2009年12月29日火曜日

仙丈ヶ岳


ここのところ恵まれなかった天気に、昨日からこの年末休みの天気を期待し、目が開くとともに東の空を眺めたが、あいにくすっきりとアルプスの稜線が見えない。平日の仕事へ行かなければならない時には朝焼けからオレンジ色に染まる稜線が見られるのに。もっとも寒さに弱く、目覚めの悪い私には一番苦手な状況なのだが。家の中から東の空を眺め、ガスった空気がすっきりとするのをまちながら様子見をしていると、10時頃から一気に青空がはっきりと色を出してきた。あわてて機材を積んで西側の山麓を走る道へ駆け上がってみた。
仙丈ヶ岳、どうだろう、私的にはこの肩幅を効かせた屏風の形は男山を思わせる形状で、一度見れば忘れることは出来ない扇を広げている。この伊那谷南部からはどこからもこの山を見ることが出来る。特に中央高速を西から走ると、とたんにこの時期白く染まった山並みが目に飛び込み、中でも北に位置するこの山はその雄大さを誇っている。

塩見岳



仙丈ヶ岳から南へアルプスの稜線をたどり、ひときわ鋭角に見える、私的には烏帽子の形に見える塩見岳。どこかアルプスの雪のまちから仰ぐ山にも見えるがれっきとした伊那谷からの眺めだ。
この山も独特の形で一見してそれと認識できる。試しに500mmのレフに1.5倍のテレコンを装着して覗いてみた。実質1125mmに相当する超望遠、なんと、おそらく烏帽子岳と思われる山の北側稜線に建つ小屋が写っていた。恐るべし超1000mm、ただし、私の目のせいできりっとしたピントは来ていないのだが。

2009年12月26日土曜日

千人塚(大島山、念丈、奥念丈岳)


昨夜の天気予報通り朝は雨、午前中から降りは止まったが、雲が多くとうてい南アルプスの山並みは望めない。午後を待って日は当たれどもガスった南アルプスをあきらめ、中央の方を見ようと思い千人塚へ上ってみた。毎度不安になるが、大島山からの3山は吹雪いている様子、それでも南と異なり近づくだけガスった空気は薄れる。地質的にどうなのか分からないが、南アルプスが東から西へ隆起して堆積層を西に向け、特に大沢岳などはエベレストのイエローバンドを思わせる横筋が見えるのに対し、中央アルプス、とくにこの3山は真上に伸び上がったように切り立ている。もちろん火山ではないのでむしろ花崗岩系列が隆起したものなのかもしれない。
ため池の水面は薄氷がほぼ一面にはり、春から秋に色を提供した木々は葉を落として冬を演出している。五月の色鮮やかな情景からすれば冬色一色と言ったところだろう。寒さとグレーな色合いになおいっそう寂しさが付け加わった千人塚だった。

オートHDR


千人塚のため池の上に鳶(正確には不明、この手の鳥を見れば鷲か鷹か鳶か…どの漢字もよく似ている。)が姿を現した。たまたまsony初のHDR(ハイダイナミックレンジ。CMOSセンサーと一緒に乗せられたあれ)ってのに設定してあったので望遠で狙ってみた。おもしろい、多重露光のように二つの像が一枚に記録された。通常のダイナミックレンジでは、1シャッターで露出を調節するが、HDRは1レリースで2シャッターを切り、露出補正して一枚の画像を記録する。
当然、静態のものはずれが生じないが、動態のものはずれが生じる。たまたまだが、要は流し撮り状態で急に体制を変えたので、しかもタイミング良く、全く違う像が2枚記録された状態になった。この機能JPEGには使えるがRAWには使えない。全く予期しない画像に少々おもしろさを見つけた気がする。ただし、通常の飛んでいる程度では見事な合成を行うのでこれまでの多重露光になるのはよほどの変化がないと無理だと思うが。

