2010年6月27日日曜日

路傍の風景

今週もまた梅雨特有のしとしと雨に見舞われ、垂れ込めた雲と雨で出かける気がいっそう起きなかった。時折射す日ではかえって湿度が上がって蒸し暑く大変不快指数の高い週末だった。とはいえ梅雨時のしっとり感と春先の新緑が共存している場所と言えば来週に7月を控えたこの時期では標高の高いところとなる。山道を登り心地よい汗をしっかりとかいて沢の流れる音に耳を傾け、鳥や鹿の鳴き声を聞きながらおそらく私では絵の具でも、色鉛筆でもその他どのような道具を使っても現す事の出来ない蛍光色とも言うべき新緑の色合いは、その色により近く写し撮る事しか出来ないだろう。やがて、感激色から期待色に化ける美しさはなかなか満足のいくものにおさめられない。
ずっと昔から流れ続けていたであろう生活の一部にとけ込んでいる滝は、あるのが当たり前で何の疑問も感じないし、無いことの方が違和感を感じるであろう。また、人の足跡すら感じられない苔むした石を敷き詰めた沢筋はその圧倒的な美しさで人を寄せ付けない。おそらく当たり前に存在する美しさはどこにでもあるであろう風景で、気がつかない生活の一部。しっかりと引き継いで行かなければならない。正に「瞞天過海」。見落としてはいけないな。

2010年6月20日日曜日

アジサイ

いよいよ梅雨本番か?昨日今日は一息ついて一瞬晴れ間を見せたかと思うとザッと大雨を見せたり、梅雨の気まぐれな空模様。例年より草花の開花が遅れ、花も小振りな今年、今気になっているのはアジサイの開花の動向だ。参院選と重なると誠に不都合なのだが、そうは言えず、毎度ながら満開の花よりは7~8分咲きが一番と心得る私には少々気になる。
我が家の庭では、「ヤエカシワバ」という種類のアジサイがほぼ満開を迎えている。これは5年ほど前の母の日に私が鉢植えを妻に贈ったのだが、その後鉢から地へ植え直し、そのまま根付いて成長したものだ。一般的にイメージするアジサイではなく、三角柱状にオフホワイトの花をつける種だ。アジサイの種類は多種多様。色が変わることから移り気という花言葉もある。一方には家族団らんなどもあるのだが、ご多分に漏れずこのヤエカシワバも秋口には赤くなり茶色に変わりシーズンを終わっていく。これ承知していないと枯れたドライフラワーのように思えてやたらと切りたくなってしまう。梅雨のこの時期、雨だれの音を聞きながら読書で休日を過ごすのがベストか?

2010年6月13日日曜日

しんわの丘ローズガーデン バラ

偶然知ってここに足を運び出してから3年経つ。一昨年は遅く、昨年は不作(私的感覚)今年は早めの行動でベストだったと思う。花に関しては私感ではあるが満開よりは7~8分先が一番勢いもあり美しく感じる。それぞれのステージでそれぞれの美しさがあるのだろうが、最盛期に向けみずみずしく花を咲かせる時期が一番。梅雨入り確実と言われる今日、降らなければ良しとして妻と出かけたが、やはり青空は必須。今年は通行規制もされて例年入り口付近まで来るまで行けたものが、高遠城趾に車を置いてウォーキングとなった。…これが返って良かったのだが。
この丘のシンボル的存在というものが「アンネのバラ」あの15歳で短い生涯を終えたアンネ・フランクの家の庭に咲いていた。と言われるバラ。平和を願うアンネの思いを受けて世界的に広がっているそうだ。成長に伴って色合いを変えピンクからイエローへと変色する。「スーベニア・デ・アンネフランク(Souvenir d Anne Frank)」(アンネの思い出・形見)。ベルギーの園芸家が作った新種のバラで、アンネの父オットー・フランクに贈られた。1972年に、オットー・フランクより10本が日本に贈られた。日本全国で「アンネのバラ」として育てられている。
この現実を知ると暗くなってしまうが、このバラの色合いはひときわ人目を引く。むしろ明るく彼女の意志を語り継いでいく事の方が重要。

2010年6月12日土曜日

養命酒 四季咲きの丘 シャクヤク(芍薬)

