2010年1月31日日曜日

乙女滝


299を下って横谷渓谷へ入るとすぐに乙女滝がある。2ヶ月ぶりの奥蓼科だが、この時期氷結した滝で有名だ。滝の下には多くのカメラマンが陣取る。ここでも感じたが、アマチュアのカメラマンはマナーが悪い。たいそうな機材を背負い、場所だけでなく空間も大きく専用しながら自分だけが良ければ良い状態。中には滝の落ち口まで上がり誰も写真を撮れない時間を専用してしまう。一時は仕方がない、だが極力慎むべき行為だろう。
と、それは良いとして、結氷で有名な乙女滝が結氷しないと絵にならない。しぶきの飛ぶ範囲はつららが出来てはいるのだが、本体は勢いよく流れ落ちている。とかくすぐに 地球温暖化 に結びつけられるのだろうが、自然を相手にちっぽけな人間がその自然の技を写し撮るのはそう簡単ではない。

槍ヶ岳


御射鹿池をあとにして191をさらに奥へ、この道は最終的に渋御殿湯までで行き止まりとなるが、途中から左に曲がると、横谷渓谷の源流をまたいで渋川温泉経由で299号へ戻ることが出来る。道中蓼科山ばかり気にしていたが、気がつけば美ヶ原の向こうに穂高連峰が姿を現している。


逆光でクリアな画像は得られないが、明らかに「槍」がそびえている。ここは早朝日の出とともにおさえない限り山肌をおさえるのは難しい。
気になりながらも槍に出会えたのは収穫だった。

御射鹿池


299から横谷渓谷手前で右に外れる。県道191だ。この道は明治温泉へ出かけた人ならご存じだが、秋の紅葉時期は渋滞、この時期行き違う車すら1台も無い。毎度の道の脇の空き地に車を停めて御射鹿池に雪の中を分け入る。道中は心配するほど雪はなく、急坂も問題なく上ってこられる。
前面結氷かと思いきや、いえいえ、明日から2月の厳冬期にもかかわらず一部が結氷していない。…暖かいのか?
毎度のシンボルの白樺は健在、葉を落とした幹の整然とした整列が冬の寂しさを語る。この場所で一人自然にとけ込むと、東山魁夷が思い出されてならない。

八ヶ岳 2


諏訪湖湖畔から茅野に向かい、152を上る。理科大の少し上から152から外れ299を東へ。ここら辺から八ヶ岳は一段と大きくなってくる。途中何度か車を停めおさめる。
赤岳手前の噴火口が荒々しく、この位置からだとカールのように写るが、地形図で見る限りはそれほど傾斜は緩やかではない。
昔々、八ヶ岳と富士山がお互いに自らの背が高いとけんかをしていたが、たまりかねた阿弥陀様が両方の山頂にトヨをかけ水を流したところ富士山側に水が流れた。負けて怒った富士山は八ヶ岳を蹴飛ばした、結果八ヶ岳は8つの嶺を持つ山に変わってしまった。もし富士山が蹴飛ばさなければ、富士は日本一の山ではなく日本のK2、北岳はK3だ。事実、八ヶ岳が一つの山であれば山頂は富士を凌ぐ高さであったらしい。3万5千年前の最後の噴火が大規模で自ら山を吹き飛ばしてしまったらしい。
もっとも、吹き飛ばなければ「八ヶ岳」とは名がつかなかったろうが。

八ヶ岳


先週閉鎖道路ばかりで大変な目にあったのだが、思い立って高ボッチを目指してみた。…なんと言うことか、そこまで出かけて冬期は閉鎖だそうだ。思い立って動く前にネットで調べれば何でもない事だったろうに、日向きも良く富士山まで見えるかと思ったのだがどうしようもない。1,000円とは言え高速代もかかっている。そこで蓼科の御射鹿池はどうなっているか足を伸ばすこととした。ナビを効かすと高速を使えと言うが、それではおもしろくない。一般道で諏訪湖の湖南を回るルートを取り、かねてより気になっていた八ヶ岳をおさえることとした。諏訪湖の北東にそびえる八ヶ岳、蓼科山だけはプリンの様に頭だけを見せている。
伊那谷に住む我々は、東に南アルプス、西に中央アルプスを眺めて狭い谷に暮らしているが、湖畔の眺めはそれだけで平地の広さを感じる。