2009年12月23日水曜日

クリスマスがやってきた。


まちへ買い物に出るとやたらとクリスマス商戦が行われ、ケーキ屋さんの前は渋滞を招く状況だ。
とんと縁がなくなった私は、妻と車で出かけ、代わる代わる車を停めて店内へ入っていく状況にはたとクリスマスに気がついた。
仕事をしていると、頭は年末、年始の事ばかり考えていて、その中間にあるクリスマスはどこかへ飛んでしまう。昼のニュースではフィンランドの北=ラップランドからサンタクロースがおもちゃを持って出発する映像が流されていた。何とも夢のあるニュース。ニュースだけを見ればサンタさんは本当にいる。
サンタクロースにはいろんな逸話があって、コカコーラのカラーリングから、クリスマスの10日後にサンタ五輪が開かれるなど様々な噂から事実まである。ちなみにサンタクロースのそりを引くトナカイは8頭、いずれも名前がつけられているそうだ。我が家では12月になり妻が部屋に出した小さなツリーとサンタの置物がそれなりにクリスマスを物語っているが、まだ娘が家にいる頃に妻と娘が買ってきたサンタさんの人形は、父親の私にはクリスマスよりもまだまだ息子や娘が小さかった頃を思い出させる思い出のアイテムとなっている。

2009年12月20日日曜日

ひっそりと


今年の初雪がやってきた。一昨日から降り出した雪は、昨日に続き今日も舞うように降り続き未だにやむことを知らない。初雪は積もることがない。いったんはあわてさせるが決まって融けてしまう。
家の西側にあるサザンカは、比較的我が家の陰にあるせいか開花が遅くひっそりと開花して長く咲く。
タイサンボクの陰に隠れ、自らの葉陰に隠れひっそりと綿帽子をいただきながら凜として咲いている。
この寒さの中ガラス細工となることなくしっとりと柔らかさを見せながら。
自然の作り出す色合いはなんと美しいのだろう、ほんのり赤、桃、紫を思わせる蕾の色合いから、広げた純白とは違うオフホワイトな柔らかい色は、初雪の中にあって何とも柔らかみと暖かさを感じさせる。

綿帽子


刈り込んだつげの頭に初雪が降り積もり綿帽子を見せている。
もう20数年前になるが自分の結婚式を思い出す。妻はなぜかこの綿帽子にこだわり結婚式ではぜったいにかぶると言っていた。とうていその頃の私は綿帽子など何のことだか分からずにいたが、当日の姿を見て感動したことを思い出す。
白一色の世界で、遙か彼方から降り注いだ雪片は着の身着のまま自然に任せ地表に舞い降り、さらにはたまたま落ち着いた場所の形を素直に受け入れて形を造り上げる。
昨年雪が少なかっただけに今年は白銀の世界が数多くやってきそうだ。

2009年12月6日日曜日

南駒ヶ岳


昨日の荒天は自動車のタイヤ交換、換気扇の掃除で過ごし、今日の好天に期待。案の定朝から青空に恵まれたが風が強い。
この風では陣馬形や鳥倉林道では凍え上がってしまうだろう。と言うことで、日が西に回る昼過ぎを待って竜西の上段の道路を北上し、南アルプスを展望した。
青空に雪をいただいた山脈が続く。これが飯島まで上ると、陣馬形山の陰に隠れる仙丈ヶ岳以北の山並みも見ることが出来る。
写真は中央アルプス、仙涯嶺から南駒ヶ岳を挟んで空木岳。…と思われる。
飯島の信州里の菓工房の西にそびえる中央アルプス。
南のみならず中央も雪をいただき始めた。

塩見岳


妻とドライブに出かけたときは、ここでケーキを買い、さらに栗ソフトを食べるのが楽しみだ。
妻が店内を見ている間に、西側に回っておさえたのが中央アルプス。
ソフトを買う間車で待っていると気がついたのがお店のガラスに映る南アルプスの山並み。
伊那谷の青空に南アルプスが写り込む、こちらは独特の形、個人的には烏帽子に形が似た塩見岳。
この駐車場でバックに中央アルプス、正面に南アルプスを拝む事が出来る。

2009年11月28日土曜日

乙女滝


おしどり隠しの滝から徒歩で下ることをあきらめ、299を目指して上流から回り込んで横谷観音へ、展望台から眼下に見えた大きな滝が大瀧なのか?
さらに車で横谷峡入り口へ入り込み徒歩で乙女滝へ。
ここは冬期の氷結が有名で多くのカメラマンが撮りにやってくる。キャノンプレミアムアーカイブスでも紹介され、その滝の位置はしばらく歩いた先にあるイメージであったが、実は車道からほんの50mほど、なおかつ滝の頭は車道の横のためのぞき込むことが出来る。
今回の奥蓼科は初冬のイメージ、晩秋とは変わらないが初冬の冷たさが伝わる情景だった。
この地もまた四季を通しておさめたい場所。
なお明治温泉へ下る道では積雪があった、白銀の世界へ閉ざされるのは時間の問題と思われる。

