同化していく。

2010年3月6日土曜日

駒ヶ根市郷土館


今週は雨、明日は仕事。今までたまった写真の整理をしながら家の中で過ごすこととした。先週光前寺へ出かけたときに、駒ヶ根市郷土資料館と言うところを覗いてみた。今まで何度も通っている道端なのだが、車を停めじっくりと見たのは初めて。中に興味が湧いたのではなくその明らかな大正デモクラシー的な西洋的建物が気になってのことだ。入り口に書いてある紹介の能書きによれば、赤穂村、赤穂町、駒ヶ根市と3代にわたって使われた庁舎らしい。

以前にも書いたかもしれないが、私の妻は駒ヶ根育ち、駒ヶ根を訪ねる度に妻の幼少時代を想像する機会が多い。当然昭和のしかも○○年前の話であるから今のような裕福な状況での少女ではない。自転車を走らせこの周囲を走り回っていた幼少の妻を見てきたであろう建物に感謝。

2010年3月5日金曜日

南信州・飯田 写真集


南信州。飯田の風景や生活、文化を掲載した写真集が発売された。単に美しい風景だけでなく、地域の人々の生活の様子、各地で行われるお祭りなどの文化を語る写真が掲載されている。
単に風景がふるさとを離れた人たちにとって懐かしい情景であるのと同時に、その景色を眺めた時代に自分が引き戻される。また、子供の頃経験した農作業を思い出させるとともに、何ともゆっくりと流れる時間が感じ取られる。
販売は飯田市。問い合わせ先も飯田市役所になる。是非入手を勧める。(写真は表紙)