2010年1月24日日曜日

鳥倉林道× ⇨分杭峠× ⇨陣馬形× ⇨間ノ岳


昨日とは異なり今日は風がない。雲の湧きもなく青空は晴れ渡っている。南か北か迷ったあげく鳥倉林道を登ろうと思い、妻と弁当持参で出かけた。道中大鹿までの道は雪もなくいたって快調、全く雪の様相が無い。
ところが、いざ林道口へたどり着くとなんと閉鎖。…松川当たりで表示してくれよ。と言いつつ戻って分杭からの中央アルプスをおさえようと152を北へ。ところがこれがまた閉鎖。こちらは冬期閉鎖なのか?それにしても国道たるもの閉鎖は無いだろう?またまた戻って折草峠へ登る。こちらは最後の急な七曲がりが残雪おびただしい。折草から左へ、陣馬形を目指す。比較的こちらからの道路は幅員も広く安全なはず…ところがだ、8割登った当たりから積雪が厚い。すでに陣馬形のテレビ棟がそこに見え、あと200mほどのところで車が カメ。もちろん4WDなのだが、前にも後ろにも動かない。仕方がないので微妙な遊びの中で強引に雪穴から車を勢い出す。500mは下っただろうか?オールバック。方向転換しやれやれとおもいきや、大きな間ノ岳(と思われる)が目の前に。下界からは見ることの出来ない大きさで鎮座していた。

木曽駒ヶ岳


陣馬形へのアタックをあきらめ雪道を戻ること、折草峠まで下りそこで昼食。
一面は融けかかった雪に覆われているが、日射しが強くさほど寒くはない。秋口は紅葉を求める他県ナンバーの乗用車が多いのだが、車も全く通らない。のんびりと過ごして峠から駒ヶ根に向けて下り出す。峠の前後は決まって七曲がり、しかも急な道路が続く。下ってしまえば雪もなくいたって快適だ。中沢の部落まで下ると竜西では見られない、伊那前岳に隠された中岳、木曽駒ヶ岳の中央アルプスの嶺が見られた。
この折草から駒ヶ根に抜ける県道210号線は、峠からいったん下ってなだらかになると、その谷の正面に経ヶ岳、黒沢岳が正面に見える。おそらくその陰には乗鞍もいるのであろうがそれは望めない。
乗鞍の絶景はやはり野麦峠だろう。

定番 塩見岳


駒ヶ根に抜けた後、決まって妻 信州里の果工房 でお茶菓子を買う。夫婦二人だけのささやかな休日の楽しみだ。観光シーズンが終わり人の動きが少ないのだろうか?駐車場はもちろん店内の客数も少ない。秋口は店内が混雑し歩きずらいくらいなのにスイスイだ。ここではお茶菓子を買うと同時に妻は決まってソフトクリームを食べる。店内を妻が見、買い物をしている間私は中央、南アルプスを写真におさめる。
今日も正面に塩見岳が烏帽子を垂らしている。この烏帽子と千丈の扇だけはいつの時もアルプスを代表する位置関係を誇示する象徴に思えてならない。

2010年1月16日土曜日

木曽駒ヶ岳、千畳敷カール


これが木曽駒ヶ岳千畳敷カール。駒ヶ岳というとそのほとんどがこの千畳敷カールの画像が多いが、駒ヶ岳自身は右のでっぷりとした山、伊那前岳の陰で見えない。カールのトップ、突き出た部分が宝剣岳、通常ロープーウェイで千畳敷まで上がり、千畳敷を登って稜線に上がり、宝剣岳に上った後に稜線を戻って中だけを経由し駒ヶ岳に至る。これはオーソドックスだが、これを北側から登るとあの聖職の碑、小黒川渓谷 http://wadanoko.blogspot.com/2009/10/blog-post_18.html
からの登りになる。
私も一昨年、娘の夏休みに合わせて二人で登る計画を立てたが、直前になって病に襲われ断念した。千畳敷からは富士山も見えるようだ、百名山や名峰へ登ることは不安な体だが、千畳敷くらいは縦走したい。と言いつつももう15年ほど前になるだろう、家族6人で夏に登ったが、吹き付ける風と雨で千畳敷ホテルから出られなかった記憶がある。今年を入れて2年、娘が学生の内に何とか登頂したい。

南駒ヶ岳と思われる。…養命酒


一見木曽駒ヶ岳の千畳敷カールに見えるがこれは違う。たぶんカールには間違いないのだろうが、千畳敷の場合はまずカール下に千畳敷ホテルが見え、カールの上には宝剣岳がそびえているはずだ。
養命酒、今は駒ヶ根の中央アルプスの麓に工場があるが、発祥はここ、中川村。右の建物はその発祥の地そのものだ。養命酒と言えば駒ヶ根、私も子供の頃からそう思いこんでいたがどのようなものも産声を上げるときは素朴な考えと素朴な場所から生まれる。本当は陣馬形の麓で生まれた養命酒だ。