御射鹿池


晩秋の御射鹿池から初冬の御射鹿池。…奥蓼科。
もう少しカラッとした林になっているのかと思いつつ足を運んだが、意外にも晩秋と変わらない様相。カモはどこかへ出かけて留守か?秋と違って観光客もいないひっそりとした水面に、対岸の木々がきれいに浮かび上がる。こことは相性が良くないのか降られはしないが曇天が多い。水面に映る青空と木々の様子をおさめたいのだがなかなか許してもらえない。くどいが東山魁夷の「緑響く」はここが舞台、これが青く浮かび上がり白馬が現れればそのものになる。
このあと明治温泉を望み、おしどり隠しの滝まで足を伸ばし、さらには大滝に向けて遊歩道?登山道?を進んでみたが、距離も分からず途中で断念。
おしどり隠しの滝は色こそ初冬ではあったが、その水量は変わらず射流となっていた。

2009年11月22日日曜日

高ボッチ高原

紅葉は昨日で完了。天気予報に反して朝から青空が広がった。
午後からは天気は期待できないが、午前中なら何となく行けそうな雰囲気に前々から下見をしたかった高ボッチ山へ出かけてみた。
ここから諏訪湖を眼下に富士山を納めるのが当分の課題だ、しかも朝日を浴びるか夕景か。残念ながら西からの天気の崩れではなく、東からの雲の流れになってしまったので、松本市街を眼下に納める北アルプスは青空の下納めることが出来たが、東を眺める富士は当然ながら見ることも出来なかった。

国道20号からの登り口はわかりにくくいったん通り過ぎて、それでもまた紹介されている道とは違うところから登ったのだが、本道に入ってしまえば感覚的な走りで高原を目指すことが出来る。
高原まで1kmというところで突如雪景色に変わった。高ボッチ競馬で有名な競馬場の駐車場付近は一面雪景色、それでも本通りのアスファルト舗装は融雪されておりノーマルタイヤの車でも十分登ることが出来る。心配しながら出かけた雪ではあるが、冬がすぐそこまで来ているのは間違いなく春が待ち遠しく思える日も近い。
この地もまた四季を通じて追いかけたい場所となった。





2009年11月21日土曜日

定光寺


たまたま見つけたこのお寺、麓は定光寺町、そこからすでに紅葉の雰囲気が伝わってくる。今まで正直聞いたこともなく、もちろん行った事もない。車で上り込む雰囲気はどことなく高遠城趾に似ている、どうやら山全体が信仰の対象なのか建造物も多いがそこかしこが樹木で覆われている。
登りついたところただのお寺と思いきや、展望公園やお寺周り、おまけに見るからに少林寺の修行僧が出てきそうな中国様式の寺社がある。
実は尾張徳川家の菩提所らしい、初代徳川義直始め数々の納骨がされているそうだ。
そんなこととはつい知らず、気持ちばかりの拝観料を納め石造りの道を上るといかにも黄色の衣装をまとった修行僧が出てきそうな雰囲気だ、もちろん葵の御紋は健在。
この手の形は明治天皇陵、昭和天皇陵で見たタイプ。
独特の形状で古墳の様にお椀型の盛土がされている。
ここの紅葉は見事だった、香嵐渓にがっかりした私はこの秋一はもみじ平とあきらめていたが、ここ定光寺の紅葉もおすすめだ。
その後前々より妻が見たがっていた品野の陶磁器センターへ足を運んだ。
要はよくある地場産センターのようなものなのだが、これがまたすごい。
瀬戸と言えば瀬戸もの。明らかに知名度のある地場産品だ。
レストラン、そしてまた常設展示場、さらに販売フロアー。かなりの旬な展示品にはやはり常用も含め本場で買うことの意味を感じる。
このルートもやはりまた来年も訪れたいルートとなった。