駒ヶ根中央アルプスの麓に位置する 養命酒駒ヶ根工場、この工場の前庭も言うべき「四季咲きの丘」で芍薬(芍薬)が満開だ。シャクヤクはその名の通り生薬。当然養命酒の中にも入っている?のだと思われるが、養命酒と生薬、花と言うところに"らしさ"を感じる。画像的には残雪の千畳敷をバックに花をおさめられればベストなのだろうが、山はあいにくの荒れ模様、前庭だけに工場そのものも入ってしまい残念ながらその構図は望めなかった。養命酒は私が子供の頃、地味な地元の企業という感覚であったが、いまは大正製薬の一部、発祥の地は中川村だ。http://wadanoko.blogspot.com/search?q=%E9%A4%8A%E5%91%BD%E9%85%92
シャクヤクは中国宋代から観賞用として生育、改良をされてきた植物だが、牡丹に属する。牡丹が樹木であるのに大して、シャクヤクは草。多年草なので冬は枯れてしまうがそのまま翌年も成長する。満開を幾分過ぎた今日の状況では、受粉した胚部は大きくふくらんだものもあり、これが生薬となって効能が期待できるのではないかと素人ながらに感じた次第だ。実際にはその根の部分が消炎・鎮痛・抗菌・止血・抗けいれん作用だそうで、全く見た目とは異なり地下で薬を生産しているそうだ。漢方の国原産地中国では死者の国の王の病も治すほどの万能薬ということで漢方薬の中でも極めて重要な植物の一つ。とも言われている。蓮の好きな私には横姿の清楚な花の形、パステルな色合いが何とも言えず好みだが、一旦開いてしまうと一挙に散ってしまうところもまた潔さかも知れない。
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」”シャクヤクのように風情があり、牡丹のように華麗で、百合のように清楚” という、女性の美しさを形容することば。

2010年6月6日日曜日

野麦峠 経由 飛騨高山

残雪の気になっていた乗鞍岳だが、野麦峠から眺めるばかりではもったいない。妻と二人思い切って野麦峠から野麦部落に下りて、高根経由飛騨の高山まで足を伸ばす事とした。
まずは乗鞍岳、日頃の行いの良さからか?晴天に恵まれ家を出るときは霞に覆われはっきりしない稜線だったが、なになに木曽谷から一路山へ向かい出すと青空一色。残雪をとどめる乗鞍は私のイメージ通りの姿をそこに現していた。ご存じか?中央分水界の最高地点はこの乗鞍岳を通る。下界の新緑に足下を暖められながら、これから夏に向けて徐々にその雪を減らして夏模様となる。
飛騨の高山、野麦峠から下っておおよそ1時間半ほどでたどり着ける。今までその1時間半が気が重く足を伸ばさなかったが、いつも同じ路ではおもしろくなく、妻と話して高山へ足を伸ばす。妻は高山は初めて、近場で手に入る飛騨の猿簿簿は承知だが。平の休日ではあるがこの町は勢いがある。古い町並みを歩き、屋台記念館を見てきたが予想通り1日では全てを見回る事は出来ない。いつか妻と、野麦で乗鞍を眺め、飛騨を堪能した後、さらには白川郷へ回って日本海。時間に追われない二人の旅をするのが夢だ。

2010年6月5日土曜日

奥蓼科 御射鹿池・おしどり隠しの滝・蓼科湖


新緑が気になっていた奥蓼科「御射鹿池」へ、おなじみの東山魁夷「緑響く」の定番だ。期待していたとおり新緑は蛍光色の緑のように輝き、果たしてこれが自然の美のそこ時からと思い知らされる情景。多くのカメラマンが三脚を立てて日の出入りをチェックしていた。水面の風や写り込み、どれをとっても自然のなせる技でどれ一つとして同じ情景は演出できないだろう。この美のすごさはおそらく写真でも絵でも残す事は不可能で、見た者だけがどう表現してとどめるかにかかっているだろう。
こちらも定番の「おしどり隠しの滝」。てくてくと一人ザックを背負ってたどり着くと、幸運にも誰もいない。どう表現するのか?全く持って私の自由ではあるが、こちらも新緑の上流が自然のなせる技の色合いを出している。蓼科の雪解け水を受けてか水量も多く感じられその勢いは正にこれから夏を迎え一年のサイクルを始めたばかりの勢いに感じた。ひたすら岩にはいつくばってそこだけにはまってしまう時の瞬間は何とも満足感を与えてくれる。

こちらは「蓼科湖」。毎度奥蓼科へ上ると一本道を行き帰りするばかりだったが、今日は少々帰り道を変えて蓼科湖を回ってみた。おそらく生まれて初めて。比較的標高の低い中央分水界の稜線八ヶ岳は、既に残雪もなくその山形を緑で現す。南部の険しい様相からこちら北部は蓼科山に代表される優しい姿を見せる。その昔吹き飛んだ南部に寄り添った妹の蓼科山、神話は事実を物語る。