シャンデリア


昨日打って変わって今日は好天。風も少なく雲も少ない。竜東から中央アルプスをおさめるべく、午前中から竜東中段の道路を縦断した。風越山や摺古木山、安平山、南駒当たりを気にしながら車を走らせると、水の音が飛び込んできた。何でも無い道端の畑の上に微妙な滝。とはいえ落差8mほどはあるだろうか。おそらく農業用水の末と新たな水路をつなぐ方法が滝なのだろう。ここのところの冷え込みでつららがそこかしこにぶら下がっている。子供の頃沢筋を上るとよくこういった水辺のつららを見た事を思い出す。日向きも良く、シャンデリアのごとくぶら下がっていた。

2010年1月10日日曜日

成人式


下の娘が成人式を迎えた。上の兄の時は自宅で着替え会場へ送るだけだったが、女の子は手がかかる。朝から美容院、着付け、写真撮り。まさしく分刻みで父親は送り迎えばかりだ。それでも我が子が成人式を迎えるのはうれしいことだ。つい最近産声を効いたばかりの気がするのだが、もう二十歳。
地元に住む子たちは前撮りで写真をすますのだろうが、他県の学校へ行っている子供たちはそうはいかない。前撮りなどする時間もなく、今日が唯一着物の日だ。
美容院と着付けはよいとして、めちゃ込みの写真館は大変だ。どこの会場も開会の時間はほぼ同じ、ところが写真館の時間は押し気味で、時間が迫る中親の気持ちばかりが焦る。私の頃は夏の成人式、Yシャツにネクタイで出かけ、いいだけ飲んでみんなと遊び回った。もう何年も前のことだ。
時代の背景か?どの子もレンタルの振り袖、これが一昔前ならここぞとばかりに振り袖を作ってやるのだろうが我が家を含め今の経済状況ではそんなわけにはいかない。しかも出来るだけそこそこでやすく。
写真館で複数の女の子たちがそろうと明らかに着物の善し悪しがはっきりとする。さすがにこれはと思う着物の子はじーさんばーさんまで同伴で一族写真だ。
我が家もせめて家族で1枚撮れば良かったか…出かけてからの後悔だ。

2010年1月9日土曜日

仙丈ヶ岳


摺古木山をおさえた後、竜東をしばらく北へ走ってみた。あの中央アルプスの南端がどこまで見えるのか?さらには見る角度によってかなりの形態を変化させる山並みを確認しながら。
豊丘へ入った辺で風越山は無惨にも富士山の形を崩してしまい奥行きが出て全く違う山になってしまう。さらに摺古木は山陰に隠れてしまいあの何ともかまぼこな姿を隠してしまう。とおもいつつふと正面には仙丈ヶ岳がそびえている。多くの場合西から東に向かって仙丈の扇をめいっぱいに広げた姿をおさえるのだが、若干南東によると圧縮されて扇が広がらずかなり険しい山に見える。もちろん険しいのではあるが肩幅を効かせたその姿とはかなり印象が違う。昼近くなり背に上がった日が南へ回り込むとその雪肌はなおいっそう険しさを輝かせる。

冬の飯田まち


この時期風越山が雪姿を維持するのは珍しく、その奥に控える摺古木山も雪を残すのは珍しい。早朝、朝日が当たり始める頃、飯田のまちから眺めるとほぼ同じ標高に見える両山だが、奥に控える摺古木山の山頂に日が当たりオレンジ色に輝く。白川義員の世界百名山ではないが、山頂だけに日をいただいた山は誠にきれいだ。
特に、雪化粧の山肌をオレンジ色に染めると、何ともいえない輝きを放て一際美しい。
ここ連日正月から青空をバックに雪をまとった摺古木山を眺めながら何とかおさえたいと思っていたのだが、ようやく今日天気と時間に恵まれた。
竜東から引き寄せようと思ったが、この谷なんと距離の短いことか、対岸の山が50mmでおさえられる。麓には冬色に染まった飯田のまちを従えて雄大にそびえる巨大な大地のシワはなだらかな中にも厳しさを刻む。
このなだらかに見える摺古木山も東西方向には結構な渓谷を刻み、あの向こう側は木曽谷、木曽町と大桑村になる。
ちなみに左横の風越山、会津にも同字同名の風越山がある、会津ではその隣にはこれまた富士山がある。

2010年1月1日金曜日

謹賀新年


あけましておめでとうございます。
今日は天気予報通り、朝から晴れて天気予報ハズレかと思いきや、予報通り昼からは空は冬空、雪が舞う一日となりました。それでも新年の初日の出は祈ることが出来、時を同じくして雪化粧の風越山をおさめることが出来ました。
この形の風越山が私は一番好きです。山頂までの形が平面的に富士型となり、その前面の尾根部分がつぶれて形を整えます。これが少々南北にズレるとその奥行きが形として現れ、全く違う山に見えてきます。
しかし、残念ながらこの位置からでは送電線がじゃまとなり山頂のアップはかないません。生活のためとはいえ誠に残念な景観です。
さて、内に秘めた目標をめざし今年もがんばりましょう。
本年もよろしくお願いします。