香嵐渓

満を持して出かけた香嵐渓だが、今年の香嵐渓はいただけない。
まず赤の色が違う、葉の数が違う。残念ながら悲しい結果だ。
昨年の反省にたって、午前7時に自宅を出発、現地着9時前。もうすでに多くの観光客が出歩いている。おそらく周辺に宿泊で来ている人たちだと思うが、屋台も朝から営業。妻と二人大阪焼きというのを朝飯代わりに食べてみた。要はお好み焼きの大型まんじゅうタイプと言ったところだろう、マヨネーズがかけられ私好みの味わいだ。
最初は日向きのせいかと思っていたがいえいえ色がくすんでいる。一通り歩き回って寺まで登ってみたが、やはり今年の紅葉はいただけない。
自然の恵みとはそんなものなのだろう、今年の紅葉周りはここで最後と決めていたが残念、昨日ネットで見つけた定光寺へ向かった。

2009年11月15日日曜日

片桐ダム ・ 瑠璃寺

晩秋、紅葉もそろそろこの地を通り過ぎて行ったようだ。
竜東の街道を走ると、以外に山全体が紅葉に進んでいる様子がわかる。これほど山全体が色を変えていることは、おそらく子供の頃自然を肌に感じていた時以来忘れていた情景だ。
山麓中腹を走る道を左右をキョロキョロしながら走ったが、大きな紅葉をおさえるにはなかなか良い場所がない。ひたすら走り思いつきで片桐ダムまで上がってみた。当然ながら紅葉はもう終わってはいるものの、ひょっとすると時期さえ早ければ結構な色合いをとれたのではないかと思う。
そこから下るほどに紅葉は盛んになり、赤黄をちりばめ濃いエンジ色に見える山並みが続く。
いったん下りきって気に掛けていた瑠璃寺を覗いてみる。神社仏閣は、勿論季節により趣を変えるが、それだけでもおもしろい発見が多い。
日を浴びて真珠のごとく光る赤い実がこれからやってくる正月を思わせる情景になっていた。

2009年11月8日日曜日

天竜峡


今週は近場で。
天竜峡へ出かけてみた。ほぼ2週間前に見た状況と変わらない。今年は一挙に冷えたかと思うと寒さがゆるんで暖かくなる。そんなようきが影響するのか?黄色から赤くならずにそのまま落葉または茶色となるケースが多い気がする。
天竜峡も今年は赤が期待できそうに無い。
第2公園から龍角峯、つつじ橋へと歩いてみた。大きな団体が入ってるのか、ほぼ5分おきに船がやってくる。
龍角峯の下にはなぜか?何の意味か神殿の様に固定された船があり、そこへはお賽銭が投げ込まれている。対岸の展望場から見ると峯の位置はかなり高く見え、そこへ展望にやってくる人たちはあたかも飛び込むかのように見える。
多くの、と言ってもぞろぞろとではないが明らかに他県から泊まり込みで訪れている人たちが訪れている。
戻って一回り第1公園の方へも回ってみたが、昼近くなってどこで食事をとったらよいのか分からない。
これでは名勝天竜峡と言われも金は落ちないだろう。
まず第一にこれだけのネット時代、全国各地から情報を得て人がやってくるのに「天竜峡」と「天龍峡」どちらでも情報が出てくる。どちらが正しいのか?
団体、個人。特に個人で車でやってくる人たちには良心的な情報の提供が望まれる。

2009年11月7日土曜日

千人塚 光前寺 渡場


さて、 紅葉の時期にもルールがあるのだろうが、北と南、高低だけでは説明がつかないことが起こる。
まして他人の情報では個人差がありすぎ自分の目で見て納得するしかないようだ。半年ぶり、サツキの時期以来千人塚へ登ってみた。
紅葉なんぞどこにあるのか?中腹の山が色を乗せているだけで水の周りには何もない。ところが運良く中央アルプスに沈む月に出くわせた。満月過ぎの月齢17or18と言ったところだろうか?大島山、念丈、奥念丈岳のどれかと思うが険しい頂をいくつか持つ山頂へちょうど沈むところだった。月の動きとは早いもので、見ている間にどんどん沈んでいく。
遠い昔から繰り返されている事だが、これが永遠ではないことは悲しい。
そこから、駒ヶ根光前寺へ。庭園が見頃だと聞いていたが、こちらもすっかり晩秋。むしろ境内にあるそこ彼処の紅葉がいくつか色づいている。ついでに大沼も回ってみたがこちらもすでに遅い。
菅の台から宮田に抜け、何度か様子見をしていた渡場の銀杏へ回った。こちらは少しは少し早めのバナナ色。黄色の濃いところもあれば薄緑のこれからの部分もある。しかしながら落葉の多いこと。
こちらもなぜか他県ナンバーが結構止まっている。
今の時代、ネットさえあれば全国の情報が手に入る、おまけにとりあえず土日は1,000円で走ってこれる。
この秋回った紅葉の場所は全て決まって他県ナンバー、老若男女、カメラマンが歩いている。今まで私が足繁く運ばなかったせいか?こんなに多くの人が紅葉に動いているとは知らなかった。海外へ出かけることも良いだろう、国内を回るのも良い。だが、身近な足下にある大切な自然の恩恵をろくに知らずに、外へ目を向けてしまうのは惜しい気がする。
金のないのも現実だが、もう少し自分の身の回りの自然を探求してからでも遅くない。
晩秋、紅葉は北ではなく南の様だ。



2009年11月3日火曜日

鳥倉林道


紅葉を追いかけていささか疲れ気味。だが、この青空は見逃せない。
近場と思いつつ鳥倉林道へ。
中央構造線に位置するこの地域と、南アルプスへの登山口であるここ一帯は紅葉は勿論、特有の岩石を見ることも出来る。
豊口山の屏風岩、絶壁が100mもあるそうだ。これ全石灰岩。南の海洋で生まれた珊瑚の骨格が太平洋プレートに乗り、恐竜時代(中生代)に日本列島へ到達しその後の隆起で持ち上がってきたらしい。
エベレストもイエローバンドと呼ばれる堆積層があるが、日本の代表南アルプスの一帯が、南洋で出来た堆積物の付加帯であることも地球のパワーの偉大さを感じる。
少しくだって夕立神展望台。ここからの展望はすごい、しらびそ高原から正面に見える大沢岳が北側から見ることが出来る。
したがって、しらびそからは大沢岳の陰で見えない赤石岳を正面から見ることが出来る。
おそらく、右から兎岳、大沢岳、百間平、赤石岳。南アルプス=赤石山脈と呼ばれる代表山がまともに正面から見られる、しかも山頂付近だけではなくその麓から。
四季を通じて追いかける一品だ。

2009年11月2日月曜日

高遠城址公園 ~ もみじ湖


桜の名所で名高い高遠城趾だが、秋の紅葉もいただける。
昨年行き損なってしまった高遠城趾だが、道の駅南アルプスむら長谷のクロワッサンとセットで朝早くから出かけてみた。
まずクロワッサン、月曜日の朝は最初の焼き上がりは10時半だそうだ。
良心的な店員さんのおかげで、予約を入れればよいことがわかり、早速最初の時間を予約していったん三和ダム経由高遠城趾へ足を運んだ。
三和ダムの紅葉は普通。ダム湖であればどこでも見られる程度の紅葉で、どうしても淡水の深緑の水が気になってしまう状況だ。堤を端まで歩いてみたが、通り抜ける風が冷たく秋ではなく冬を想わせる状況だ。
城趾では最高の紅葉が見られた。朝早い時間にもかかわらず高齢のご夫婦や、カメラ親父が大勢うろうろ。
富士見高原でも書かせてもらったが、一人前の顔をしたアマチュアカメラマンはマナーが悪い。自分中心で他人の事は気にもかけない。

そこら辺何とかしていただきたいものだ。
お堀の沼地の上に鮮やかな色の葉を広げる質素な楓の様子は昔見た着物を想わせる模様に見えた。
いったん道の駅へ戻ったものの、そこから箕輪ダム・もみじ湖へ。
これはすごい、山が燃えるとは正にこの様子を現すのだろう。
これを見てしまうと腹一杯。紅葉は十分状態になってしまう。
小さな秋を探すのも良いが、時期を外さずにこの地をおさえれば十分すぎるだろう。
質素で賑やかなイベントは行われていないものの、いただきました状態になる。

2009年11月1日日曜日

大平高原


風越山の山頂近くが色づき始めてから久しい。
長野県内の北から南まで、標高を考慮しても基本的には北から南に動く紅葉も、なかなか思うようには移動しない。
飯田峠手前から周りの様相は黄色を演じ、大平宿当たりはすでに落葉の状況だ。さらに大平峠へ向けて登ればいっそう枝だけになった樹木が目を引く。
県民の森に登り込むと、いくつかの家族が昼食を屋外でとっているが、どう見ても寒すぎる。だからといってフリース付きのゴアテックスでは汗ばむ。
そんな中落葉の積もる高原を歩き回りひたすら色づくものを探したが、黄金に輝くカラ松の樹木以外は見つけることが出来なかった。
忘れてならないのが青々と葉をつけ、さらには巨木の中段から何本かの幹をのばした樹木だ。
当然名も売れているだろうが、私にはその樹名も言われもわからない。
ともあれ、気がつくと冷たい風と今にも降り出しそうな空の下、自分一人だけになっていた。そうは出くわすまいとは想いつつ、気休めとも言われる熊鈴を持つのも忘れた私は、しばらく歩きま割った後広場をあとにした。
間一髪、大平宿へ降りる頃にはざんざん降りとなった。

2009年10月31日土曜日

岩倉ダム ~ 茶臼山


この休み、一挙に来た紅葉を追いかけて、前々より気になっていた売木村の 岩倉ダム湖へ。昨年から何度か売木村は行っているが、通過するばかり。大学時代にアルバイトで測量した場所はどうなっているのか?通る度に気になっていた。ほぼ30年ぶり、その頃田んぼの中の未舗装だった道はすでにきっちりと舗装され当時の面影は無くなっていた。おそらく住宅も建て替えたのであろう、当時の方たちはすでに亡くなってあととりの方が始めたのか?民宿が経営された。
ま、それは余談として、岩倉ダムへあがってみる。
思ったよりも売木のまちから近い。すでに紅葉のピークは過ぎ去り、茶系の色合いになっていたが、それでも水面に映る色合いはそれなりの様子だ。
再び売木のまちに戻り、売木峠へ登る。岩倉ダムがそんな状況だから茶臼山は期待できないのか?いや、逆に茶臼山の深紅の紅葉を期待して登り続ける。
なんてことか?すでに茶臼山も終了、落葉状態だ。昨年冷たい雨の中訪れたときも少々遅れ気味のタイミングだったが、今年は全く外してしまった。っとなると、香嵐渓が気になって仕方がない。
まだまだ北と思っていたが、どうやら北よりも長野県を通り過ぎ愛知県方面へ気をつけなくてはならない。
この連休、北か南か?迷いながらもネットの情報頼りで深紅を見つけなくては。

横浜2


異国情緒とは こういった雰囲気を言うのであろう、その建物、それを飾るもののセンスがやはり異国を物語っている。
何でもないまちの角にあるショップもこういった演出をしてる。もうそれだけで横浜か神戸を思わせる…厳密には違うのだろうが…間違いなく日本ではない情緒だ。
言い換えれば文明開化や西洋かぶれ、そういってしまえばそれまでだがそれをこの地で取り入れてとけ込んでいることがすばらしい。

何年かぶりに山中湖を覗いてみた、太陽を西に見る逆光のまっただ中。
突然姿を現した富士は雪をいただき、青空にその純白の白さを誇っている。
残念ながら到着とともに雲をかぶりだした富士は、時折その山頂を見せるだけで長い裾野までの全容を見せることはなかった。
吹き下ろす風は冷たく、横浜の暖かさとは全く違った厳しさをぶつけてきた。

2009年10月30日金曜日

横浜

間違いなく5年以上ぶりに横浜を訪れた。
前回はまだ息子が中学生、娘が小学生だった気がする。
ちょうど山下公園の工事が行われ、「赤い靴はいてた女の子」がフェンスに囲まれ、探すのに苦労した憶えがある。
みなとみらい21で家族皆で観覧車に乗り、高所恐怖症の私はさんざんな状況だった。
赤レンガ倉庫、個人的には横浜のまちは新旧一体型の文化をたどり、今もなお開港以来の歴史を残しつつ、守りつつ、しかしながら近代的なビルも連立して何となく都会感を漂わせている。
赤レンガ倉庫の奥には、ベイブリッジが引きつけられる。
今まで何度か言ってはいるものの、「像の鼻パーク」なんてのがあったのか?小型の船が何艘か係留されている。老いも若きもカメラ好きが三脚担いであちこちに動き回る。かと思えばじっくりと座り筆を走らせる年配の方たち。何をやっても違和感の無い造りが改めて自由さを感じさせる。
歴史ある近代的建物と、現代に建てられた近代的な建物と、そしてまた中華を思わせる多種多様な要素が混在しながらも、色で言えば白、形で言えば四角が造り上げているまちだ。

2009年10月25日日曜日

治部坂高原 ~ 蛇峠山


長野県南部では、ここ浪合の治部坂高原の紅葉が早い。
まだ、長野県南部の紅葉がそこそこの時期にこの状況になる。標高のせいか?
昨夜の雨上がりで期待して足を伸ばしてみると、ごらんの状況。
蛇峠山馬の背ではもうすでに秋晩にさしかかり、色はあるものの晩秋を演じていた。下って昨年もおさえた場所でおさえてみる。
昨年と比べて1週間早い状況だ。
しかしながらこの木は今年も期待通りの色を演じている。

さらに降りて治部坂高原の様子。
近代的な建物の周りにあるもみじは毎年良い色を出している。どちらかというと愛知県ナンバーの多いこの地は、我々長野県人よりはひょっとすると愛知県の方々の方がずっと知っているのではないか?
もっともっと足下を知らないとまずいのでは?



2009年10月24日土曜日

奥蓼科

「御射鹿池」、晩秋の奥蓼科はすでに紅葉が終わりに近づいている。
おそらく赤や黄色もあったであろうこの池も、唐松を主体とした色並みに落ち着いている。それでもこの美しさは他では味わえない。
どことなく見たことのある光景ではないか?これを全て青色ベースで塗り替え、白馬が登場すれば… かつてあの東山魁夷が描いた「緑響く」
そのものになりそうだ。そう、ここがあの場所。
機材をリュックで背負い、曇り空にもかかわらず、色づいた山並みの反射で明るく感じる道を歩くと明治温泉。
そこから横谷渓谷へ降りると「おしどり隠しの滝」。
一枚岩や横谷観音など有名な自然の情景が広がっている。河床は一枚岩、長年の水の力でなめらかに水が流れるが、いざ河岸の岩はもろい堆積層の岩になっている。やはりこちらも少々紅葉には遅いが、そこ彼処に遅めの赤や黄色が息づいている。
次回もう少々早めの行動と、やはりここも四季を通じて押せる必要があると実感。

2009年10月18日日曜日

小黒川渓谷 ~ 権兵衛峠




初めて小黒川渓谷へ、中央高速 小黒川PAでおなじみのあの小黒川の源。山並みは8部の紅葉、あの聖職の碑で有名な登山隊はこの渓谷から登ったそうだ。渓谷行き止まり手前に信大の建物があるが、そのすぐ横からが登山道、当然案内も出ている。

意外や意外、どうしても駒ヶ岳を中心に考えてしまい、かなりの距離を駒ヶ岳から縦走して下らないと行き着けないと思っていたが、ここからが入り口らしい。もろ逆光、しかしながら朝日を浴びた黄色が映え渡っていた。
そのまま渓谷を下って、権兵衛峠へ。トンネルが開いてほとんど通らなくなってしまった旧道を登ってみた。
こちらは見頃、山々がきれいな色を演じている。
木曽側から登って峠の手前、伊那市のイベントが行われ多くの人々とおそらく 木曽馬がつながれていた。
山並みが色を出し、きれいな樹形が三角に整然と並んでいると、子供の頃描いた写生を思い出す。黙々と三角が連立し筆型を残したような情景だ。
いよいよ伊那谷へも紅葉がやってきた、週末は天気だけが気がかり。



2009年10月12日月曜日

陣馬形山 …結婚記念日

この3連休、今日は天候が期待できないはずだった。したがって昨日のしらびそ行きがメインの予定であったが、たまたまこの時期特有の夜明けは霧混じり、時間の経過とともに青空が広がる天候、起きてみて急遽近場で陣馬形山へ登ることにした。
昨日しらびその様子から、あまり紅葉は期待できないが、それでも空気が澄めば伊那谷の様子がすっきり見えるかどうか?
紅葉は山頂付近よりも道中の方がそこかしこに鮮やかな色を点在させていた。


山頂に登るとやたら他県ナンバー、特に名古屋ナンバーの車と、10台は超えると思われるバイクの軍団。中にはテントを張って夜を明かしたグループもいるようだ。…寒かったろうに、でも星空は満天だったかな?大量の車グループは昼をここでとるらしく集団で調理にいそしんでいた。
どうだろう、雲の上に見える千畳敷カール、眼下には伊那谷のまち。
ペルーのマチュピチュも、エジプトのピラミッドも現物を見てみたいが、まずもって足下の地元の自然の美しさを知った上でなくては。
本日は23回目の結婚記念日、ちょうど人生の半分を一緒に過ごした。
陣馬形から折草峠に下山、更に駒ヶ根に回って光前寺、さらには栗のソフトと思いもよらぬ夫婦の時間で過ごした。



2009年10月11日日曜日

しらびそ高原


南信ではたぶん一番早いであろうしらびそ高原へ紅葉を見に。
前回同様下栗から登り、御池山クレーターを回りしらびそ高原へ。
下栗からしらびそ高原までの間はまだまだ。まばらに赤、黄が存在するが、紅葉を満喫できる状況にはない。しらびそ高原周辺でもまだ少し早い間がある。
下栗から見る聖岳、上河内岳は山頂付近が乾燥して岩肌が出たような感じ、一見初雪をいただいたような色模様を様している、と思いきや、実は昨日初雪が降ったらしい。何ともタイミングが良い。
その手前の笠松山、平谷山が紅葉を迎えるのは1週間から10日先になりそうだ。
若干雲が多い一日だったが、それでもこの3連休では今日が一番の青空だろう。


しらびそ高原でも、まだ少し早い紅葉、2枚目は紅葉と上河内岳。
爪痕が荒く赤い肌を出す大沢岳から、中盛丸山、聖を経てこの山に至る。
冷えた空気はすがすがしく、快晴は気持ちよさを与えてくれる初秋の彩りだ。

2009年10月10日土曜日

キンモクセイ 2度咲き


つい先週、花が散ったばかりのキンモクセイが再び花を開花させた。
調べてみるとモクセイ科は2度咲きするのは珍しくないらしい。同じ科の柊も2度咲きがあるらしい。とはいえ、過去20年間1度もなかった珍事だ。おおよそ2度咲きするパターンは決まっていて、9月末に咲き花のちりが早くあまりにおわないと10月初旬に2度目の開花が起こる可能性が多いようだ。確かに早く開花し短期間で散った、臭いもあまり感じなかった。いずれにしても今秋2度目の開花。ある程度の地域単位でこのような現象が起こるそうだ。
知人によると藤も今年は2度咲きしたそうだ。とかくこの原因を地球温暖化へ結びつけたがるだろうが、異常気象が仮に原因だとしても、異常気象は地球の年齢からすれば頻繁に起こること、元
来2度咲きの性質があればいつ起こっても不思議ではない現象だ。
このキンモクセイ、雄株と雌株があるが、日本では雌株だけで結実はしないそうだ。
この日射しと香りに誘われたのかアゲハチョウがやってきた。
子供の頃キアゲハやカラスアゲハをよく見かけたし、少なくなったと思うもののこの家の庭でも何度か見かけた。
何という蝶かは知らないが、大型のアゲハチョウには違いない。
日をかざすと何ともいえない玉虫色のラメが輝いた。

2009年10月4日日曜日

あゞ野麦峠 … 再び


ネットの県内紅葉情報を頼りに野麦峠へ、例年の情報から少々早い気がするのだがそれでも信じて登ってみた。残念ながら時期尚早。まだまだ紅葉の始まり状況、それでも雲一つ無い晴天に恵まれ峠からの乗鞍岳は最高の表情を見せた。
前回は雨降り、お助け小屋から峠へは登らなかったが、今日は息を切らしながら登ってみた。入り口の「熊出没」が皆の気を失せさせるが、携帯する熊よけの鈴を頼りにほんの10分ほど。
これが本当の野麦峠、女工哀史…飛騨の幼い女工たちが命をかけて超えた峠だ。
政井みねは「飛騨が見える」と兄に言ったそうだが、峠からは生い茂る樹木の間から乗鞍岳が見える、飛騨のまちは見えない。峠で息が絶える前に本人に飛騨が見えた事も気持ちとしてわかるが、物理的には困難だろう。

登り口には政井みねの墓と書いてあるが、現実は 政井みねの碑となっている。おそらくここに墓があるとは思えないので、 碑 と言うのが正解だろう。不確かだが、その昔吉永小百合がこの話に感動し、野麦峠の映画化が検討された。当時の日活だと思う。ところが映画化は実現できず、吉永小百合自らが兄に断ってこの地に碑を建てたと呼んだことがある。…実話であろう。
我々は日常生活に追われて贅沢ばかりを追い求めるが、100年前の彼女たちの苦労が、殖産興業を発展させ今日の日本の基盤を造り上げたことに感謝を忘れてはいけない。